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2013.01.15

第八回

付け焼刃と呼ばれし筋肉携えて歩く心は
とにもかくにも減らすまじ
今宵も浴びる水の冷たき

内澤 旬子

付け焼刃と呼ばれし筋肉携えて歩く心は<br />とにもかくにも減らすまじ<br />今宵も浴びる水の冷たき

 治療ベッドの横でちょっと間抜けな治療衣を着たまま、プリエといえば聞こえはいいが、中途半端ながに股で立ち尽くす私。あの、これ、そんなにまずいっすか?? (こんなもんじゃないの?)

 ふーーーーーー。長いため息をつき、肩を落とすT先生。

(注*この原稿、バレエにヨガに治療にと、とってもたくさん「先生」が登場する。私がいかに多くの優秀なプロのお力とお導きによって、身体をいじっているかということだ。自分ひとりではどうにもならないので、いつも感謝しております。はい。前回ただ「先生」として登場した某治療室の先生であるが、どうも登場が長引きそうなので、T先生とすることにした)

「あのねえ、膝の関節は、前後にしか曲がらないんだよ。だから斜めに圧をかけたら痛めてしまう。股関節を開かないと」

 ああ、いわれてみれば、膝に斜めによじれるような圧を感じます。膝の関節もストレッチしてるのかと思ってた。

「ち、がうっっ!! 股関節はさ、骨盤にこういうかんじで骨がついてるから、いろんな角度に曲がるでしょう」
 と、片手をグーにして、もう片方の手のひらにぐりぐりと押し付ける。ああ、はい。骨と骨を繋げてる部分をやわらかくすれば、いろんな方向に動かせるわけだ。理論上は。歴史に残るであろう不世出のダンサー、シルヴィ・ギエムは大腿骨の「グー」を骨盤のソケットからちょこっと出して、立ったまま脚を横に180度上げてしまうこともできるらしい。ま、そんな技は普通の人は確実にできないのでさておき、仰向けに寝て、膝を曲げて脚をいろいろな方向に動かしてから、膝をまっすぐ伸ばして同じことをしようとすれば、いかに筋肉や筋などが硬く縮んで動きを阻んでいるかがわかる。

「だけど膝は、ほら曲げてみて。一方向にしか曲がらないでしょう。」

 たしかに。考えてみたこともなかったけど、一方向ですなあ。全身ぐにゃんぐにゃんに柔らかく曲がる赤んぼうであっても、膝はたしかに一方向に折れるだけだわ。

「普通はこういう場合、膝をいためるんだけどなあ……。なに、大丈夫。なんとかなります。それほど酷いわけでもないですよ。もっと大変な状態でがんばってる患者さんも沢山いるから」

 はあ。なぐさめなのか気休めなのか、本当なのか。
 今はともあれT先生の言葉を信じておすがりするしかあるまい…。



“ダンスのケガは全て、テクニックの間違いが原因で生じます。"

『ダンステクニックとケガ-その予防と治療』(ジャスティン・ハウス+シャーリー・ハンコック 大修館書店)の、カバー表紙裏に刷られた文章である。
 すべて間違いから、ですか。間違ってましたか、自分。いや間違ってるんだけどね。

 中を開くと、ケガとは、身体にどういう現象が起きているのかからはじまり、バレエダンサーが起こしうるケガのたぶんほとんど全てを部位別に網羅、さまざまな治療方法、体の構造、原因となる間違ったレッスン方法、ウィークポイントとなる部位の強化のための筋肉エクセサイズ方法まで載っている。

 こんなマニアックな本が日本語に翻訳出版されているってことは、現在の日本にクラシックバレエを習う人がとても多いということであり、そしてケガをする人も多いということなんだろうか。なんだろうなあ。
 で、いくらケガの治療をしても、テクニックの間違いを完全に修正しなければ、間違いを修正したときに比べて効果がないのだとも書いてある。
 正論であろう。ケガの原因がテクニックならば、それを直さないことには、いくら痛みをとってもレッスンに戻ったら同じところに負荷がかかるのだ。また痛めてしまうのが眼に見えている。ところが一度ついた身体のクセというものは、なかなかとれるものではない。

 さて私の間違い、股関節の開く角度と足の角度が同一になってないという件なのであるが、プロを目指すようなダンス学校でも珍しいことではないようだ。
 子どもからやっていても足を根元からターンアウト、外旋しきらない生徒は結構多く、完全に180度ターンアウトしているダンサーはほとんどいないんだそうだ。またたとえ完全に出来たとしても、正しいバランスをとるのが難しいため、180度ターンアウトさせた状態では踊れないとのこと。
 それとターンアウトをコントロールする筋肉群が、正しく使われていない場合もあるらしい。ターンアウトは、柔らかさだけではなくて、ちゃんと筋肉を使わないと、できないものらしい。へええ、そうなんだ。

 ダンサーの卵たち(および私のような大人からはじめた人)で、股関節の回旋角度を無視して足だけを過剰に、時には180度までターンアウトする人が少なくない? のには、それなりの理由があると思う。なにしろ足は目立つのだ。鏡張りのスタジオで見ていて、せめて足だけでもターンアウトすれば、サマになるように思えてしまう。そして私の場合、足だけでも先にターンアウトしてれば股関節もそれにつられてやがてはもっと外旋してくれるんじゃあないかという、期待もあった。思いっきり間違ってたけど。

 足を股関節よりも過剰にターンアウトして立つと、どんな弊害があるのか。バランスをとろうとして骨盤が前傾し、肩が後ろにずれる。すると腹筋、背中の伸筋、広背筋、殿筋、ハムストリングス、内転筋……などターンアウトに必要な筋群が、上から順に弱くなっていくそうだ。すると出来ていたところまでターンアウトすることも難しくなっていくらしい。えええ。

 たしかにレッスン中に骨盤が前傾しているとよく直されていた。でもその角度って十度もなかったと思う。ごくわずかなものだったような。足の狂いから骨盤、骨盤から全ての筋肉へと、間違いは伝播していくというわけだ。恐ろしいな、バレエ。
 そもそも自分の身体の能力の範囲内で、正しい立ち方をレッスン中に教わっているというのに、それが身につかないまま勝手に鏡もない路上で自主練という名の間違った負荷を身体にかけた自分が悪い。シロウトが無理をするとロクなことにならないということだ。

 この過剰なターンアウトが引き起こす怪我の症例がまた多くて、なんと十二個も書いてあるのだが、そのほとんどが膝と足の関節まわりと脛に集中している。私が痛めた股関節の外側についてはなにも書いてない。私はよっぽど変な負荷をかけたようだ。とほほ。
 とりあえず痛みと炎症を取ってもらって、地道に正しい方向目指して足を動かせるようになるしかないだろう。

 とはいえ痛い。腰はずいぶん楽になったものの、股関節は相変わらず痛い。ちょっとでもターンアウトすると、痛む。体重をかけても、痛い。T先生の治療室に通って一発で治らなかったのははじめてである。相当なダメージを受けていると思われる。これではヨガも再開できそうにない。参った。

 普段ヨガかバレエをしないとなると、まるっきり動かない私である。悲しいかな自営業。原稿書きに使う近所のカフェまでは歩いて二分という状況。回復に時間がかかるのがわかったとなると、なにか代わりとなる運動をしなければ、あっという間に腐り果て、筋肉は砂上楼閣のごとくサラサラと跡形もなく消えゆくに違いない。
 こうなると、垂れた尻のことなど気にしている場合ではない。病後の五年で身につけた、貯金より大事な腹筋背筋(体幹筋含む)を脂肪に変換させずに守ることが、第一命題である。しかし自分の部屋で毎日地道に腹筋背筋百五十回なんて、飽きっぽい私には、絶対にできない。スタジオに行って、みなさんとやるからできること。自宅で筋トレができれば、そもそもヨガやバレエにこんなに頻繁に行かないっての。

 ……歩くしかない。
 自宅筋トレよりは、まだできそうな気がする。
 幸いなことに、施術をしていただいたおかげで、股関節に荷重をかけたりターンアウトせずに、おとなしく足を前に出して歩くことに関しては、痛みなくできるようになった。ウォーキング、あんまり好きではないというか、むしろ嫌いなんだがなあ……。

 東京に暮らすまで、自分が歩くのが嫌いだいう自覚はなかった。それどころか好きなのだと思っていた。実家は大船からバスで二十五分かかる僻地にあり、このバスに乗りたくないばかりに、通勤は北鎌倉駅から二十五分かけて歩いていた。ただの二十五分ではない。ほとんどが坂道と階段の道のりだ。

 私の実家は北鎌倉駅前の円覚寺の裏山の裏側を切り開いてできた新興住宅地である。円覚寺前を通り、明月院を目指して歩き、そこの脇道を延々とのぼりつめ、急な山道のようなところに分け入って、細い石段を登っていくのである。住宅もあるけれど、半分くらいは山に囲まれた道だ。
 途中には蛍がちらちらする湿地があり(今はさすがに蛍はいないだろう)、道祖神のようなものも並んでいたり、烏瓜がびっしり絡まっている山肌もある。ほとんどハイキングコースなのだ。いや、途中までは実際にハイキングコースとしてガイドブックに載っているはず。

 私はこの道がとても好きなのだ。夜は真っ暗になるので大船からバスを使って帰って来なさいと両親に怒られても、かたくなにこの山道を歩いてきた。多少ヒールのある靴だって平気。この木々や蔓草に囲まれた山道を登っていると、どんなに嫌なことがあっても、すっと気持ちが静まる。
 先日帰省した際に、ふと思いついて道々を写真に撮ってみた。お気に入りの辛夷の大木や山茶花も交えて十枚ほど撮り、ためしにフェイスブックに上げてみた。お友達様の反応が知りたかったわけではない。自分で客観的にお友達の写真などと眺め比べてみたかったのだ。仰天した。綺麗なのである。へたくそな写真技術であるにもかかわらず、かなり「いいところ」なんである。

 インプリンティングというやつなのだろうか。この山がごちゃごちゃした細道を、木の根を踏んだり落ち葉を踏みしめたりしながら歩くのが、私にとっての「歩き」なのだ。

 以前に結婚していたときのこと。相手の実家が、東京からはるか遠く自然が豊かな場所にあると聞き、楽しみに訪ねてみたら、ほとんど山道がなくて、まっ平らの道を車で移動するだけで、呆然とした。山に行きたいというと、標高のとんでもない山に車で連れて行ってくださりそうになって、慌てた。

 日本の、いや海外も含めて田舎と呼ばれる場所の大半は、当たり前だが平らな場所にある。そりゃ村落たるものの大半は農業を営んできたわけだから、平らな場所がなければ困るだろうよ。
 ところが鎌倉というところは、農地も平らな場所も、とても少ない。なんだかどこもかしこも谷戸をくぐったり斜面が迫っていたり、裏山から向こうの山まで通じていたり、しかもその先が駅に通じていたりするので、ごくごく日常的に山道を歩いてしまうのだった。いや、本当は山道を利用しないでも、移動できるのであるが、とにかく山が妙に身近なのだ。

 もちろん鎌倉の山は、標高なんて言えるほどではなく、丘みたいなものなんだが。こういう場所に暮らす人の方がマイノリティなのだと、長らく理解することができなかった。どうも私はどっちかというと、山岳民族的スピリッツを持ってることになるんではなかろうか。そういや、ベトナムやタイの山岳民族の集落をトレッキングしていると、ものすごく楽しいしな。いやまあ坂道以外は便利な暮らしをしっかり享受もしているので、おこがましいのは承知であるが。

 ちなみに自宅のある住宅地にたどり着くには、坂と山を登りつめたところで広がる山のかなたに海が山と山の間にちょこっとだけ見えるのを眺めたのち、桜の木に囲まれた長い長い長すぎる階段を下りていかねばならない。この山頂ではないけれど、上りきったところから見渡す景色もかなりいいと思っている。海は曇っている日は空と区別がつかず、夕暮れ時には金色に光る。先日は天気が良かったので真っ青だった。

 北鎌倉駅から自宅までのルートのほか、北鎌倉駅から長谷海岸までの山道や、自宅からさらに山奥の調整池に行く道、建長寺から奥の半僧坊に登り自宅に抜ける山道などなど、お気に入りの散歩道は、実はまだまだたくさんある。というわけで、どう考えても自分は歩くのが好きだと思い込んできたのは当然のことだろう。

 ところが結婚して東京の東側に来てみると、散歩が苦痛とまでは言わないが、鎌倉に比べて断然おもしろくない。店を見て歩くのも路地の家を眺めるのも好きなのに、平らな道を歩いていると、すぐに飽きてぐったりしてしまう。おかしいな。なぜだろうと首を傾げていた。

 そういえばかなり前に取材した在野の考古学者が、山の中だけは天狗のように早く歩けるのに、里に下りるとさっぱりなのだとつぶやいていたっけ。それだ。自分も山の中なら天狗とまではいかないけれど、かなり早く歩ける。北鎌倉から長谷まで山伝いに二十分くいで歩いてしまう。歩くというより、だんだん気持ちよくなって亜舎利のように半分走るように歩く。山岳民族はオーバーだから、天狗体質とでも呼ぶか。そういえばかなり前のことだが、鞍馬の山を歩いたときも楽しかったな。「修行禁止」って張り紙が木にかかっていたのには笑ったけれど。

 元配偶者は町歩きがとても好きな人だったので、鎌倉に連れて行ったときに「すぐだから山づたいに歩こう」と鶴岡八幡宮の脇にある神奈川県立近代美術館から、建長寺に移動し(ここは普通の舗装道路)、ぐんぐん奥の山に入ってザクザク上りはじめたら、血相を変えて、怒りだした。山奥過ぎる、常軌を逸している、これを「歩き」とは言わない、というのだ。田舎の人だから大丈夫なのかと思ったのに。

 しかし都内を歩けば私はすぐに青息吐息になって、喫茶店を見つけては「ここで待ってる」と言い出したものだ。
 雑誌の仕事をしていると、「散歩」とか「食べ歩き」という分野がなんとなくあり、私はながらくこの仕事に人に言えないコンプレックスを持っていた。今も忸怩たる気持ちになる。散歩の記事を読まないわけではないが、読んで行ってみようと思ったところで、実行することはまずない。すみません。
 散歩好きの配偶者の影響もあったのだろうか。たまに私を「散歩好き」と見込んでくださり、そぞろ歩き的な仕事をくださる方がいらっしゃった。プロなのでなんとか書けるし描けるが、正直なところ、信号や電信柱がクダを巻いてる平地をダラダラ歩くのがしんどかった。でもイラストルポを仕事にするならば、この分野はどうしても避けられないのだからと、自分を常に叱咤して、仕事を請けてきた。器用な性質ではないので、かえってご迷惑をかけた場合もあり、申し訳なく思っている。

 今はひとりなので、そもそも寄り道をしないで喫茶店に直行する。基本的に歩くのが嫌いなので、酒代飯代服代コスメ代はケチっても、タクシーをケチるのは終末的な金欠のときだけでもある。それくらい平地歩きを避けてきた。

 しかし今の私の股関節では、ウォーキングか超スローランニングくらいしかできることは、ないのだ。ちくしょう。

 

 

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