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2015.02.06

庶民の側まで降りてくる、理解不能の価値観(鈴木涼美著『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』)

羽田 圭介

庶民の側まで降りてくる、理解不能の価値観(鈴木涼美著『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』)

『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』鈴木涼美 
小社刊/1400円(税別)

 

 冒頭から、著者が手に入れてきたものがいきなり羅列される。

〈くいこみ気味の下着とそれに興奮するオトコ、慶應ブランドに東大ブランドに大企業ブランド〉〈キャバクラのナンバーワン〉〈別れるのが面倒なほど惚れてくる彼氏〉〈上からマリコな返事をして〉

 なにやら露悪的ですらある。そして、謎の喩えギャグの頻出……。この手の性文化レポートものは、おじさんライターによる憐れみ目線で書かれたものや、当事者の女性本人により書かれた体の職業ライターによる小癪な筆致まみれのものがほとんどだ。しかし、本書はそれらの類書と異なる。文章がうまい人と、女としての資本を武器に夜の世界を渡り歩いてきた人、親切心のある人は僕の周りにもそれぞれいる。しかし、夜の世界を渡り歩き文章がうまく親切心のある人は、そういない。はっきりいって、性産業や現代的な性の価値観を伝えるレポート部分は凡庸で、真新しさがない。おじさんライターたちが書くものと同じだ。ただ、細部や出てくる単語なんかには説得力がある。普通の人が経験する刺激的なこと数十人ぶんくらいを一人で経験しているなと思えるほど、とにかく刺激的なことが羅列される。そしてすぐに、平板な風景描写のように感じられるほど麻痺する。緩急をつけ構成するのではなく、常にアッパーで書きまくり、過多な情報を延々と読まされるうちに味わう退屈さは、やがて新鮮味へ転化する。おじさんライターが書く類書と違い嘘くささがないから、それでも楽しめる。

 局所的に句読点を少なくする文体や、極端な喩えを羅列したあとそれらを身も蓋もなくあっさり否定する文で締める芸は昔の村上龍作品のようだし、自意識の裏の裏を読み一人で牽制合戦する文章は流行の『アラサーちゃん』そのものだ。固有名詞の頻出と注釈は田中康夫著『なんとなく、クリスタル』。扱われる内容からして初期の山田詠美作品的だが、文章表現としては似ていない。あくまで、おじさん向けにおじさん的書法で書かれている。八三年生まれの著者にとって『なんクリ』や『地雷を踏んだらサヨウナラ』といったキーワードは世代のものではないはずだ。明確に、わざわざ八〇年代的なもの、おじさんたちが知っているものを拾いにいっている。

 すると、一冊の本のどこも見落としてはならないという気になる。本編はもとより、著者の経歴がなければ本書自体がなりたたないし、表紙の著者近影も重要だ。カバーをめくって裸にしたりもした。ここまで一冊の紙の本に向き合ったのは、久々だ。どこまでが、テクストなのか。ここに書かれていないテクスト(=コンテクスト)こそ、本編なのではないか。AVに関するくだりなど、さらっと断片的に書かれるだけで、「夜のオネエサン」の定義も具体的には最後までぼかされたまま。まるで、インタビュー記事やネット情報といった、このテクストの外側にあふれている著者情報へ読者たちが接続するのを見越しているかのように。『なんクリ』的批評性を有した、性文化レポートのフリした文芸作品なのか?

 この手の、凡人や万人には到底理解できない価値観で生きる存在=エイリアンものの醍醐味は、終盤で著者たるエイリアンが庶民の側にまで降りてきてくださるところにあり、本書もそこを外さない。喩えギャグや村上節も激減する終盤、〈見回せば、結局私は自分にサカってくれる男しかまわりに置いておかなかった〉〈私が私にサカらない男たちを邪険に扱ってきたのと同じように、彼らは私を邪険に扱った〉等々記される。それがあることにより、本書でボロ糞に叩かれる対象だったなんの資本も持たないおじさん的読者たちは「我々と共通点があるじゃないか」「色々と大変なんだな」と、可愛げのある対象として著者を見て、ほっと胸をなでおろせるのだ。

 本書が社会学者や書評家等〝おじさん文化人〟たちから過度にもてはやされるだろうとは容易に想像できる。しかしそれは、本書や著者にとってもアンフェアな評価。著者より二歳下の僕だからこそ下せる、プレーンな評価もあるだろう。かろうじて二〇代の僕ですら、自らの中に眠る〝おじさん性〟を引き出される。つまり本書は、誰が読んでも、たとえば男子中学生が読んだとしても、読んでいる最中は〝おじさん〟になってしまうのだ。では、〝おじさん性〟とはなんなのか。おそらく、理解できない人や事象を前にしたとき、自らが成長しようとしたりわかりあえるよう努力するより、ありのままの自分との間になんとか共通言語を見出し、対象を掌握したつもりになる怠惰な志向性である。本書は、誰の中にでも在るそれに、自覚的にさせてくれる。

 読んだあと、エイリアンの示してくれた優しさに安心してはいけない。他者を理解できていないことに自覚的にならなければ、また別のエイリアンにころっとだまされる。

 

『ポンツーン』2015年2月号より

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