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2015.05.13

情報謀略とアクションを描き人が生きる意味を問う傑作(吉田修一『森は知っている』)

中条 省平

情報謀略とアクションを描き人が生きる意味を問う傑作(吉田修一『森は知っている』)

『森は知っている』
吉田修一
幻冬舎刊/1500円(税別)

 

 本作『森は知っている』は、2012年に出た『太陽は動かない』のシリーズ続編になります。

 それにしても、『太陽は動かない』を読んだときほど驚いたことはめったにありません。『悪人』で日本純文学の最先端をきわめた吉田修一が、国際謀略アクション小説を恐るべきうまさで書きあげたのですから。テロ組織による中国の巨大スタジアムの爆破を手始めに、拷問と流血とセックスあり、砂漠でのヘリコプターの空中戦あり、貨物輸送船内での激烈な肉弾戦ありと、たとえていえば、松本清張が大藪春彦に変貌した、というのは少々大げさにしても、パトリシア・ハイスミスがジェフリー・ディーヴァーみたいな小説を書いたほどの驚きはありました。

 この『太陽は動かない』で活躍した鷹野一彦が、『森は知っている』の主人公です。鷹野はAN通信という情報配信会社の社員という触れこみですが、その実態は、国際的なスケールで政治・経済的な情報を収集し、それをできるだけ高い価格で、大企業や、公式・非公式の組織に売りさばくための情報員、つまりスパイです。当然、殺しや盗みなど、非合法の活動もおこなっています。現代版の007といえば分かりやすいでしょう。

『太陽は動かない』には、鷹野のプロフェッショナルとしての仕事ぶりがスリリングに活写されています。

 いっぽう、続編である『森は知っている』は、過去にさかのぼって、鷹野が高校生だった時代からその人生を追い、AN通信の情報員として最初の任務を完遂するところまでを描いています。つまり、鷹野がいかにスパイになったかを物語る、『太陽は動かない』シリーズの最初のエピソードということになります。

 本作の冒頭は、鷹野と親友の柳という男の友情を描く青春小説という体裁になっています。この部分が本当に素晴らしく、吉田修一ならではの、無駄のいっさいない、リズミカルな、しかも詩的なふくらみをもつ文章で綴られています。エンターテインメント性抜群の友情ドラマでありながら、文学としても確かな手応えをもつイントロダクションであり、のちに展開するスパイの世界の非情さをぐっと際立たせる効果をもっています。

 ところで、『太陽は動かない』を読んだ方は、ラスト近くで明かされた鷹野一彦の4歳のときの恐るべき事件を覚えているでしょう。『森は知っている』は、鷹野の表面的には屈託なげな青春の日々を描きながら、そこに徐々に、この4歳のときの地獄のようなトラウマの影を忍びこませていきます。児童虐待などという言葉ではとてもいい尽くせないこの経験を克服するプロセスが、青春のみずみずしい友情のドラマに続く、本書の読みどころです。

 鷹野と柳はともに、AN通信に命と魂を救われた孤児でした。むろん、AN通信が多大な手間と費用をかけて孤児を救うのは、彼らを完璧なスパイ機械として改造するためです。沖縄の石垣島から数十キロ離れた孤島で展開する陽光のように明るい彼らの高校生活は、AN通信による苛酷なスパイ養成訓練の表側の顔にすぎません。

 彼らは、スパイとして自己形成するしか生きる道を与えられていません。そして、スパイとして一日生き延びること、それを20年近くにわたって繰り返すことが、結果として彼らの人生になっていきます。生きることが当たり前の既成事実でしかない現代にあって、これは、生きることを自分の精神と肉体に納得させなければ生きられない若者の、ビルドゥングスロマン(自己形成小説)なのです。

 つまり、『森は知っている』は、前半だけでも、感動的な青春の物語、息苦しくなるほどのトラウマの克服のドラマ、たえず生きる目的を問わねば生きられない若者のビルドゥングスロマンという三層構造をもっています。その複雑な過去と現在、そして未来に向かう物語を巧みに綯いあわせる作者の小説技術に感嘆させられます。

 そして後半、物語は一気に鷹野一彦の最初のミッションへと急加速します。

 このシリーズは情報小説としても出色の出来です。『太陽は動かない』はNHKの通信事業を発端に次世代エネルギーの開発を背景に置いていましたが、『森は知っている』では、水道事業の民営化という世界的な趨勢を情報合戦のモチーフに据えています。NHKの島桂次がスキャンダルで追放された事件の真相、そして今回の水道事業民営化の罠。あまりのリアルさに吐き気がしそうになります。

 そうした国際的な情報争奪戦の現場に、高校を出たばかりの鷹野が送りこまれ、修羅場をかいくぐり、最後に出会った敵は……。

 緊迫したアクションの連続とラストの深い感慨。一気読み必至の傑作です。

 

『ポンツーン』2015年5月号より

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