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2015.03.18

Vol.10

レインボーブリッジを風化せよ

鈴木 涼美

レインボーブリッジを風化せよ

 不動産仲介業者というのは、なかなかやり手の営業マンを取り揃えていて、ターゲットである入居者に対し、その物件の魅力をポテンシャル以上に、欠陥を最小限に伝えることで、この家住んだらいい生活ができるような気がする、という気分にさせてくれる。しかも、できる営業マンほど、その伝え方はさり気なく自然で、ここはいいですよーお得ですよーなんていう野暮なことは言わない。

 19歳で初めて自分の部屋を借りた頃の私は、その不動産屋の強(したた)かさについてまったく無知で、呼び出されるがままにその桜木町から関内に向う途中の物件の前に、夏の遅めの夕方に到着した。「この季節の夕方って、なんかいいですよね」なんて呑気に話していた私に、こんな飲み屋街の裏手の通りは、真夏の昼間なんて腐敗臭がして、夜は酔っ払いの息が酒臭くてどこからともなくカラオケが聞こえるなんていう知識はなかったし、あえて夕方に私を呼び出した目の前の不動産屋の眼鏡のお兄さんのやり手っぷりなんて気づきもしなかった。

 私はどうしてもその日中に部屋を決める必要に迫られていた。淵野辺にある青学生のミナコの部屋に居候(いそうろう)していたけれど、ちょうどそんなタイミングで1歳年上のミナコの彼氏が大学にまともに来るようになり、ということは淵野辺にある彼女の家に泊まりたいわけで、優しい彼女はそんな態度はおくびにも出さなかったけど、私に出て行って欲しいのは明らかだった。私も、高校時代に盗んだチャリで走りだす仲間だった親友とはいえ、1週間1万円で置いてもらっている身としては、なんとなく肩身の狭い生活が嫌だった。どういう肩身の狭さかというと、私は当時、買い物狂いが止まらず、毎日ピンキーアンドダイアンとかプライベートレーベルとかクイーンズコートの袋を下げて彼女の家に帰っていたのであり、ちょっと景気良く稼げた日にはヴィトンとかディオールの袋まで下げていることもあって、優しい彼女はそんな態度はほとんど出さなかったけど、「オマエそんな買い物してる暇と金があるならとっとと独立しやがれ」と思われているのは明らかだった。

 そんなわけで関内の飲み屋街が始まる弁天通りのひとつ隣の道にあるマンションの、6畳の部屋を借りて、私は実家を出た。その後、32歳になる今年まで10回以上引っ越して、今では不動産屋の強かさの裏を読む技術を身につけたんだけど、その話は結構どうでもよくて、結局2年間住んだ関内のその部屋には3人の友人が入れ代わり立ち代わり居候しにきて、シングルベッドにぎゅうぎゅう寝ながら、夢とお前抱くでもなく涙拭くでもなく、くだらないこと(ワイドショーでデーブ・スペクターがくだらないダジャレ言ったとかそういうこと)だって2人で笑いあっていた。

 最初にしょっちゅう泊まりにくるようになったのは、今でも私の親友であるケイコで、このケイコはその後、一流企業に勤めたかと思ったらいきなりホス狂いになって売り掛け返すためにデリ嬢になって今は一部じゃ裏ッぴきの女王なんて呼ばれているんだけれど、その頃はまだ一流企業でも風俗でも働いていなくて、ホスクラにも出入りはしていなくて、でも大学の授業とかサークルとかに埋もれてきらついてるタイプでもなくて、時々渋谷とか横浜の居酒屋やカラオケで破滅的に飲みながら、結構どうでもいい男とセックスしたり、彼氏と旅行行く直前に別れたり、早稲田の体育会のオトコを食い散らかしたりしていた。

 彼女は私より恋愛経験もセックスの経験人数も豊富で、それも全部無料で(当時は)、何か義務感に駆られているように、カウンターを伸ばしているようにも見えた。私の部屋で、身長187センチのラガーマンとヤったらチンコが親指くらいだったとか、元カレとよりを戻したくて元カレと同じ部活の男友達に相談のってもらうために呼び出したらうっかりヤッチャッタとか、アメフト部とラグビー部と野球部は手を出したから次はサッカー部狙いたいとかいう話を、うまい棒とかまるごとバナナとか食べながら屈託なくしていた。彼女にとっても私にとっても、大学生なんていうバクっとした普通の括りじゃ、日常は退屈だし身体は持て余すし話題も貧困だった。歌広場の安いサワーとか飲みながら話して夜を明かせる話題を探していた。

 ケイコはそれなりに気持ちよく明確に友達よりオトコをとるタイプだったので、わりと盛り上がっている新しい彼氏とかできて、なんとなく関内の家にはあんまり来なくなった。ちょうどそれと入れ替わりに、淵野辺で私を投宿させてくれていたはずのミナコがうちに上がりこむようになった。ミナコは、あの、私を間接的に追いだした彼氏に、なぜかその後一週間の軟禁被害にあって、なんか怖くなったという理由で淵野辺の家を引き払っていた。それに高校時代、誰より頭良くて誰よりギャルくて誰より性的にもすすんでて誰よりパラパラ踊れたカリスマギャルだったミナコは、大学に入ってからというもの、いまいちぱっとしない地味な服を着て、いろんなことでいちいち過食嘔吐とかするようになっていた。

 ミナコはうちのそのシャ乱Qベッドで、無印良品の布団にぐるぐるくるまりながら、家族の不満とか彼氏への恨みとか、映画サークルの愚痴とかをとうとうと語っていた。ギャルい時代、彼女の口調はもっと尖っていて攻撃的で、女子高生の制服を突き破らんばかりに体力と不満が弾けそうだった。高校を退学して制服を脱いだ彼女の不満は駄々漏れで、頭の良さに甘んじて大検とって青学に入ってみたものの、彼女も私と同じように、身体を持て余していた。だけどたまにミナコと横浜駅周辺のキャバクラに体験入店に行って小銭を稼いでいる間、私たちは確実に持て余した身体の置き場を数時間だけ確保して、そういう日は一緒に関内の家に帰っても、テレビとかつけずに客の悪口とか去年のM-1の麒麟のネタとかで笑いまくっていた。お腹が減ると関内のジョナサンに遠征して、そこでもガラガラの店内に響き渡る声で、私たちは麒麟のネタで笑いあった。

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