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2015.03.24

第八回

天丼をめぐる冒険

小嶋 陽太郎

天丼をめぐる冒険

「チューボーですよ」で堺正章が海老とホタテの入ったかき揚げを作っているのを見て、無性に天丼が食べたくなった。土曜の深夜である。どれくらい食べたくなったかというと、「てんどんてんどん」と連呼しながら裸足で家を飛び出して財布を忘れた! と取りに戻るくらい。
 車でまず最寄りのセブンイレブンに行った。最寄りだからしょっちゅう行く。つい先日も夜の十一時台の番組で親子丼が紹介されていたのを見て無性に食べたくなり、親子丼を買いに走ったセブンである。僕はそのとき親子丼を買ってきて、チンして、食べた。そして言った。ちょううまい、と。実際、セブンの親子丼は非常にうまい。まじで。
 今回も同様に天丼を買ってきてチンして食べるつもりだった。そして言うつもりだった。ちょううまい、と。しかしあろうことか、そのセブンに天丼は置いていなかった。でも親子丼ならあった。三分ほど逡巡した。べつに天丼にこだわらず親子丼でいいんじゃないか? しかもセブンの親子丼が間違いなくうまいということは知っている。親子丼を手に取って眺めてみる。半熟の卵がふわふわしている。鶏肉もごろごろ入っている。やはり高クオリティであることを再確認してごくりと唾を飲み込んだ。だがそこで一度考える。
 ――おまえはここに何をしに来たのだ?
 僕は親子丼を静かに陳列棚に戻し、何も買わずに店を出た。ありがとうございましたという声は聞こえなかった。
 次に向かったのはローソンである。
 僕はローソンがけっこう好きだ。青い看板には清潔感があるし、牛乳瓶のマークがとてもかわいい。しかしローソンにも天丼はなかった。そのくせ濃厚チーズのカルボナーラだけはやたらと高く積まれていた。だれが深夜に濃厚チーズのカルボナーラを食うんだよと憤慨したが、深夜に天丼よりは需要があるということなのだろうか。そんなはずねーだろ少なくともおれが食いたいのは天丼だと怒りながら、結局僕はローソンも手ぶらで出ることになった。今度もありがとうございましたは聞こえなかった。そしてその後に行ったサークルKサンクスにも天丼はなかった。やはりありがとうございましたは聞こえない。何も買わんやつに感謝はしないというのがコンビニのスタイルである。けっこう。あんたたちのそのクールさは嫌いじゃない。おれは次へ行くだけだ。不敵な笑みを浮かべながら車のドアに手をかけた。でも開かなかった。笑みを浮かべることに気を取られて鍵を開けるのを忘れたのだ。恥ずかしいからだれにも見られてなければいいんだけどと思った。
 気を取り直してポケットから車のキーを取り出してガチャリとやり、車に乗り込んだ。エンジンをかけるまえに、ちゃんとシートベルトもした。おまわりさんに怒られないように。
 人々が寝静まった夜の街を車で走り回り、コンビニを三件ハシゴしたのに目的のものが見つからない。日付が変わる時間に天丼を売っているコンビニは果たして存在するのか……。
 世の天丼欠乏具合を呪いながら亡霊のように松本の街を徘徊するうちに、車のメーターに「給油してください」のマークが出た。セルフのガソリンスタンドが近くにあったので千円分だけガソリンを入れながら、だんだんと意味がわからなくなってきた。こんな時間におれはいったい何をしているんだ? そもそも何週間か前に「最近ちょっと太った気がする」とかなんとかエッセイで書いていた(第五回参照)おれが、どうして深夜に天丼を食わなければならんのだ。あと眠い(僕は基本的に日付が変わる前にはふとんに入る健康な子だから)。正直天丼とかどうでもよくなってきた。さっき親子丼うまそうだったな。あれ買ってさっさと帰りたい……。
 しかし、ここまで来て負けるわけにはいかなかった。
 男にとって妥協は恥である。いまのおまえにとって、親子丼含む天丼以外のすべての丼はゴミだと思え。ほかの丼で妥協するなどということは許されない。天丼を見つけるまで松本を走り回れ。場合によっては隣町にも行け。お母さんをたずねて一万二千キロくらい歩いたマルコ・ロッシ少年みたいに。
 折れそうになる自分にあえて厳しく言い聞かせ、頬を叩いて再度エンジンをかけた。アクセルをぐっと踏み込むと、ブロロロロという、とろくさいブタみたいな音がした(僕はホンダのライフという黄色くてかわいい軽自動車に乗っている)。その瞬間、僕の辞書から『妥協』という弱く愚かな二文字は消え去った。この渇きを癒すことができるのは天丼の油分、それだけなんだぜ。
 そうしてたどり着いた四件目のコンビニで、ついに決着はつくこととなる。
 四件目に僕が選んだのはまたもやセブンイレブンだった。しかし一件目とはべつのセブンである。こちらのセブンはここ二、三年の間にできた、わりかし新しい店舗である。つまり僕の家周辺のコンビニ界隈では新人といってもよい。新人ということは、ここまでの三店舗にはなかったフレッシュな勢いがあると見てもいいはずだった。深夜に天丼をずらりと陳列するくらいの、あぶらっぽい勢いが。
 若い勢いを見せてみろ、おれにあぶらぎった天丼を食わせてみせろよ、新人。そういう気持ちで店内に入っていった。
 入ってすぐにご飯ものコーナーに目を向けると、遠目にも過去三店舗より圧倒的にお弁当商品の品ぞろえが充実しているのがわかった。夜の十二時を過ぎているのにもかかわらず、だ。いい感じだ。やはり若い店舗ゆえの勢いがある。これなら期待できる。そう思いながら僕はおそるおそるレジ前のお弁当コーナーに近づいた。頼む、天丼よ、あってくれ。おれは天丼が食いたいんだ。とにもかくにも天丼が食いたいんだお願いします――しかし、天丼はなかった。
 僕は素早く親子丼を手に取った。そしてレジへ。
「四百三十円になります」
「あ……nanacoカードでお願いします」
 家に帰って食べた。そして言った。ほんとにセブンの親子丼はうまいな! 

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