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2015.04.24

第十回

ラジオつけ幽霊

小嶋 陽太郎

ラジオつけ幽霊

  ラジオつけ幽霊が出る。
 正確に覚えてはいないが、たぶん二か月か三か月前から出始めた。毎日出る。今日も出た。
 ラジオつけ幽霊は幽霊と名前がついているが、人のことを呪ったりするわけではない。では何をするかというと、毎朝決まった時間にうちの台所の窓際にあるラジオのスイッチを押すのだ。
 二、三か月前のある日の朝、ゴミを出して戻ってくるとラジオがついていた。僕は首を傾げた。もしや僕がいまゴミを出しに行った一分かそこらのあいだに誰かが忍び込んで台所のラジオをつけて出ていったのではないか? しかしそれはなかなか特殊な趣味の人だな――などと考えながら僕はラジオをオフにした。
 またある日は居間のソファで朝のワイドショーを見ていると、突然台所から音楽が聞こえてきた。行ってみると、ラジオがついている。誰かが忍び込んでラジオをつけたわけではないな、僕はいま家にいるわけだし、と思った。そういうことが繰り返された。そしてあるとき、どうやらラジオは毎朝かならず決まった時間につくのだということを発見した。具体的には9時15分だ。不思議な現象だ。
 9時15分に毎日かならず特殊な電波が飛んできて、それを受けてラジオが誤作動しているのではないか。それともラジオ好きの小人が台所にいて、ラジオを――。
 あまり現実的ではない推測をいくつかして、その結果、僕は二つの有力な仮説にたどりついた。そのうちのひとつが「ラジオつけ幽霊説」である。
 ラジオつけ幽霊は、幽霊になる前は当然生きた人間だった。死んだのは中学に上がったばかりのころだ。
 彼は生まれつき重い病気を患っていた。朝起きた瞬間から夜眠りにつくまで、見えない無数の白く冷たい手によって全身を押さえつけられているかのように体は怠かった。そのせいで小学校に通うこともできなかった。訪ねてくる友達もいない。ベッドの上で繰り返される日々には変化がなかった。ひとことでいえば退屈な生活だった。
 そんな彼が唯一楽しみにしていたのが、とあるラジオ番組だった。あるチャンネルで毎朝9時15分から放送される番組。
 内容には十二歳の少年が興味をそそられるような目新しいところはなかった。パーソナリティの女が毎日適当な話題を取り上げてしゃべり、合間に音楽を流し、最後にリスナーから送られてきたメール(悩みを相談するものが大半)を読み上げて、アドバイスをする。しかし少年はその平凡な番組に夢中になった。
 少年の心を打ったのはパーソナリティの女の声だった。やさしく、凛とした、心にすっと寄り添うような声。こんな完璧な声には出会ったことがない! 少年の病弱な体に電流のようなものが走った。少年は恋をしたのだった。その女の声に。
 それ以来彼は女の番組が始まるのをラジオの前で心待ちにするようになった。学校に行くこともできない彼にとって、一日のうちでひとつだけ決まっていることがあるとすれば、それは朝9時15分から始まるラジオ番組を聞くことだけだ。それだけが楽しみだった。こんな僕にも生きがいってやつができたぞ。怠く退屈な生活に、少しだけ希望のようなものが見えた。
 ラジオを聞き始めて半年がたった。少年は小学生から中学生になった。しかしそのことは彼の生活に一切の変化をもたらさなかった。強いて変化を上げるとすれば、もともと悪かった体調が、この半年でさらに悪化したということくらいだ。それも、急激に。自分の体がとてもよくない状態なのだということは少年にもわかった。
 そんなある日、彼は番組宛にメールを送ることを思いついた。
「僕は今度大きな手術を受けるのですが、失敗したらたぶん、もう、生きることはできません。両親はそうは言わなかったけど、なんとなくわかります。でもお姉さんの声をまだまだ聴きたいので、なんとか生きて帰ってこようと思います」
 少年は一度書いたそのメールを、読み直すなりすぐに消した。こんな重いメール、朝から読まれるわけがないよなと思ったからだ。そして新しく書き直した。
「今度すごく大事な試合があるのですが、お姉さんに応援してもらったら僕はがんばれる気がします。応援してください。勝って生きて帰ってきたら、また報告のメールをします」
 数日後、そのメールが女の口から読み上げられた。
「『生きて帰ってきたら』なんて、おおげさですね。それくらい大事な試合ということかな? がんばってくださいね。応援しています」
「――まさか、お姉さんに応援してもらえるなんて!」
 少年はベッドの上で小躍りするほど喜んだ。一瞬だけだったが、体の怠さも吹き飛んだ。「試合」の前日だった。
 翌日、少年は死んで幽霊になった。試合に勝つことができなかったのだ。
 幽霊になった彼の頭からは記憶というものがすっぽりと抜け落ちていた。彼にわかるのは、ただ自分が幽霊になったということだけだった。生きているとき、自分は何をしていたのだろう? どうして死んだのだろう? わからないまま、少年は街をさまよった。
 適当な民家に入ると、その家の台所にはラジオがあった。それを見た瞬間、もう動いていないはずの心臓が大きな音を立てた。何かが思い出せそうだ、と彼は思った。稲妻みたいに唐突なひらめきが、少年を襲った。
『9時15分に、僕はラジオのスイッチをつけなければいけない』
 だけど、どうして僕はそんなことを思ったんだ?――もしかしたらそこに記憶を取り戻すためのヒントがあるのかもしれない。
 ラジオのすぐ近くの壁には時計がかかっていた。それをにらんで、9時15分になった瞬間にラジオのスイッチを押した。
 スピーカーから流れてきたのは、よく通る低い男の声だった。少年が恋をした女の声ではなかった。こんな声に聞き覚えはない。でも、9時15分にラジオをつけなければいけないというひらめきは、たしかなもののように思える。どういうことだろう?
 ――少年が死んだ数日後に、その番組は終わってしまったのだ。
 記憶を取り戻すための唯一のきっかけを失ったラジオつけ幽霊は成仏するきっかけをも失ったまま、9時15分にラジオのスイッチを入れるという行為にどんな意味があるのかも知らず、来る日も来る日もその家で同じ行為を繰り返すのだった。
 ――というのが「ラジオつけ幽霊説」で、もうひとつの仮説「二、三か月前にラジオをいじったときに誤って毎朝9時15分にラジオのスイッチが入る設定にしてしまった説」とどちらが正しいのだろうか。

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