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2014.12.11

誰よりも弱く、誰よりも強い
ダークヒロイン

小山田 桐子

誰よりも弱く、誰よりも強い<br />ダークヒロイン

『スカーフェイス 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』
富樫倫太郎
小社刊/1600円(税別)

 警察小説の魅力のひとつに、独特の苦みがあるように思う。警察組織の中で犯罪と闘うということは、スーパーヒーローや名探偵が制約のない中、超人的な能力で犯罪に立ち向かうのとは違う。警察官は定められたルールの中で、ルールを守る気もない犯罪者に立ち向かわなければならないのだ。時にルールを破らなければ事件解決が難しいこともあるだろう。しかし、ルールを無視しては、犯罪者と変わらない。ルールを踏み越えるか、踏みとどまるか。そこに組織の人間としてのジレンマがあり、苦みがある。
 ベストセラーとなった「SRO」など警察小説をいくつも手掛けてきた富樫倫太郎さん。その最新作『スカーフェイス』は、ベガと呼ばれる連続殺人鬼を追う女刑事・淵神律子の物語だ。ベガを取り逃がしてしまったことを悔いる彼女は、ベガにつけられた顔の傷をあえてそのままにしている。そんな彼女を同僚の刑事たちはスカー(傷跡)フェイスと呼んでいるのだ。
 このヒロインが実に凄まじい。目の前の犯罪を防ぐためなら、警察内部のルールどころか、交通ルールなど法律さえも無視し、暴走する。何人もの相棒が、彼女の無謀な捜査のせいで怪我を負った。彼女を目の敵にする嫌味な理事官が「スタンドプレー」と批判するのも当然だと思ってしまうほど、彼女は警察組織の人間として危うい。相棒潰しのレッテルまで貼られている彼女だが、相棒の怪我に罪悪感を抱かないわけではない。交通ルールを守らなかったことで大事故に発生した可能性を思わないわけでもない。ルールを破るリスクを彼女は重々分かっている。それでも犯罪を前にすると、それを防ぐことしか見えなくなってしまうのだ。そんな風に彼女を駆り立てるもの、それは強い強い後悔の念だ。
 律子の父親は熱心だと評判の警察官だったが、家では酒を浴びるように飲み、家族に暴力を振るった。律子はバットや包丁まで持ち出して、反抗したが、気弱な弟は暴力にさらされ続け、自ら命を絶つことを選んだ。どうして弟を守ることができなかったのか。律子の心にある強い後悔は、彼女をアルコールに走らせ、暴力を振るう者に対し過剰なまでの暴力を振るわせる。アルコールと暴力を誰よりも憎んでいたはずなのに、彼女はそれらに溺れている。
 ルールを破りながらも、結果を出し続けてきたため、大きな処分は免れてきた彼女。しかし、逮捕の際、怪我を負わせた相手が代議士の息子だったこともあり、特別捜査第三係に異動させられてしまう。第三係は古い資料を整理し、管理する窓際部署だ。捜査ができなくなるということは、彼女にとって刑事としての死を宣告されたのに等しい。彼女は警察を辞めることを決意するが、第三係の生き字引きである円に、ここでならベガの捜査ができると説得される。本来であれば、捜査は第三係の仕事ではない。しかし、過去の捜査資料の補足という名目で、捜査することは不可能ではないし、何より仕事のないこの部署なら、ベガの事件に専念できる、と。ルールをぶち壊すことしか知らない律子に、円はルールを逆手に取るという選択肢を示したのだ。
 律子と円は、頼りない新米エリート刑事・藤平と共に捜査を始める。捜査畑の刑事たちと比べるとどうにも素人っぽいチームだが、彼らは得意な分野と不得意な分野を補い合いながら、熱心に捜査を進めていく。一匹狼だった彼女が、ほんの少しだけチームを信頼し、頼りにする様子には何となく胸が熱くなるものがある。特に、藤平とのコンビがいい。先輩刑事に一方的に暴力を振るわれた藤平に律子が言う。「勝てなくても抵抗するの。三発殴られたら、一発でいいから殴り返すのよ」これは、優しすぎた弟を思っての言葉ではないか。律子の激しさと、どこか弟のような藤平の柔らかさのコントラストには、名コンビになりそうな予感を覚える。
 意外な手がかりをもとに、3年間もまったく動かなかった事件を追う展開はぐいぐい読ませる。真相に迫る中で、読者に突きつけられるのは「正義とは何か」という問いだ。犯人には犯人の正義がある。たとえ、法律的に、倫理的に間違っていても、本人にとってそれは正義なのだ。もちろん、人を殺すことは絶対的に間違っている。しかし、正義の名のもとに、暴力を振るっているという点では、律子も同じだ。「殴り返せ」という彼女の言葉には、ただ優しいだけではやられてしまうという深い絶望感がある。暴力は間違っている。しかし、暴力には暴力でしか立ち向かえないこともあるかもしれない。そうした現実の中、一体何が正義なのか。そもそも正義と呼べるものは存在するのか。暴力に溺れながらも暴力と戦う、誰よりも弱くて誰よりも強いダークヒロイン。その矛盾に満ちた存在の強い苦みに、新しい警察小説の可能性を感じた。
 

 

『ポンツーン』2014年12月号より

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