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2015.03.09

第七回

ヨシキっぽい人

小嶋 陽太郎

ヨシキっぽい人

  前回、青いじいさんとケリー長老に信号待ちで話しかけられたという話をしたけど、そういうおかしな体験がほかにもある。思い出したのでいま書いておく、ついでに。
 二、三年前のことである。僕はバイトに行こうと思ってチャリンコを漕いでいた。寒い冬の日だった。僕はマフラーに顔をうずめて風を切っていた。そしてイオンの前を通りかかった。そこで道端の人に話しかけられた。
「あの、すすすすみません」
 青いジャンバーを着ている。背が低く、背中に小ぶりなリュックを背負っている。下は青いジーパンをはいていた。知り合いじゃないのにいきなり話しかけてくるやつはたいてい青い。
 小学生だろうか、と僕は思いつつ、キキキとブレーキをかけてチャリンコを停めた。
「あの、あああの、すみません」
 僕はその人の顔を見た。そして思った。……わからん。どっちだ?
「あ、こ、こんにちは、あの、あ、すす、すみません……」
 そいつは落ち着きのない様子でこんにちはとかすみませんとか言った。僕はもう一度思った。……わからん。
 ――何がわからなかったかというと、年齢と性別がである。
 そいつは白くて、つるっとした顔をしていた。わりと細めの顔だ。中性的な小学生男子のようにも見えるし、ハタチを超えたが年齢のわりに若く見られる女性のようにも見える。そして声も微妙だった。高く掠れていて、女性っぽくはあるのだが、小学生男子だったら声変わりをしていなければこれくらいの声のやつ、いるな……というくらいの声だった。じっと見て(聞いて)いると、だんだん不安になってくる顔と声だった。
 小学生の頃、「ヨシキ」と呼ばれているやつがいた。
 ヨシキは僕とは違うクラスで、会話をしたことはなかったが、僕は彼が「ヨシキ」という名前であるということだけは知っていた。なぜ知っていたかというと、みんながヨシキのことをヨシキと呼ぶからだ。しかし僕はヨシキのことを疑っていた。「ヨシキ、おまえは本当に『ヨシキ』か?」と。
 ヨシキの顔は青白く、目がくりっとして、鼻も口も小ぶりで、そこはかとなく作り物っぽかった。まばたきをするときも「パチリ」という音が聞こえてきそうで、見た目も動きも、どことなく人形を思わせた。つまり僕は疑っていたのだ。「おまえは『ヨシキ』ではなく、本当はピノキオではないのか……?」と。
 年齢性別がわからないやつはたまーにいる。しかし人間かピノキオかわからないやつはそうそういない。いまのところ僕が知っているのはヨシキだけだ。
 ヨシキは本当に人間だったのだろうか。僕は、彼はたぶん人間界に紛れ込んだピノキオだったのではないかといまでも思っている。きっと同じクラスのやつらもヨシキに対しては「こいつ、どうもピノキオっぽい感じがするな……」という懐疑心を、「しかしピノキオだからといって何か困るこということもないしな……。ヨシキという人間として接してやろう」という寛容さで打ち消して、ヨシキヨシキと接していたに違いない。
 そしてヨシキはいつしか転校してしまった。彼が人間だったかピノキオだったかは、最後までわからなかった。
 ――という思い出があるのだが、道端で話しかけてきたその人は、まさにヨシキ的な得体の知れなさを感じさせる不気味な人だった。単に年齢性別がわからないだけではない何かがあるのだ。定義しないと話を進めにくいので、その人のことをひとまず女性ということにしておいて、仮に「青いお姉さん」としておく。
 青いお姉さんは「あの、ああああの……」と言いながら一方的にいろいろ話してきたが、いまいち言っていることがわからなかった。話し方に落ち着きがないのだ。いま思えば青いじいさんのような青さと同時に、ケリー長老のような要領の得なさも併せ持った人だった。話し方といい挙動といいヨシキっぽいところといい、なんかやばそうなやつだなと僕は終始思っていた。
 そして彼女の最終的な要求はこれだった。
「五千円貸してくれませんか?」
 僕は「ん?」となった。
 青いお姉さんは、何かしらものすごく困っているのだというようなことを言って、とにかく五千円を貸すことを迫ってきた。電話番号を教えてもらえれば後で返すというようなことを言っていた。
 もちろん僕は「やばいやつにつかまった」としか思っていなかったが、彼女の、いろいろと不詳な顔と声に対面し、そして落ち着きのないしゃべりを聞いているうちに不思議と「もしも万が一、本当に困っている人だったらどうしよう……」という気持ちになってきた。孟子の言うところの「井戸に赤ん坊が落ちようとしてたら、助けるよね、ふつう」という心が働いたのだ。まあ、青いお姉さんが何に困って五千円を欲しているのかはわからないし、本当に困っているかもわからなかったが、とにかくそういう孟子的気持ちになっていた。
 二、三分後には、僕はなぜかイオン内にあるATMでわざわざ千円だけ下ろして、それを彼女に渡していた。そして携帯の電話番号も教えてあげた。青いお姉さんはリュックを地面に置き、そこに両手を突っ込んでリュックの中の何かに書きつけるという奇妙なやり方で僕の電話番号をメモしていた。そのときの動きひとつとっても、「やはり気持ちの悪い人だなあ」と僕は思った。
 その後、彼女は「あああ、あと五百円って、ム、ムリですかね?」的なことを言った。僕は答えた。あと五百円はムリです。
 すると彼女は「どどどうもすみません」とかなんとか言って、素早くどこかへ行ってしまった。
 それからバイトに行って、家に帰った頃には、僕は激しく後悔していた。
 なぜあんなヨシキっぽい気味の悪いやつに電話番号を教えてしまったんだ……。
 しかし、いまのところ何か妙な電話が来たりはしていない。
 そしてあの日の千円はいまだに返ってこない。
 ヨシキっぽい人、万が一これを読んでいたら返してくださいよ、千円。

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