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Crazy Baby By LiLy

2009.12.01 公開 ツイート

story 5 Bitch (後編) LiLy

  男からの意外な言葉に私は、心をパチンッと指で弾かれたような衝撃を受けた。一瞬何が起こったのか分からなかったが、ジワリジワリとその痛みを感じるにつれて、私は“デコピン”を思い出してしまった。イヤな気持ちになるので考えたくない、と思ったけれど、さっき気を紛らわすために使ったコテはもうバッグの中にしまい込んでしまっていた。

 あれは、2年半前の春、高校の入学式だった。私はその日、デビューを心に決めていた。いわゆる“高校デビュー”ってやつだ。
 何故なら、中学校の三年間、私はずっと目立たないグループの中の女子として、地味に暮らしてきたからだ。中1で、不良っぽさ加減がなんともたまらない“イケてるワルグループ”の男子に恋をしたが、告白するまでもなく、私は彼の視界の中にさえ入っていなかった。比喩ではない。本当のことだ。
 同じクラスで、なんと隣の席に座っていたのに、だ。私は彼にとって見事なまでに、アレだ、当時の言葉で言うところの“アウト・オブ・眼中”ってやつだった。日直になった時、彼が私の名前を知らなかったという事実に、私は唖然としたものだ。
 そんな気持ちなど知るよしもなく、彼は当然のように2学期には、“イケてるギャルグループ”に所属していた隣のクラスの女子とくっついて、早々とファーストキスなり初エッチなりを済ませてしまった様子だった。彼が自慢気に、彼女とあんなことやこんなことをした、という赤裸々な情報を仲間の男子に話しているのを、私は毎日隣の席で、まるで透明人間のように静かに聞いていたので、知っている。
 私はもう、居ても立ってもいられないくらいに悔しかった。彼のことが好きだったからとか、彼に恋愛対象として見られていないから、とかいう問題ではなく、私よりちょっと可愛くてちょっと派手なだけで、私よりも先にキスやセックスを経験したその女子が、憎らしくてたまらなかったのだ。
 だって、あまりにも不公平じゃないか。放課後はいつものように誰もいない教室で、男の手によってアソコを濡らされ、アンアンアンアン快感をむさぼっている女子がいる一方で、私は毎晩、家に帰ってから布団の中で、彼女が男に濡らされているところを想像して、自分でアソコをいじってひとりぼっちで濡れまくっていたのだ。
 好きとか愛してるとか付き合うとか別れるとかはどーでもいいから、私は男とエッチなことがしたかった。したくてしたくて、もーゾクゾクして、たまらなかった。だから、男を誘惑できるような女になりたくってなりたくって、もーウズウズして、たまらなかった。
 でも、今日明日にどうこうなる問題でもない。同じ中学の中にいる限り、美少年同士のセックスシーンを赤裸々にマンガにして描くという共通のスケベな趣味を持った、私の所属していた“オタク系女子グループ”から抜け出せる気がしなかったし、そこから離れたからといって“イケてるギャルグループ”に入れてもらえるはずもなかったので、私はホモにしか興味のない純情派を気取り抜くことに決めて、中学時代を3年丸ごとあきらめた。
 卒業する日を指折り数えながら、毎晩、高校デビューを胸に誓った。地味なままでは一生処女のまま死にかねない、ととても真剣に思っていた。そんなんじゃ、死んでも死にきれない。
 そうして迎えた、高校入学式。ギャルっぽいメイクと制服の着こなし方に、不慣れだったのが一番の原因だろう。地味で目立たなかった中学時代よりも、最悪なことになった。もし、その時の私に今くらいのビッチ系メイクテクがあったなら、初めてセックスする相手になっていたかもしれなかった、不良グループのボス的存在の男子に、新しいクラスメイト全員が見ている前で「キモイ」と言われ、デコピンされたのだ。
 めっちゃくちゃに傷ついたが、それ以上に、私はガッカリした。みんなの笑い声の渦の中心に立ち尽くしたまま、私は心底、落胆した。
 ここでもまた、私は自分の居場所づくりに失敗してしまったのだ。外見を派手にすることで私が埋めたかったのは、周りからのイメージと本当の自分のギャップだった。だって、中学時代の三年間、それらがあまりにもかけ離れていることに私は苦しみ続けたのだから。オトナしそうとかオタクっぽいとかイイヒトそうとかカゲがうすいとか……。みんなの思う私の姿って、本当は全然、私じゃないのだ。誰も私を分かってくれないし、分かろうともしてくれない。
 本当の私はもっと、ワイルドで、キケンなオンナなのかもしれなかった。そんな自分に、小学生の頃からうすうす気付き始めていた。中1でオナニーを覚えてからは、やっぱりそうだったんだ、と私は自分の中に火照る、性欲の熱のようなものがあることを確信した。私はイイヒトどころか、ビッチなのだ。
 でも、そんな本性は、地味な外見にすっぽりと隠されてしまっていた。私の内なる情熱に気づく者はおらず、男は私に、指一本触れようとしてこなかった。だから私は、本当の“自分”に外見のイメージを近づけるために努力をした。その結果が、デコピン。
 入学式にデコピンされた哀れな女子に、欲情する男子はいないだろうと思った。そんな風に不当な扱いをされてしまう世界では、私は、生きていけない。次の日、私は学校を休み、そのまま不登校になって1学期が終わる頃に退学した。
 私は、諦めてはいなかった。絶対に、自分の居場所がどこかにはあるって信じていた。高校を辞めてフリーターとなったばかりの15の夏、六本木にデビューした。そして、その晩のうちに、見事にファーストキスと初エッチを体験することに成功した。その時私は生まれて初めて、私という女に欲情している男を見た。セックスって、もっともっと気持ち良くって、もうメッチャクチャ興奮するものかと思っていたが、そういうことよりも私は、自分が男に求められる女だったという安堵感に、目から涙がこぼれおちるほどの喜びを感じた。胸が、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
 相手は、駅すぐ隣のマツキヨの前でナンパしてきたアフリカ人で、場所は駅のトイレだった。彼は、中学や高校の不良とは比べ物にならないくらいワルそうな雰囲気を持っていたので、初めての相手として申し分なかった。派手な男とヤリたい、と私はずっと思っていた。そういう男の方が、私みたいな女と似合うだからだ。中学生活の三年間、私という女をすっかり読み間違えて誤解していたみんなに、私が、金の太いネックレスをした黒人男とトイレでヤッているところを見せてやりたいとさえ思った。
 彼は確か、ジェイソンといった。アフリカ出身なのにどうしてアメリカンな名前なのか謎に思ったが、そんなことはたいした問題じゃなかった。私は遂に、デビューに成功したのだから。私は初めて、本当の自分を解放できる世界を見つけたのだ。それは地元の中学でも、高校でもなく、大都会の中にあった。
 やっぱり私は、それくらいレベルの高い女だったのかもしれない。ガキには分からない魅力があったの。分かってないヤツには時々バカにされるけど、そんなのいちいち気にしない。
 だって女は、強いもの。私の愛読している雑誌には、いつもそうやって書いてある。先月号には、カッコイイ女は男をセックスの道具のように扱うことだってある、というような記事があった。それを読んだ時はひどく共感したし、そこで「分かる分かる」と頷くことができている自分の姿は、中学時代のことを思うと、まるで夢のようだった。

「六本木、六本木……」
 車内のアナウンスにハッと我に返り、急いでバッグを肩にかついで席から立ちあがった。今にも閉まりそうなドアにガッと右手を挟んで食い止めると、ドアがもう一度スーッと開いたので、私はそこに体を滑り込ませるようにして駅に降り立った。
 これから夜が始まるんだと思ったら、背中から羽がバサッと生えて、フワフワと遠くまで飛んでいけそうな気持ちになった。早く、早く楽しみたい。
 カチカチとヒールの音を響かせて、私は駅のホームをいつもの方向へと走った。いつもの階段を上がり、いつもの改札を抜け、いつもの3番出口をでれば、そこには六本木の週末が広がっているのだ。
 ミニスカートをもう少しずり上げてから、階段をあがる。今日はどんな男が声をかけてくれるのか、と想像するだけで心が躍る。

 好きとか愛してるとか付き合うとか別れるとかは、まだよく分からない。私はただ、男とエッチなことがしたいのだ。男の手によってアソコをめちゃくちゃに濡らされながら、オスに求められては受け入れられる女としての最大の喜びに酔っ払って、メス犬のようにアンアンアンアン、もだえ続けていたいのだ。
 中1の時に隣の席だったあいつとか、入学式でデコピンしてきたあいつとか、さっき電車で私をバカにしてきたあいつら2人組とかにまで、届いちゃうくらい大きな声で。

<the end>
 
 

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Crazy Baby By LiLy

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LiLy

作家。1981年、横浜生まれ。NY、フロリダでの海外生活後、上智大学卒。音楽ライターを経て2006年デビュー。女性の共感を呼び圧倒的な支持を受ける。小説『オンナ』(幻冬舎文庫)、エッセイ『目もと隠して、オトナのはなし』(宝島社)など著作多数。現在は雑誌「オトナミューズ」「VERY」「Numero TOKYO」にて連載。「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)に審査員として出演中。

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