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濃かれ薄かれ、みんな生えてんだよなぁ……

2015.02.08 公開 ツイート

データを調べられない一絵描きが勝手にほざく「これからの日本」(feat.木村奈緒)
〈その7〉 会田誠

 北京中心部には日本人駐在員などが多く住んでますから、日本人が経営する居酒屋などが少なからずあります。値段はもちろん相対的に高いので、郊外の滞在先からそういうところに行くのは、月に2回程度の贅沢でした。行ったらそりゃあ、毎日食べている中華料理とはなるべく味に隔たりのある、日本の居酒屋限定メニューーー「ねぎぬた」とか「梅きゅう」とか「イカの塩辛」とかーーを頼みます。で、喜び勇んで食い、「懐かしい!」と感激するのですが、同時にどこかで「ん?」という戸惑いをしばしば感じるのも事実でした。「あれ……和食ってこんなに素っ気ない……貧しい感じだったっけ?」と。日本の焼酎を頼んでみても、「なんでこんな味も香りもしない液体を喜んで飲んでたんだっけ?」と一瞬戸惑います。最初は抵抗があったけれど次第に慣れ親しんだ、コウリャンを原料とした中国の焼酎=白酒(バイチュウ)が、ふくよかな味と香りを持っていたからです。

 欧米に長期滞在中にこういう「久しぶりの和食への軽い失望」を感じた記憶はあまりないので、これは中華料理と和食の近親性からくる独特の感覚のようです。それで僕はこう考えてしまいましたーー和食の原点には、日本列島で入手できる食材等の限定条件により、妥協や代用を余儀なくされた、「中華料理の劣化コピー」という側面があったのではないかーーと。

 中華料理の特徴は何といっても「豊かさ」だと思います。もちろん、皇帝の「余はパリパリの皮の部分しか食べたくないのだ!」というワガママに応えたかのような「北京ダック」に象徴される、宮廷料理系の高級レストラン(たまに接待で行きました)が豊かなのはあたり前ですが、それは赤坂の高級料亭なんかも同じでしょう。貧相な味と言われるイギリス料理だって、超高級店は豊かな味に決まってます。そうではなくて、庶民の日常的な食事の話です。それが何かこう……我々日本人から見て「豊かだ」と思わせるものがあるのです。具体的に言えば「ご飯に対するおかずの量」とか「具材の種類の豊富さ」とか「調味料の組み合わせの総数」とかいったことなのですが。

 僕の滞在した首都郊外のエリアは、農地に無許可にバラックを建てて住み着いた家族など、低所得者が圧倒的に多いところでした。「外国人は行かない方がいい、腹を壊すぞ」という忠告も聞かずにしょっちゅう食べに行った、近所の大衆食堂みたいなところにおける観察ですがーー貧乏そうな家族がテーブルからはみ出す勢いで、何皿も料理を注文しているのです(一皿一皿は安いけれど)。で、ワイワイ食い散らかしたあと、けっこう料理を残して帰るわけです。「ご飯粒を一粒でも残したらお百姓さんに悪い」という、自分の世代としては平均的な教育的刷り込みがある僕は、思わず心の中で「オイオイ君らは王侯貴族かよ!」と叫んでしまいます。「満漢全席」や「酒池肉林」という中国の古い言葉のイメージは、ああいう経済レベルの方々の心の奥に今も残っていて、「食卓とは最低限でもこれくらいはないとイヤ」というコンセンサスを形作っているのでしょうか。それは最近の中国の急速な経済発展とはまた別の、民族に脈々と流れている血の話であるような気がするのです。

 これはまったくの想像ですが、例えば東京のサラリーマンがお昼に食べる一汁一菜的な焼き魚定食(650~850円)みたいなものを、彼らに見せたらどんな反応をするんでしょう? 「え、これどこの刑務所の飯?」と真顔で聞いてくる人はけっこういるんじゃないでしょうか。そして我々日本人は、金が有り余ってたあのバブルの頃も、お昼は喜んで、中国人から見れば貧相な焼き魚定食を食っていたんじゃないでしょうか。これまた経済状況とは関係ない、民族の血のなせるわざだと思います。

 日本の郷土資料館なんかに行くと、昔の人がどんなものを食べていたか、食品サンプルの技術を使って再現していたりしますよね。百姓が胸が痛むほど粗末な食事だったことは、それなりに想定内だったりするけれど、支配階級である侍や大名の食事さえも、大した量でも質でもなかったことに驚いたことはありませんか? しかもそれが個人に一つずつあてがわれる「お膳」に載っているーーそのことの意味も、つい深読みしたくなります。あれは、歴史を通して慢性的に食料が豊富でなかったこの国の、食事量の制限と平等を期すための知恵という側面もあったのではないでしょうか。

(それではここで一旦、木村さん、註釈をよろしく。ちなみにこれからしばらく書くテーマ「和食」では、木村さんには省エネモードでやってもらいます。その次に書く「少子化問題」で活躍してもらう予定なので……)


*  *  *
 

(木村註釈1) ご案内の通り、省エネモードでお届けします。

 

 2013年12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表一覧表」に記載(登録)されました。

 そもそも、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)とは、「諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉の促進を目的とした国際連合の専門機関」(※1)で、無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)は、2003年に採択されました。日本は2004年に世界で3番目に締結しています。(※2)

 無形文化遺産とは、「芸能や伝統工芸技術などの形のない文化であって、土地の歴史や生活風習などと密接に関わっているもののこと」(※3)で、締約国の無形文化遺産の一覧表を作成し、遺産を保護・尊重する機運を高めることを目的としています。食に関するものでは、和食以外にも「フランスの美食術」や、「地中海料理」などがすでに無形文化遺産に登録されています。

 農林水産省が作成した「和食」を紹介するリーフレット(※4)では、和食の特徴として以下の4つを挙げています。

(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重(2)栄養バランスに優れた健康的な食生活(3)自然の美しさや季節の移ろいの表現(4)正月などの年中行事との密接な関わり

南北に長い国土。四季。豊かな自然。それらがもたらす多様な食材。食材本来の味を活かす調理法。一汁三菜の健康的な食事スタイル。季節や自然を感じさせる食器や盛り付けの美しさ。共同体の絆を強める年中行事との密接な関わり……などなど。それらを「『自然の尊重』という日本人の精神を体現した食に関する『社会的慣習』」としてユネスコに提案し(※5)、無形文化遺産への登録となったわけです。

 

※1 文部科学省HP ユネスコとは
http://www.mext.go.jp/unesco/003/001.htm

※2 文化庁HP 無形文化遺産
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/shoukai/bunka_isan.html

※3 農林水産省 ユネスコ無形文化遺産とは(PDF)
http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/pdf/unesco_mukei.pdf

※4 農林水産省HP 「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました!
http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/index.html

※5 農林水産省 「和食;日本人の伝統的な食文化」の内容(PDF)
http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/pdf/naiyo_washoku.pdf

〈続く〉

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「とにかく信じられないくらい文章がうまい。ほれぼれしちゃう」とよしもとばななさんも絶賛。アーティストの日常からアートの最前線まで、第8回坂口安吾賞受賞、天才の頭の中身をエッセイで!

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会田誠 美術家

1965年新潟県生まれ。1991年東京藝術大学大学院美術研究科修了。 絵画、写真、映像、立体、パフォーマンス、インスタレーション、小説、漫画など表現領域は国内外多岐にわたる。
小説「青春と変態」(ABC出版、1996年/筑摩書房、2013年)、漫画「ミュータント花子」(ABC出版、1999年/ミヅマアートギャラリー、2012年)、エッセイ集「カリコリせんとや生まれけむ」(幻冬舎、2010年)、「美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか」(幻冬舎、2012年)など著作多数。
自身の制作を追ったドキュメンタリー映画に「≒会田誠~無気力大陸」(B.B.B. Inc.、2003年公開)、「駄作の中にだけ俺がいる」(Z-factory、2012年公開)がある。 近年の主な個展に「天才でごめんなさい」(森美術館、東京、2012-13年)、「考えない人」(ブルターニュ公爵城、ナント、フランス、14年)、「世界遺産への道!!~会いにいけるアーティストAMK48歳」(鹿児島県霧島アートの森、14年)、「ま、Still Aliveってこーゆーこと」(新潟県立近代美術館、15年)、「はかないことを夢もうではないか、そうして、事物のうつくしい愚かしさについて思いめぐらそうではないか。」(ミヅマアートギャラリー、東京、16年)など。
<プロフィール写真>千葉九十九里にて 撮影:松蔭浩之

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