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2015.01.13

書くべき人が書いた
警世の年金消失ミステリー
(『狂信者』江上剛)

郷原 宏

書くべき人が書いた<br />警世の年金消失ミステリー<br />(『狂信者』江上剛)

『狂信者』江上剛
小社刊/1700円(税別)

 

 AIJ事件を覚えていますか? 同名の投資顧問会社が全国の企業年金基金などから預かった約一四六〇億円の運用に失敗し、その大半を消失させながら成功しているように見せかける虚偽の報告書をつくっていた事件です。奇蹟のディーラーと呼ばれた浅川和彦社長と傘下の証券会社幹部が詐欺容疑で警視庁に逮捕されました。立件された被害総額は約二〇〇億円ですが、実際には泣き寝入りした企業が多かったといいます。なぜこんな事件が起きるのか。そもそも企業年金基金と投資顧問会社の関係はどうなっているのか。部外者にはわからないことの多い事件でした。

 わからないときには、その事件に取材した経済小説を読むのがいちばんです。昔からスパイ小説は国際関係論の教科書だといわれますが、その伝でいけば経済小説は現代資本主義の教科書です。経済小説では、事件の本質や背景がすべて登場人物の言動を通して語られます。つまり物語そのものが「人間の顔をした経済学」になっていますから、新聞報道や雑誌記事などに比べて親しみやすく、したがって理解しやすいのです。

 ただし、それが教科書である以上、作者は誰でもいいというわけにはいきません。その道の権威と呼ぶにふさわしい経験と知識と作家的力量の持ち主でなければならない。その点で本書の著者江上剛氏は、まさに理想的な書き手だといえます。

 旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)の総会屋利益供与事件に際しては広報部次長として収拾に尽力し、高杉良氏の小説とそれを映画化した『金融腐蝕列島』のモデルになりました。二〇〇二年に『非情銀行』で作家デビューしたあと、『起死回生』『復讐総会』『統治崩壊』などの力作や話題作を次々に発表して経済小説の第一人者になりました。また二〇一〇年には旧日本振興銀行の代表執行社長に就任した著名なバンカーでもあります。いまAIJ事件のような金融犯罪事件を描いて、この人の右に出る作家はいないといっていいでしょう。

 とはいえ、この作品はAIJ事件をそのまま小説化した単純な経済情報小説ではありません。第一、この作家がそんな退屈な小説を書くはずはないのです。AIJと浅川社長がモデルになっているのは確かなようですが、それはいわば小説の外箱のようなもので、その中には作家的想像力を縦横に駆使した現代資本主義の罪と罰の物語が詰まっています。

 物語はフリーライターの堤慎平が恋人の国本美保と銀座でデートする場面から幕を開けます。美保は産業日報新聞経済部の敏腕記者です。その場に経済誌の編集長から電話が入り、慎平はユアサ投資顧問社長湯浅晃一郎のインタビュー記事を書くことになります。湯浅は若くして投資顧問会社を設立し、株価の低迷を尻目にめざましい年金運用実績をあげているカリスマ経営者です。

 インタビューのあと、慎平の率直な取材態度に好感を持ったらしい湯浅は、その場で、入社しないかとすすめます。年収一〇〇〇万円の提示に慎平の心は動きますが、ユアサ投資顧問の奇蹟的な運用に疑問を抱く美保は、入社に強く反対します。しかし、慎平は結局、湯浅の下で働くことになります。この作家の作品ではいつものことですが、ここまでの導入部がじつに自然で巧みなので、読者はいつしか主人公とともに物語の時間を生きることになります。

 入社はしたものの、慎平にはこれといった仕事は与えられません。湯浅に連れられて挨拶回りをするうちに、慎平は巧みに顧客を取り込んでいく湯浅の天才的な話術と仕事ぶりに魅了されますが、一方ではその人間性に暗い影のようなものを感じるようになります。そこで出張を口実に湯浅の出生地、兵庫県丹波市を訪れ、認知症の母親に会って恐ろしい疑惑にとらわれます。この村に生まれた少年は果たしてあの湯浅晃一郎なのか? このあたりから物語はにわかにミステリアスな様相を見せはじめます。

 一方、美保の懸命の取材活動によって、ユアサ投資顧問の実態が少しずつ明らかになります。AIJの場合には、運用に失敗しながら成功しているように見せかける詐欺でしたが、こちらはもう少し手が込んでいて、さながらコンゲーム・ミステリーのようなスリルとサスペンスがあります。しかし、ここでこれ以上物語の内容に立ち入るのは、読者の「知らされない権利」を侵害することになるでしょう。

 食品偽装から振り込め詐欺まで、あの手この手の詐欺が横行する昨今、この物語は誰にとっても決して他人事ではありません。その意味で、これは書くべきときに書くべき人によって書かれた警世の書だといってよさそうです。

 

『ポンツーン』2015年1月号より

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