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2009.10.15

story 4 Winter (後編)

LiLy

story 4 Winter (後編)

 私はこの結婚にかけていた。サクラがキャリアの道をゆくのなら、私は結婚して幸せな家庭を築く。彼女が高校卒業後にアメリカの大学への進学を決めた頃から、私はそう決めていた。現代的なウーマンリブを掲げて自由を好むサクラが、結婚して家庭に落ち着くようには思えなかったし、もしかしたら彼女は一生結婚しないんじゃないかと、私は密かに期待していた。そうすれば私は、彼女には得られない種類の幸福を初めて、自分だけのものにできる気がした。
 年をとり、私たちの美しさが平等に衰えた頃、これまで彼女をちやほやしてきた男たちも離れ、手元にお金だけが残った彼女を、そんな彼女の生き方の行く末を、私は温かい家族に囲まれながら見てみたかった。
 最後に幸せをつかんだのはツバキだったね、という意外な結末を、サクラに、サクラの母親に、そして私の母に、叩きつけてやれたらどんなに気分がいいだろう。今まで私がずっとサクラに対して抱いてきたような、殺意をおぼえてしまうほどの嫉妬心を、サクラが私に向けてくれる時がくれば、逆転勝利。私は自分の人生を、誇らしく思うだろう。
 この結婚で、私はサクラとは別の道を歩き始める予定だった。それが、サクラも結婚したことで、私とサクラは同じレールに乗ったまま、その差だけが更に大きく広がることになってしまった。サクラが結婚した相手は、彼女と同じくロス在住の弁護士だそうだ。年収3千万の彼女と同じくらいか、それより多くを稼ぐ男だろう。会社員のケンちゃんの年収は3百万。派遣社員だった私は、結婚すると言ったら半ば強引に寿退社をうながされたため、来月からは無職になる。
 子供を産んでもすぐに職場復帰するだろうサクラは、キャリアと家庭を両立するワーキングマザーとなり、私は、サクラたち夫婦の月収にも満たないかもしれない年収の中で家計をやりくりする、しがない主婦になる。

「スピーチをほかの人に頼むかもしれないって、どういうこと?」
 ケンちゃんと電話で式について話していると、母が突然私の部屋に入ってきた。
「サクラちゃん、ツバキの結婚式に着ていくドレスも買ったって言ってたわよ。お願いしておいて、そんなの失礼じゃない?」
 だって、私が夢見ていた幸せをサクラ自身が手にした今、私がサクラに祝ってもらうことなんて何もない。それに、デザイナーズドレスを着こなした姿でマイクの前に登場するサクラを想像するだけで、悔し涙が目に滲む。その会場にいる誰もが、ウエディングドレス姿の私よりも彼女にみとれるだろう。私の高校時代の女友達が座る─仲間の中で一番最初に結婚した私を祝福してくれるはずの─私にとって一番大切なテーブル席までが、私からサクラへと憧れの対象を一瞬にして移すだろう。そんなの、耐えられない。
「ねぇ、ツバキ?」
 母に言葉を返せば涙がこぼれ落ちてしまいそうで、私は母に背を向け、「かけ直す」と言ってケンちゃんとの電話を切った。
「サクラが妊娠しているから、式のためにわざわざ飛行機に乗って帰ってきてもらうのは悪いかもって思って」
 母に背を向けたまま、私は冷静を装ってそう言った。
「あら、でももうチケットもとってあるみたいだし。それに、サクラちゃんのママも私も、ツバキだって、サクラちゃんに久しぶりに会うのをすごく楽しみにしているのに。ねぇ?」
 私を見る母の視線を背後に感じながらも、私はみるみる溜まってゆく涙をこぼさぬよう壁の一点を見つめながら、「私は、別に」と呟いた。大粒の涙がポタッと、私の左の靴下の上に落ちた。
「だって別に、サクラと、再会するため、の、パーティじゃないし。わ、私の、結婚式だし。別に、サクラは関係ない……」
 声が涙で震えてしまった。母に泣いていることを隠しきれなくなった私は、もうどうにもこらえられなくて、肩を上下に揺らしてしゃくり上げてしまった。
「ツバキ、どうしたの? もしかして、ケンちゃんとうまくいってないの?」
 私の肩にやさしく触れた母の手を払いのけ、私は母の目をきつく睨みつけた。
「そんなわけないでしょ? 私はケンちゃんを愛してる!」
「なら、どうしてそんなに……」
「でも!」
 私は母の声を遮った。
「それさえも見えなくなっちゃいそうなくらいに、私はサクラを憎んでる!」
 驚いたように目を丸くしている母を見ていたら、私の中に蓄積されていた今までの怒りが一気に爆発した。
「なによ、その顔! 私、子供のころからずっとサクラが大嫌いだったのに、どうして気付かないの? ふつうに考えてみれば分かることじゃないのよ! 私がサクラを好きになれるわけないじゃない!」
「……どうして?」
 化粧っけのない、年齢以上に年老いたみにくい顔を歪め、その理由がまるで分からない、とでもいうように私をきょとんと見つめる母を、思いっきり傷つけてやりたい衝動にかられた。
「どうして、じゃないわよ! バカ女!」
 私は言葉で、母の頬を引っ叩く。
「ほんと、バカなんじゃないの? 考えてみなさいよ! 住む家も、通う学校も、付き合う男も、ぜんぶぜんぶ、私には手の届かないところにあるものを手に入れているサクラと、どうやったら仲良くなれると思うわけ? 子供のころから、サクラと会うたびに私がどんなにミジメな気持ちになっていたか。分かる?」
 母の目に、私は涙を探したが見つからない。腹が立つ。
「分からないよね」
 私は続けた。泣くまで続けてやる。
「サクラのお母さんと自分との違いに、お母さんは気付かないもんね。自分の方がすべてにおいて彼女よりも劣ってるって、気付いてないから“親友”やってられるんだもんね。私には分からない。だって、ミジメじゃない! 私の目には、お母さんってものすごく、ミジメにみえる!」
 母の目が悲しみで赤く染まり、涙が頬を伝っていった。それを見ると力が抜けて、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。
「……ツバキ、ごめんね。お母さん、あなたがそんな風に思っていたなんて、全然気が付かなかったよ」
 母に謝られた瞬間、私の目から、さっきまでの怒りとは違う種類の涙があふれだした。氷のように冷たい床に火照った額をくっつけて、私は母に土下座をしているような姿勢で泣き崩れた。私は、決して取り返すことのできない言葉を、遂に、母に投げつけてしまったのだ。もちろん、私の言ったことはすべて本心だった。でも、本当は、サクラの母親に対して、嫉妬や焦りから一番遠いところで友情を築くことができる母を、私は素敵だとも思っていた。
「……でもね、ツバキ」
 既にもう泣いていないことを思わせるような乾いた声で、母は私の名を呼んだ。
「自分とまったく同じ境遇にいる他人なんて、この世にいないよ」
「……そんなの知ってるよ。すごく、不平等だよ、世の中、ぜんぶ」
 熱い涙に濡れた床に頬をべったりとつけながら、私は目をつぶり、すねたような声をだした。
「その中で人と自分を比べてばかりいたらキリがないじゃない。そうしているうちに、人生が終わっちゃうわよ。でも、そういう人ってすごく多い。もったいないって私なんかは思うけど、人は、他人と比べなきゃ幸せをはかれない生き物なのかもね」
「……なに、語っちゃってんのよ」
 そう言ったつもりだが、それが声になって母に伝わったか分からない。私はただ、とならなくなった涙を流し、わんわん泣くことに必死だった。母は、私は少し静かになるのを待ってから、落ち着いた声で続けた。
「私は親友よりも自分が劣っているとは思っていないし、彼女だって自分が私よりも勝っているとは思っていないよ。そんなものすべてを超えたところで、私たちはお互いの幸せを望んで支えあっている。それが本当の友情だと思うな」
「そんなの綺麗ごとだわ!」
 私が言うと、「それは違う」と母は言い切った。
「綺麗ごとなんかじゃないよ、ツバキ。その証拠に、そんな風に綺麗な感情を他人に対して抱くことは何よりも難しいの。自分の人生がどんなものであれ、それを愛おしいものとして丸ごと受け入れている人間しか、他人を純粋に愛すことはできないの。だから、あなたみたいな人には、親友って存在は持てないわね。恋人や夫だって、同じだわ」
 急に私に牙をむいた母に対して、怒りが再びこみ上げてきた。
 サクラという女を、私の幼馴染にしたのはあんたじゃないか。サクラは、私が選んで親友になったわけじゃない。物心ついた頃から近くにいる同じ年の少女と自分を、比較するなという方に無理がある。それに、
「自分の人生を受け入れるとか言っちゃってるけど、お母さんは、自分の負けを丸ごと認めているってだけじゃない。私はそんなのいや! 私はお母さんとは違う! 他人に負けるのが大嫌いなの!」
「それは、負けず嫌いっていうよりも、自分の人生に自信が持てなくて、そんな自分に自分が負けているからイライラしているってだけの話じゃないの。私は、娘のあなたを誇りに思っている。あなたのお父さんのことも。自分のことも。完璧なんかじゃないけど、いい人生だと私は思っている。だから、勝ち負けだとかそういう土俵で他人を見たりしないだけ」
「……」
 私は、何も言えなかった。
「サクラちゃんと比べてケンちゃんへの愛が見えなくなるくらいの想いなら、ケンちゃんに失礼だから、別れなさい」
 そう言うと、床に突っ伏して泣いている私を置いて、母は静かに部屋を出て行った。

「別れたい」

 一晩寝ずに考えた結果、私は勇気を出して想いを告げた。一緒に過ごした時間を考えると、離れることは不可能のように思えるけれど、今の私にはあなたから離れて一人になることがどうしても必要なことなのだ、と私は説明した。今の自分のままでは、私はどうやってもあなたとまっすぐに向き合えない、と。関係を続けている限り、私はあなたの呪縛から逃げられないのだと。
 なんとなくだけど、私の気持ちに気付いていた、とサクラは言った。彼女の話を聞きながらも常に彼女の人生を妬み、卑屈になっていた自分を知られていたようで、電話を持つ手に汗をかいてしまった。それでもサクラの声は、私を見下しているようには聞こえなかった。感情のこもったあたたかい声で、サクラは最後に私に言った。

「ツバキの幸せを、遠くから祈ってる。結婚、おめでとう」

 サクラのいない結婚式は無事に終わり、私はその冬、ケンちゃんと結婚した。実家を出たこともあって、母からサクラの近況を聞くこともなくなったけど、私はたまにサクラの赤ちゃんのことを考える。男の子なのかな、女の子なのかな、今頃すくすく育っているのかな、と。
「ねぇ、ケンちゃん」
 結婚1年記念日の食事をした帰り道、私は夫の手を握り締めた。
「私さぁ、結婚してから、冬が好きになったよ」
「なんで?」
「ケンちゃんの手のぬくもりを、他のどんな季節よりも実感できるから」
「なんだよ、それ」
 照れ笑いをした夫の横顔を見て、カワイイと思う。
「ずっと、春に憧れてたんだ。あたたかくて、華やかで、いい香りがするから。でも、冬もいいね。地味だけど、悪くないね」
「俺は、冬が一番好き」
「なんで?」
「秘密」
「なによそれ」
 私は笑って、夫の腕を抱きしめた。するとまた、私はサクラの赤ちゃんのことをふと思う。まだまだ時間はかかえると思うけれど、いつかまた、会えたらいいなと思う。
 サクラに。前よりずっと、やさしい気持ちで。

 

 

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