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2014.12.18

女性たちの意志の強さが
印象的な圧巻の犯罪心理小説

池上 冬樹

女性たちの意志の強さが<br />印象的な圧巻の犯罪心理小説

『ナオミとカナコ』
奥田英朗
小社刊/1700円(税別)

 奥田英朗といえば『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』(直木賞受賞)などのコメディタッチの小説を想起する人も多いかと思うが、もともとはシリアス派である。特に奥田英朗の名前をいちやくメジャーにした出世作『最悪』『邪魔』(大藪春彦賞受賞)『無理』など緊迫感みなぎる群像劇を得意とする。近年では、中学二年の生徒が部室棟の屋上から転落して死亡する事件を、生徒たち、教師、被害者・加害者の家族、刑事、新聞記者などの視点から捉えた傑作『沈黙の町で』が記憶に新しいだろう。実に滑らかなフラッシュバックを駆使して、人間の未熟さが引き起こす悪意や中傷や暴力といったものを一つずつあらわにしていった。
 だから本書『ナオミとカナコ』を読む前は、いつものような群像劇で、巧みな技巧を駆使したサスペンスなのかと思ったら、そうではなかった。タイトル通り、主要人物を二人に絞り、過去を振り返ることなく現在の時間を濃密に語っていて、読んでいると息苦しくなるほど。実に緊密な犯罪心理小説である。
 小田直美は二十八歳。葵百貨店に就職して七年がたつ。新宿店の外商部二課で個人顧客担当で、あるとき華僑たちの商談会で高価な時計が盗まれる事件が起きる。華僑の有力者の近くにいた中国人女性が盗んだと思われたが、被害届を出すと資産家の華僑たちが離れる危険があり、内々でトラブルを解決するしかなかった。
 直美は上司に連れられ、女が経営する食料品店におもむき、時計返却の交渉をするが、のらりくらりと埒があかなかった。警察へ被害届を出すと脅しをかけていったん店を後にしようとしたとき、直美は、店にやってくる男の顔を見て驚く。中国人だが、友人の白井加奈子の夫とそっくりだったのだ。
 加奈子とは大学で知り合い親しくしていたが、専業主婦の加奈子は夫達郎から酷いDVを受けていた。直美自身、父親が母親にふるう暴力を幼いころから見ていたので、DVは許せなかった。しかも達郎は何ら反省もなく、加奈子は加奈子で無気力になっている。直美は加奈子に達郎を〝排除〟しようと提案する。そして達郎と瓜二つの中国人を思い浮かべ、ある犯罪を練り上げていく。
 完璧なプランだと思っていたものが、いざ決行するといくつも綻びが出てくる。いたるところに防犯カメラがあり、道路の通行車両を監視する警察のNシステムがあり、どんなに計画を綿密に練っても、予想だにしなかったところから穴があくし、いつしか行動がたえずチェックされるようになる。露顕する恐怖、主人公たちに疑いを向けだす近親者、雇われた興信所が繰り出す技、積み上げられる間接的な証拠の数々、狭まる包囲網のなかで、加奈子と直美は何を思い、どう意識をもち、いかなる行動をとるのか。
 実に力強い小説だ。殺人を選択した者たちの日常を丹念に追い、人間のもつ果てしない可能性を見いだそうとする。誰もが想像し得ないふてぶてしいまでの生を追求している。罪を犯してもこんなにも揺るがずに生きられるのか、という驚きと昂奮がここにある。
 印象的なのは女性たちの意志の強さだ。脇役で、直美と加奈子に理解を示す中国人の女(時計を盗んだ女)もさることながら、やはりタイトルロールの二人、特に加奈子だ。夫の達郎の暴力に苦しめられていた女が、一線を越えたあと、役者さながらに演じることができるようになる。〝人間には、自己を正当化するスイッチが生来備わっているのかもしれない〟といい、〝何も怖くはないは言い過ぎとしても、これまで恐れていたものがあまり怖くない〟ようになる。〝たとえ何があろうと取り乱したくはない。人一人を殺めておいて言う台詞ではないかもしれないが、自分は、尊厳だけは失いたくない。死も選ばない〟と驚くほど自分の意志で生きていこうとする。この強さが読む者の心をうつ。
 犯罪小説が難しいのは、読者の感情移入であり、罪を犯した者たちが迎える結末である。読者はふつうなら、罪を犯した者に同情することはないし、逮捕されることによる正義(秩序の回復)を願うものだが、この小説に限ってはそれはない。むしろ逆だろう。ひたすら捕まるな、逃げろという気持ちになって読んでいく。
 その思いをあらためて知るのは、クライマックスである。逃亡と追跡が実にサスペンスにとんでいて、二人の運命の行方にはらはらすることになる。奥田英朗は、細かいところに仕掛けをほどこし、意外性を作り、ストーリーに起伏と驚きをもたせて、主人公と(そして主人公に感情移入する)読者の心を掴み、翻弄していくのだ(手に汗にぎります)。まさに堂々たる語りをもつ圧巻の犯罪小説であり、不思議なことにある種の爽快感とともに読み終わることができる。奥田英朗の新たな秀作だろう。

 

『ポンツーン』2014年12月号より

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