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2015.05.02

前編

いちばんのぜいたくって、時間の使い方のことじゃないかな

きくち 正太/吉本 ばなな

いちばんのぜいたくって、時間の使い方のことじゃないかな

 桜の宴も終わりを告げ始めた4月の初旬──自家製麺つゆ&カレー粉、そして冷凍麺で絶品カレーそばを作り、土鍋ごはんと一汁三菜の美味しすぎる朝ごはんを供してくれる食マンガのマエスチョロ・きくち正太氏が初のコミックエッセイ『あたりまえのぜひたく。』を発売しました。ありふれた日常にある至極の食卓を描いた本作には、他にもノドが鳴る酒食の数々が満載です。

 そこで今回は、最新刊『サーカスナイト』が好評発売中の吉本ばなな氏が、マエスチョロ・正太と作中に出てくる垂涎のメニューの秘密を語り合うために都内某所へ来てくれました。

 そろそろ、お茶の準備も整ったようです。ふたりの<美味しい会話>に耳を傾けてみましょう。(構成:小西樹里 撮影:山田薫)

 

まずは一杯のお茶から

きくち正太 (持参した急須と湯のみで日本茶を淹れながら) 家内の実家が秋田県の古くからあるお茶屋さんなので、自然とお茶の淹れ方をしつけられました。そういえば『サーカスナイト』にも、登場人物がお茶をしている場面がよく出てきますね。

吉本ばなな 何かとお茶を飲んでるんです(笑)。自宅の近所にいい日本茶の喫茶店があるので、よくそこに行くんです。(お茶を飲んで)あ、おいしい。おいしいお茶って、のどのところに爽やかな香りが残りますよね。

きくち よかったです。

吉本 それにしても今回、『あたりまえのぜひたく。』を読ませていただいて、きくちさん家のおいしいものをいつも食べられる担当さんがうらやましかったです(笑)。

きくち よく食べる担当ですから。


 

毎日活躍! 一生使える、業務用巨大中華鍋の味わい

吉本 私は作品の中で茶碗蒸しを作った中華鍋の大きさが印象に残っています。

きくち あれは、両手の手のひらを並べて広げたくらいの大きさだけど、実際に40センチの中華鍋を見ると「うわっ」と感じるくらいに大きいですよ。

吉本 買うときに決断が必要な大きさですよね。

きくち 実は、結婚して引っ越した新居の隣が調理器具の問屋さんで、今でも使っている鍋やせいろといったほとんどの器具はそこで仕入れました。業務用ばかりだから、今では家庭用の小さなものが逆に苦手になってしまいました(笑)。最初はかなり手こずったんですが、まあ、30年近く夫婦で連れ添い、道具と連れ添いでやっていると、今さらもうねえ、という感じ。一生使えるというぜいたくを味わってます。下手に振ろうとしなくても、そのままドンと置いて使えますよ。

吉本 鉄板と同じなんですね。

きくち はい、東南アジアの屋台みたいなね(笑)。

 

きくち家特製・カレーそばの秘密が気になる

吉本 ところで、きくちさん家の定番カレーそば(第一話)に使う自家製のめんつゆの秘密は明らかにされましたけど、カレー粉の秘密が明らかにされなかったのが気になりました。ぜひ続きを描いて欲しいです。

きくち じゃあ、少しだけ……。まあカレー粉は秘密でも何でもなくて、スパイスが20種類入っている浅岡スパイスという業務用カレー粉セットを2袋くらい使います。まず、いちばんたくさん入っているターメリックをオレンジ色になるまで炒めてから、他のスパイスを入れていく。それを何度かやっていると、カレー粉の中身が頭に入ってきます。ただカレー粉は、まだ自分の中で納得していないんです。生のニンニクを足したり、もっと香りがきつくてもいい、色がもう少し濃い方がいいとか不満がある。それらが満足できれば、やっと完成すると思います。

吉本 その日を待たないといけないんですね(笑)。

きくち 続編があれば、即書きますよ。

 

年に1回だからありがたい、正月の雑煮

吉本 きくちさん家のお雑煮も食べてみたくなった一話ですね(第七話)。

きくち でも、うちのお雑煮を食べる前に、実家のお雑煮を食べてもらいたいです(笑)。

吉本 出汁と具材とお餅をいっぺんに煮ちゃったアレ(笑)。

きくち うまいんですよ。味はいいけど、持ち上げるとモチと一緒にいろんな具材が全部引っ付いてくる(笑)。ちなみに吉本さんのところはどんなお雑煮でした?

吉本 うちのお雑煮は、会員制料理屋をしている姉が母の実家のお雑煮の味を引き継いだんですけど、鶏ガラを煮込んだ出汁に具はホウレンソウとかまぼこだけ。柚がちょっと入っています。

きくち ずばり東京のお雑煮ですね。

吉本 作品に出てくるお雑煮と実家のお雑煮もかなり違いますものね。

きくち わしの地元・秋田県の山村で、村ひとつ離れると食文化がかなり違っていて、かみさんの実家はわしの実家と車で30分ほど離れてるんですが、お雑煮に入れるモチを焼くんです。わしはそれまでモチを焼いて汁を張るという感覚はまったくなかったんだけど、それがうまかった。だから、現在のお雑煮はそれがベースですかね。

吉本 お雑煮の話には担当さんが出てきませんでしたよね?

きくち 正月から担当編集の顔は見たくありませんから(笑)。ま、それは冗談ですが、吉本さんも、時季的な事柄に合わせて早めに文章を書くことがありますよね。実は、お雑煮の話を正月に掲載するために、12月に雑煮を作ったんです。そうしたら正月に雑煮を作っても全然ありがたくなかった(笑)。

吉本 年に一回だからこそありがたいんですね(笑)。

 

時間と付き合う感じの「ぜいたく」が好き

吉本 でも、この作品の何がぜいたくって、時間の使い方に対するぜいたくですよね。朝ごはんを作る回(第九話)に、「おとうさんのごはんが美味しいのはヒマだから」と言う奥様のセリフが出てきますけど、いちばんのぜいたくはおいしさよりも時間の使い方だなと思いました。

きくち 我々のような職業には締め切りがあるので、ぜいたくじゃない時間が集中してやってきますよね。それこそ、いやになるくらい。修羅場のときはほとんど人間の暮らしができない。そうすると、その反動で、自分でめしを作れる時間があるときくらいは……となりますよね。締め切りなしで思いっきり時間を使うんです。

吉本 その空間がいいですよね。この食材をこういうふうに作ったらぜいたくだ、ではなくて、時間と付き合う感じのぜいたくさが、私がいちばん好きなところです。

きくち 『サーカスナイト』も作品全体がそういう感じですね。

吉本 何かに追われるような時代だと、どうしてもそういうことを書きたくなってしまいますね。

きくち “ぜいたく”という言葉ではないけれど、大人の自然体のような感じがいいなと思いました。忙しくていやになる時間があるからこそ、ふつうの時間のありがたみがわかるのが大人ですよね。わしの包丁研ぎ(第三話)もそうなんです。日課じゃないけれど、晴れた朝に、息子と並んでシャキシャキと包丁を研ぐこともある、そんな感じかな。

吉本 いいなあ、そういうの。料理って、自分でコントロールできるから好きという話をよく聞きますけど、本当はあちらから半分やってくる気がします。素材からだったり、包丁を研いだことだったり、お天気だったり。この『あたりまえのぜひたく。』にはそれがよく出ていて、料理ってそうであって欲しいなあと思いましたね。

きくち 特に魚は向こうからやって来ますよね。こうしてこうしてと手順が頭に浮かぶ。

吉本 来ちゃったら合わせるしかない。

きくち いま準備をしている他誌の新連載のテーマが「魯山人」なんです。その魯山人の言葉で「素材の声を聞け」というのが自分にドンと来ました。聞ける耳や腕があったら超一流だけど、こちらはまだ駆け出し。でもちょっとは聞ける。わしは釣りをするんですが、魚にはきちんと体温があって、釣りたてはその体温がうまいんです。

吉本 釣りたての魚ってホントぜいたくですよね。さばく人がいないとできないし。私はぶきっちょでさばけないんです。本当に料理がヘタで……雑なんですね。

きくち いやいや、雑でおいしい料理って本物ですよ。

 

父が作ってくれた思い出のオムレツ

きくち ところで、都会生まれの方に子供の頃の記憶にあるメニューを聞いてみたいです。

吉本 私が小さいころ母親の具合が悪い時期がありまして、10年間くらい父が料理を作ってくれていたんですが、その父親が作ってくれた有名なまずいオムレツがありまして……。

きくち お父さんは吉本隆明さんですよね。

吉本 父がごはんを作ってくれていたことにはとても感謝しているけれど、本当にすごい代物で。でも今となると懐かしいです。オムレツは、最初に卵の中にビックリするほどバターを入れてかき混ぜて、半生のタマネギの上にそれをジャッとやって低い温度で混ぜもせずにゆっくり焼いて、べっとりとした状態で出てきます。

きくち 厚みはどれくらい……?

吉本 薄いんです。それを半分に折って、裏返してない状態で出てくる。

きくち フライパンにくっついてグジャグジャという感じではない?

吉本 それだったらもっとよかったかも知れません。自分で作ってみたんですが、どうやってもあんなにまずくならないんです。

きくち おいしそうですけどね。

吉本 もうひとつ、週6回くらいの頻度で出てきたお昼ごはんなんですが、バターロールにコンビーフとバターを挟み、アルミホイルに包んでオーブントースターで焼いたという代物があって……。

きくち まずくなりようはないですよね。

吉本 まずくはないんですけど、自分ではあんなに思い切ってバターが入れられないですね。レパートリーがないから本当にそれらの繰り返しで、当時は「はぁー」と思っていました。これも懐かしくて作ってみたんですが、今どきの高いバターではなくて、安くてしょっぱいバターじゃないとあの味にならないんだなあと……。のちに姉が料理をするようになってからは、姉のごはんを食べて「ああ、おいしかった」って満足する係になりました。

きくち 料理は食べる人がいて、初めて成立するものだから、作り手は作った時点で料理は終わってしまうんですよ。

吉本 私も自分だけだったら、お酒とおつまみだけ。韓国のりにチーズ載せたものでいいんですけど、今は家族がいるから作ります。

きくち わしも夜は、めしを食わないです。酒と何かをつまんで終わり。あとは気がついたら寝ているという状況です。

吉本 きくちさんはいつも料理にお酒を合わせますよね。実は私、今年は親しくしてもらっていた沖縄の泡盛保存会の会長が亡くなったこともあって、泡盛を置いてあるお店では泡盛を飲んで偲ぼう……と、今年いっぱいはそうしようと決めてます。だから、沖縄で飲むとおいしいのに、東京で飲むといまいちな秘密についてよく考えます。

きくち ビールは顕著です。オリオンビールを東京で飲んでもうまいと思わない。泡盛はまだいいですけどね。

吉本 なぜか暑いところで飲んだら酔っぱらわないし。湿度などが関係あるんでしょうね。

きくち 土地のものは土地のものですよ。東京にいて、あれを食った、これを食ったと聞かされても、その土地に行って食ったものにはかなわない。どっちがぜいたくかと言うと、取り寄せるよりも、現地に行って食べた方がぜいたくに決まってます。どんな些末なものでも。以前は仕事がらみもあって取り寄せもしましたが、それでわかった気になっていると、とんでもないしっぺ返しをくらいます。

 

キラキラした健康な旬を求めてお買いもの

吉本 普段はどんなところで買い物を?

きくち 日常の料理の素材を買うのは、農協の野菜売り場や朝採れの魚を売っているスーパーですね。ただ、お客さんが来るような特別な日は近くの市場に行ったりもします。作品の中でどうしても必要になったら、築地の場内にも行きます。

吉本 料理人ですね。

きくち いやいや、年に1回か2回です。築地では、失礼があったらどうしようと、心臓バクバクですよ。

吉本 確かに。買い方がわからなくて緊張してしまいますよね。

きくち 平身低頭で「これをください」といくしかない。以前、お鮨屋さんの知り合いにいいお店を教えられて、一度は行けたけど、二度目はたどり着けなかった。だから結局、初めてのところになっちゃう。なじみの顔ができるほどに通うのは素人では無理です。

吉本 やっぱりプロの行く場所ですよね。

きくち 近所でも探し方次第でいい店は見つかりますよ。

吉本 私も旬のものは気にしたいですし。キラキラしていていいなあみたいな。キラキラしていないとしょんぼりしてしまいますし。

きくち 素材のいいものは健康ですよ。元気な子供を見ているような感覚かな。

吉本 キラキラしていると料理をするときに楽しいんですもんね。

 

 (後編に続く。公開は5月9日の予定です)

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