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『クラウド・トラップ SE神谷翔のサイバー事件簿3』 無料試し読み

2015.04.07 公開 ツイート

『クラウド・トラップ SE神谷翔のサイバー事件簿3』

vol.1 奇妙なメール 七瀬晶


知識はピカイチ、でも性格はヘタレの元ハッカー・神谷翔がネット犯罪事件に挑む人気シリーズ「SE神谷翔のサイバー事件簿」。3/13(金)に番外編がhonto書店から発売されました(詳細はこちら)。
最新作刊行を記念し、同じく好評発売中の前作『クラウド・トラップ SE神谷翔のサイバー事件簿3』の前半一部を公開します(Kindle他全書店配信は、2015年5月8日(金)。現在はhonto書店のみで発売中)。あらすじはこちら

 

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illustration:ヒコ

 

==========

クラウドを運営するアルティメイト社に届いた数通のメール。それはいたずらではなく、大きな事件の始まりだった——。

 

 

1 データ・ジャック

 

アルティメイト株式会社 責任者様
一、 貴社の保有するアルティメイトクラウド・システムの資産価値はどのくらいと算定されますか?
二、 人間の命にはどのくらいの価値があると思われますか?
三、 それらを守るのに、どのくらいの予算を投じられますか?

         *         *


 十月三日、アルティメイト社が運営するクラウドのサポートセンターに、インターネットのフォームから奇妙な問い合わせが寄せられた。
「貴社の保有するクラウド上に存在するシステムおよびデータの価値は、どの程度と算定されますか?」という質問だった。
 問い合わせを受けたサポートセンターのオペレータは困惑した。
 アルティメイトクラウドでは、国内外の大手企業をはじめ、各種公共団体の重要なシステムが稼働していると聞いている。しかし、アルバイトのオペレータにその資産価値など知らされていないし、答えるべき内容でもない。
 業務上の秘密なのでお答えできかねます、と回答した。
 数日後、再び同一人物からと思われる問い合わせがあった。

 

 アルティメイトクラウド上の資産の価値を見積もるため、過去の情報漏洩(ろうえい)事件を調べさせていただきました。
 貴社は、二年前、二万件の会員情報漏洩事件で、一人当たりの平均想定損害賠償額を約五万円と見積もり、十億円の損失であるとして、保守していた会社を訴えています。
 アルティメイトクラウドには、日本国民一・三億人の個人情報が格納されていると言われています。先の想定で単純計算すると、六兆円以上の価格となります。
 別の会社ですが、かつて情報漏洩事件のお詫びとして、一人当たり五百円の商品券を配った例があります。
 五万円が過剰としても、大切な国民のデータが、五百円の商品券に劣ると考える人はいないでしょう。
 したがって、御社の預かっているデータは、控えめにみても、六百億以上の価値があると思われますが、いかがでしょうか。
 ところで、人間の命にはどのくらいの価値があると思われますか?

 前半は好き勝手な言い分であるし、最後の一行はまともな質問とは受け取れなかった。
 オペレータは、スーパーバイザーと相談して、返信を見合わせた。

 それからひと月ほど後のこと、WEBフォームから、再び奇妙な問い合わせが寄せられた。
 それは問い合わせというよりも、売り込み、あるいは脅迫とも取れる文面だった。

 

 貴社の運営しておられるアルティメイトクラウドには、重大な欠陥があります。
 問題が顕在化した場合、データが奪取され、あるいは変更・削除される危険があります。
 貴社の保管されている国民のデータは、最低でも六百億円以上の価値があると考えます。
 コンサルティング費用として六千万円いただければ、対策を提示いたしますが、いかがでしょうか。

 

〈重大な欠陥〉とやらの具体的な内容については触れられていなかった。
 奇怪な申し出は、スーパーバイザー経由でサポートセンターの責任者へ報告された。
 サポートセンターの責任者は、どうせまた悪戯(いたずら)だろうと思ったが、念のためクラウドを運営している部門に、内容をメールで転送した。
「こんな問い合わせが来ています。念のため、情報共有いたしますが、返信の必要はないですよね?」
「まったくもって荒唐無稽(こうとうむけい)です。こんな連中に取り合う必要はありません」
 というのが、運営部門の責任者の答えだった。
 セキュリティ対策には自信を持っていた。
 アルティメイトクラウドは、あらゆる障害を想定して設計されている。
 耐震設計のなされた堅牢なデータセンタは、監視カメラや、静脈認証を含めた幾重ものロックでガードされている。
 監視カメラの映像も、クラウド上のサーバの状況も、二十四時間三百六十五日、専門の監視チームが見張っている。
 年に二度、第三者機関の実施するセキュリティ診断を受けており、つい先月も脆弱(ぜいじゃく)性がないことを確認したばかりだ。
 セキュリティパッチも随時あてられており、最新化されている。
 奇妙な問い合わせは、四度目のこんな捨て台詞を最後に、しばらく送られてこなくなった。

 

 アルティメイト株式会社 責任者様

 せっかくの好意を理解していただけないようで、とても残念です。
 大切な資産に対して、たかだか0・1%の予防保全費用さえ惜しむというのは驚きです。
 後悔先に立たずと言いますが、一度痛い目を見てからでないと分からないようですね。


                              敬具

 

 この噂は、サポート窓口や運営部門のメンバーの間に漏れ広がって、ひとしきり話題となった。
 しかし、どんな噂もそうであるように、しばらくすると、そのことは、表面上忘れられていった。

 

 

*第2回は4月10日(金)公開予定です。なお本作はフィクションで、登場人物、団体等、実在のものとは一切関係ありません。 

 

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七瀬晶

1974年生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。インターネットで連載したサイバーパンクSF「Project SEVEN」が多くの読者の支持を得、出版デビュー。現役SEとして働きながら執筆を続ける。著書に本書を含む「神谷翔のサイバー事件簿」シリーズの他、「WEB探偵 昴」(アルファポリス)、「こころ 不思議な転校生」シリーズ(角川書店)などがある。

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