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2015.04.29

小島慶子『わたしの神様』無料試し読み!

私には、ブスの気持ちがわからない。

小島 慶子

私には、ブスの気持ちがわからない。

 元TBSアナウンサーで、現在エッセイスト、タレントとして活躍中の小島慶子さんの初めての小説『わたしの神様』が、ついに4月30日に発売になります。
最初の1行が目に入った瞬間、これは今一番読みたかった小説だと確信しました。」とエッセイストの辛酸なめ子さんを唸らせた第1章冒頭部分は、どうぞこちらから。

                 *  *  *
 

 私には、ブスの気持ちがわからない。

 胸元のマイクを直す音声担当の女を見下ろしながら、まなみは思った。この人だって、もっと顔がきれいだったら、こんな男みたいな裏方仕事、しないで済んだだろうに。男と張り合うよりも、可愛がられた方が得だ。それが望めない女だけだ、男と対等に働きたいなんて負け惜しみを言うのは。

 この女もどうせ、収録後に安酒場で仲間と好きなことを言っているに違いない。今年の新人アナは生意気だとか、あの子は最近いい気になっているとか。平凡な容姿に生まれた人は、どうして私たちを容姿がいいというだけで、高慢ちきな嫌な女だと決めつけるのだろう。

 この顔は、私が選んだわけじゃない。足の速い子が練習してもっと速くなってメダルをとると賞賛されるのに、なんで顔のいい子が努力してもっと可愛くなって人前に出ると、調子に乗っているとかナルシストとか言われなくちゃならないのだろう。不細工に生まれたからって、容姿のいい人間のことをどう言ったって構わないっていう特権を手にしていると思わないで欲しい。

 あんたがブスなのは、私のせいじゃない。

 まなみの丸い乳房の間でピンと張った衣装の布地をつまみ上げながら、必死に安全ピンを留めようとしている女の頭からは、皮脂の臭いがした。姉と同じだ。あの人もいつもべたついた髪をいじった指で眼鏡を触るものだから、レンズが虹色に曇っていた。

「まなみちゃん、今日も頼むよ」

 プロデューサーの酒井が声をかけた。また小花柄のシャツを着ている。今日のは白地に薄紫だ。先週まなみが褒めたから、きっとしばらくはいろんな小花柄を着て来るだろう。

「ヨシカツさん、いつもおしゃれですね」

 ときどき通称で呼ぶのは、それがスタッフの習慣だからだ。特に親しみを感じているわけではない。妻がアイロンを当てたのだろう、安い綿生地が押し詰められて波打ち際のようになっているシャツの襟先を眺めながら、まなみはさも感心したように言って、微笑んだ。酒井は照れながら何か言っている。

 スタジオの入り口に司会の沢登よしあきが現れたのを見ると、まなみは足早に近づいて、いつも通り丁寧に頭を下げて挨拶をした。コメディアン出身の人気司会者・沢登は、俺は学がないから高学歴のお嬢様に弱い、と公言している。アシスタントを務める局アナのまなみをことあるごとに大げさに持ち上げるのは、庶民派をアピールするための演技だ。カメラのない場所での沢登は、権威主義の神経質な男だった。

「ああ、よろしく」

 まなみを見ないで挨拶を返した沢登の今日の出で立ちは、仕立てのいい紺のジャケットに、地柄の織り出された高価そうな白シャツと渋い金色のネクタイ。胸元にはトレードマークのフクロウのブローチがつけられている。テレビ画面ではよくわからないが、ダイヤモンドを使った特注品だ。税金対策でスタイリストにした妻が、毎日コーディネートを決めている。


 はじめはいかにも世間知らずの主婦という感じだった沢登の妻は、夫の番組が視聴率を上げるにつれて態度が横柄になり、セットや共演者の衣装にまで口を出すようになった。

「私は主人の総合プロデューサーなんですの」

 成り上がった夫の威光ですっかりプロ気取りの妻に周囲はうんざりしていたが、まなみは気に入られていた。相手が一番言って欲しそうなことを言えば、人心掌握なんて簡単だ。

「どうしたらこんなに素敵なコーディネートができるのか、ぜひ私にも教えてください! 私はお洋服のこと、よくわからなくて……。それにしてもここだけのお話ですが、おしゃれのセンスにかけてはさすがの天才司会者・沢登よしあきさんも、奥様の足元にも及びませんね」

 全国で人気ナンバーワンの局アナと言われる仁和まなみが、自分に気に入られたがっている……得意になったにわかスタイリストは、会うたびにまなみにファッション指南をするようになった。そのたびに感激してみせるまなみには、彼女の自尊心がくすぐられるのが手にとるようにわかる。主婦なんて、あなたは特別だって一言言ってやれば舞い上がるんだから、簡単なものだ。可哀想な人たち。下着一枚ですら、人のお金で買わなくちゃならないのだから。

「今日は料理コーナーの拡大版だからね、まなみちゃんのファインプレイ、待ってるよ」

 酒井がおどけた声で言う。暗にわざとドジをしろと言っているのだろうが、そんな安い演出に踊らされるのはまっぴらだ。まなみは聞こえなかったふりをする。スタジオの空調で冷えたのだろうか、まなみの機嫌をとろうと近寄って来た酒井の首には、薄紫色の麻のスカーフが巻かれている。使い古しのボディタオルみたいだ。雑誌の真似をして、妻が近所で安く見繕ってきたのだろう。プロデューサーと言ったって制作会社の人間なんだから、手取りは高が知れている。まなみは相手を軽んじていることを悟られないよう、用心深く視線を上げた。

「私、もうこの番組6年目ですよ。ちゃんと料理の腕を上げていますから、信用してください!」

「ごめんごめん、まなみちゃんも、もうベテランだもんな」

「ちょっと、ベテランじゃないですよ! まだ27ですから」

 ふくれてみせたまなみだが、ちゃんと要点は心得ている。男性に圧倒的な人気を誇る20代の女子アナが主婦向けのワイドショーで嫌われずにいられるのは、平凡な女に見えるように心がけているからだ。

 オムレツをひっくり返すのにしくじったり、刻んだネギが繋がっていたり。誰にでも経験があるような失敗だが、まなみは生放送で料理研究家の指示通りに一生懸命料理を作り、たまに失敗をしては悔しがった。それが「人気女子アナなのに飾らない」と評判になったのだ。酒井が期待しているような、一昔前に流行った天然ボケという安い芝居は、今や女性視聴者に嫌われるだけだ。つまらないごく普通の女でいることが、主婦の反感を買わずにいる最善の方法だとまなみは知っている。

 男を味方につけたら、あとは女に嫌われないようにすればいい。好かれなくたって、嫌われさえしなければいいのだ。テレビも雑誌も、作っているのは所詮は男なのだから。男に気に入られれば、目をかけて引き上げてもらえる。誰がその力を持っているのかを見極めることが、肝心なのだ。 

 

*『わたしの神様』試し読みは、引き続きcakesでお楽みいただけます。

 

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