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2009.10.01

story 4 Winter (前編)

LiLy

story 4 Winter (前編)

 「籍、入れちゃったぁ。子供、できちゃったんだよねぇ」と、いつものふざけた調子でサクラからできちゃった婚を報告されたのは、私の結婚式の2週間前のことだった。
 驚いた、という言葉では足りない。私は、心臓を鈍器で思いっきり殴られたくらいの大ショックを受けた。私への嫌がらせのためだけにこいつは結婚までしたんじゃないか、と私はサクラを一瞬疑ったが、彼女がそういうことをするタイプではないことは私が一番よく分かっていた。だからこそ余計に、私の心は打ち砕かれた。
「そうなんだ、よかったじゃん」と、それだけ言うのが精一杯だった。相手の男は一体誰なのか、妊娠してどのくらいなのか、予定日はいつなのか、という幼馴染ならとっさに聞くだろう質問を、私は絶対に口にできなかった。もちろん、私の胸の中にはいろんなクエスチョンマークが浮かんだが、私はその答えを聞きたくない一心で、「今、ケンちゃんといるから後でかける」と、サクラからの国際電話を一方的に切ってしまった。
 婚約者のケンちゃんと一緒にいたのは、本当だ。私はその時、ウエディングプランナーとの最後の打ち合わせの帰りで、彼と一緒に駅までの道を歩いていた。慌てた様子で電話を切った私に、「どうしたの?」と不思議そうな顔をして聞いたケンちゃんに、「サクラの恋愛トラブル。長くなりそうだったから、ごまかしちゃったの」なんてしょうもない嘘をつくほどに、私は動揺していた。
 私がサクラから逃げるようにして電話を切ったのは他でもない、サクラに、そのでき婚の詳細を話されてしまうことが怖かったからだ。そんな話、聞きたくもなかった。聞くまでもなく、彼女の相手がケンちゃんよりも上をゆく男であることは簡単に想像がついたし、サクラの話を聞いてしまえば、自分の結婚がとても惨めなものに思えてしまいそうだった。
 私は、幼馴染の報告を喜べなかったどころか、それを現実として受け入れることさえ拒否したかった。もう、このまま詳しい話を聞くこともなく、サクラと二度と会わなくてよくなったらどんなにいいだろうと、私はまた考えていた。
「ちゃんと聞いてあげなきゃダメだよ。サクラちゃんには式でのスピーチもお願いしてるんだからさ」と、ケンちゃんが私に話しかけている頃には、私の心はもうすっかり深いところまで沈み込んでいた。駅ビルでなんか飯でも食ってこうか、と言ったケンちゃんに、体調があんまり良くないからと言い訳して、私は彼とは反対方向の電車に乗った。もう何も考えずにベッドにもぐって、そのまま眠ってしまいたかった。
 それなのに、玄関のドアを開けるなり私の耳に入ってきたのは、リビングから響きわたる、サクラの結婚と妊娠に大はしゃぎした母の甲高い声だった。
「もぉ~、ツバキと同じタイミングでサクラちゃんも結婚なんて、夢みたい! じゃあ、出産もロスで? えぇ~、素敵! ツバキも結婚したらすぐに赤ちゃんをつくればいいのよ! そしたら孫まで同級生よ!」
 母の電話の相手は、サクラの母親だ。彼女たちは高校の時からの親友で(といっても同じ高校だったわけではなく、バイト先のケーキ屋で知り合ったらしい)、私とサクラは、彼女たちのお腹の中にいた時からの付き合いだ。私は玄関に立ったまま、靴箱の上に飾られている写真を見つめた。
 若き日の母たちが、ふたりして妊娠したお腹を突き出しながら笑っている。息をのむほどに美しいサクラの母親の、高価そうな紺色のマタニティワンピースに包まれた臨月のお腹の中にはサクラが、お世辞にも美人とはいえない地味な母の、ピンク色の花柄のエプロンの下でほんのりと膨らみはじめたばかりの小さなお腹の中には私が、それぞれいるのだ。この1枚を見るだけで、私とサクラの歩む人生に差が開いていくことは、生まれる前から既に決まっていたのがよく分かる。
 それなのに、女の親友同士にありがちな遊び感覚で、娘に同じような花の名前をつけたりしないで欲しかった。私は思わず、安っぽいハイビスカスの造花に縁取られた写真立てを手にとり、靴箱の上に叩きつけるようにして伏せて置いた。それでも、無意識に写真の上の薄いガラスが割れてしまわないよう力を加減したので、割れた音はしなかった。
「ツバキー? 帰って来たのー?」
 玄関に腰かけてブーツを脱いでいると、背中の向こうから母に呼ばれた。話したくないから無視していると、「ツバキが帰って来たみたい。うん、またすぐかけ直すわ!」という声が聞こえ、母がスリッパをパタつかせる音を廊下に響かせながら私の方に走って来た。そして後ろからガバッと私に抱きつくと、母は息を弾ませた。
「ツバキッ! すっごいニュースがあるよ!」
「ちょっとー、耳元で大声出すのやめてよ、うるさいなー」
 母の腕を振り払いながら振り返ると、母のすっぴんの頬は喜びと興奮でほんのりと赤くなっていた。シモヤケになった田舎のおばさんの頬みたいだ。その醜さに、私はなんだか無性にイラついた。
「サクラちゃんがねっ」
「知ってるよ!」
 話し始めた母をさえぎるように私は怒鳴っていた。私は自分の出した大声に驚いた。
「あら、機嫌悪いわね。なにそんなに怒ってんのよ」
 どうしちゃったのあなた、と不思議そうに私の顔をのぞき込む母を前に、私の心臓がバクバクした。今まで、私がどんなにサクラに対して嫉妬して生きてきたのかが母にバレてしまうことを、私はなによりも恐れている。
「だって、孫ってなによ」
 私はとっさに頭の中で怒りを軌道修正し、それを母にぶちまけた。
「孫?」
「さっき電話で話してたじゃない。私もすぐに妊娠すれば孫も同級生だとかなんとか!  なによそれ?」
「え、そんな怒るようなことじゃ……」
「怒るでしょうよ、そんなの。お母さんは、女としてのデリカシーに欠けるのよ! 妊娠なんてしようと思ってできるもんじゃないかもしれないじゃない!」
「そんな、ただ会話が盛り上がっちゃって、それでつい言っちゃっただけよ。なにもそんな深い意味は……」
「つい言っちゃったって、お母さんたちは本当にそういう風にして同じ年の子供産んだんんじゃない! 本当に頭が悪いっていうか、そんなの小学生の女の子同士が言うようなことじゃない。それを本当に実行した女たちがいるなんて、しかもそれが自分の母親だなんて、本当に恥ずかしい!」
 私はもう、止まらなかった。
「お母さんたちって、女の友情をせっせと演じているような感じがして、正直、見ていてすっごく気持ち悪い!」
 話しているうちにどんどん怒りが湧いてきて、今にも母を殴ってしまいそうな勢いで私は彼女を罵っていた。
 美しさも、裕福さも、頭のよさも、センスも、何もかもが自分よりも優っているサクラの母親と今でもまだ親友でいつづける母を、私は恨んでいる。彼女たちの友情が続く限り、私は生まれてからずっと、そしてたぶんこれからも、サクラと離れることができないじゃないか。
「ツバキ……」
 きょとんとつぶらな瞳で私を見ている母を、このまま泣かしてやりたくなった。けれど、これ以上感情に任せて言葉を発すれば私のサクラに対する嫉妬が伝わってしまうと思ったので、私は下唇をぎゅっと噛みしめて彼女に背を向け、自分の部屋のドアを開けた。「ねぇ」と私を力弱く呼ぶ母の声を消すように、バタンッと大きな音を立ててドアを閉めた途端、目から涙があふれてきた。
「……そう、なんかすごく機嫌が悪くて、うん、マリッジブルーかしらね」
 親友にすぐに電話をかけ直し、私のことを相談している母の声がリビングから聞こえてくる。いつもこれだ。母に何かを話せば、それはすぐにサクラまで筒抜けになる。そのことに気付いた小学1年の時から、私は母に本音を言えなくなった。

 このままじゃ、私、サクラを殺してしまいそう。

つづく

 
 

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