毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2015.05.09

第十一回

くしゃみ事変

小嶋 陽太郎

くしゃみ事変

 くしゃみと同時に腰に痛みが走った。
 予兆は前からあった。わりと、去年くらいから。
 同じ姿勢でパソコンに向かっている時間が長いからか、腰がじんわり痛いというか重いのが常だ。最近は腰の左側がけっこう痛くて、これはあんまりよくないぞと思っていた。
 そして数日前、朝起きてくしゃみをしたら、腰にけっこう強めの痛みが走った。「……やべえ」僕はそう思った。
 ベッドに寝転がったまま携帯で「くしゃみ 腰痛」「くしゃみ 腰痛 二十代」などと調べる。ネットの世界には実にいろいろなことが書かれていたが、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアは、たとえ二十代だろうと、なってもおかしくない症状らしい。あと、くしゃみは腰の大敵らしい。そして腰が痛いというのはどれだけつらいことかということがたくさん書いてあった。ひどいやつだと寝返りひとつ打てなくなるから、肉体的にも精神的にも、とにかくつらいらしい。「まじか……」僕は青ざめた。
 そういえば昔、母が腰の骨を折って(というのも、家の階段の残り二段か三段で足を滑らせるという間抜けな理由によるものだけど)ひと月ばかり寝たまま動けないことがあったが、非常につらそうだった。夜中に痛くてしくしく泣いていたこともあったというから、とにかく腰が痛いというのはたいへんなことである。
 僕の場合は寝返りができないわけでもないし、動けないわけでもない。ゆっくりと階段の上り下りもできる。痛みはあるが、そこまで重症ではないだろうと思われた。早めに医者に診てもらおうということで、整形外科に行った。
 整形外科の入り口ではスリッパに履き替えなければいけなかった。が、かがむ動作がつらいので、困る。よろよろと靴を脱ぎ、スリッパを出し、スリッパを履き、靴をしまって、よろよろと受付に行った。問診票をもらい、そこにいろいろと書いて受付に返し、待合室で待っていると、僕の名前が呼ばれた。
 先生は日に焼けたエネルギーのありそうな人だった。
「腰の左側が痛いのね、くしゃみをしたら痛みが強くなったわけね」
 問診票を見ながら先生は言った。僕はそうですと答えた。
「大学生か……何年生?」
「四年です」
 先生はあらあらみたいなことを言った。「それじゃあ就活がたいへんでしょう?」みたいなことを言うつもりだなと僕は思ったが、先生はそのとおり、「就活準備してる?」と聞いてきた。「……いや」と僕は答えた。
「部活は?」
「やってないです」
「運動全然しない?」
「ほとんど動かないと言っていいくらいの生活してますね。ずっと座ってます」
「ちょっと後ろ向いてくれるかな」
 僕の腰の左側のほうを触るなり先生は「固いね!」と言った。
「君、腰の筋肉がめちゃくちゃ固いよ」
「えっ、筋肉があるってことですか?」
「いや、そうじゃなくて、腰の筋肉がめちゃくちゃ凝ってるってことね」
 それから僕は台の上に寝転がらされ、膝を伸ばせとか曲げろとか脚を交差させろという指示に従って膝を伸ばしたり曲げたり脚を交差させたりした。
「うわ、固いな!」とまた先生は言った。「痛くて動かないんじゃなくて、膝が固くてここまでしか動かないってことだよね?」
「あっ、そうですね、膝とかめちゃくちゃ固いです」
 実際、僕は膝に限らず全身がめちゃくちゃ固い。固すぎて正座がまともにできないくらい固い。
 そして一度外に出され、今度はべつの先生にレントゲンを撮られた。
「そこに仰向けに寝転がって、ズボンを膝まで下ろしてください」
「パンツは降ろさなくて大丈夫ですか?」
「パンツは降ろさなくて大丈夫です」
 僕はパンツを履いたまま、仰向けと横向きの二パターンのレントゲンを撮られた。
 それからズボンを履いて、また最初の先生のところに戻った。僕の腰骨、背骨周辺を映したレントゲン写真を二枚提示された。
「背骨の間接と間接のあいだの距離はいいですね、背骨自体もけっこういいカーブを描いてるし」と先生は言った。
 けっこう猫背だから背骨が絶対に曲がっているに違いないと自分では思っていたが、そうでもなかったらしい。嬉しい。
「骨に異常がないってことは、やっぱり筋肉が固まり過ぎてるってことだね。運動不足ですよ。痛みを抑える薬と、筋肉の凝りをほぐす薬を出しときます。あと湿布ね」
 そしてその場でTシャツの上からコルセットを巻かれた。
「これ巻いとくと、ちょっとは楽だから」
「ありがとうございます」
「腰痛体操っていうのがあるんだけど、痛みが引いたらこれやってね」
 先生は「腰痛体操のやり方」という、イラスト付きの紙をくれた。
「とにかく運動不足だと腰は痛くなるからね、運動しなきゃだめだよー。体が固いのもだめだから、ストレッチもするように。痛かったらまた来てください」
 エネルギーのありそうな先生は最後にそう言った。
 僕はTシャツの上からコルセットを巻きつけられたおかしな格好で薬局に行き、処方箋を提出しながら、「運動せずに運動不足を解消する方法はないですか(第五回・アラトゥエンティーファイブ参照)とか言ってないで、まじで運動しよう」と思った。

 

★がついた記事は無料会員限定

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!