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  4. 南米決戦を制したブラジルが2大会連続優勝

 24日の大会最終日。スカパー!生中継で決勝戦の解説を終えて会場に戻ると、私の姿を見つけた大会広報スタッフたちが次々と報告してくれた。

「決勝戦、チケット完売したんですよ!」

 キックオフ前には、まだ当日券が残っていた。しかし大会スタッフたちは試合が始まってからも諦めず、会場付近を歩いている人に声をかけて、あと20枚、あと8枚、あと5枚…と懸命に売り続けたそうだ。自国チームの出場しない決勝戦が満員になったのは、本当にすばらしい。「日本代表を応援したい」ではなく、「ブラインドサッカーを見たい」。純粋にそう思った人々で、特設スタンドが埋まった。それだけでも、この大会は過去最大の成功を収めたと私は思う。それをもたらしたのは、大会関係者の粘り強い努力と、選手たちが大会初日から見せ続けたハイレベルで魅力的なパフォーマンスだ。

リカルドのシュートをブロックするアルゼンチン守備陣(写真:増田茂樹)。

 アルゼンチンとブラジルの決勝戦は、そんな観客の期待に応えて余りある死闘だった。前日の準決勝ブラジル対中国を見た人は、アルゼンチン守備陣が見せたスピードと集中力の高さに驚愕したのではないだろうか。中国戦では縦横無尽に走り回っていたリカルドが
、自由にドリブルをさせてもらえない。南米のライバルとして何度も対戦しているアルゼンチンは、リカルドのドリブルコースやシュートのタイミングを完全に読んでいた。体を寄せてその行く手を遮断し、シュートの瞬間には3人で同時に足を出して食い止める。

 とくに、長髪と長身で目を引くアルゼンチンの4番フロイラン・パディジャは、ブラジルにとって天敵のような存在だった。その長い脚はボールを狙い澄ましてドリブラーの足元に伸び、シュート時には俊敏に折り曲げられてボールをブロックした。リカルドには、準決勝での疲労もあっただろう。中国に先制されたせいで、ブラジルの大エースは、長い時間、全力でプレーせざるを得なかった。パディジャの執念深いディフェンスに止められるたびに、その背中は疲労の色が増していくように見えた。

 前後半50分を終えて、0-0。試合は5分ハーフの延長戦にもつれ込んだ。アルゼンチンは、前日のスペイン戦と同様、PK戦に備えてGKをヘルマン・ムレクに交代。今大会は、アルゼンチンのほか、日本とコロンビアがこの交代を行った。過去2大会では、一度も見たことがない。実力伯仲でPK戦の重みが高まったがゆえの傾向と言えるだろう。アルゼンチンGKの交代直後、ブラジルは第2PKを得たが、3番カシオ・レイスのキックはゴールマウスを大きく外れた。誰もがPK戦突入を覚悟したに違いない。

 だが延長後半、ついに均衡が破れた。伏線となったのは、着地の際に右足首をひねったパディジャの負傷退場だ。攻守ともに中心的な存在としてブラジルを苦しめていたパディジャがピッチから担ぎ出されたのは、アルゼンチンにとって痛恨だった。ブラジルにとっては、「開かずの踏切」が急に開いたようなものだっただろう。

 その間隙を突いて突破したのは、リカルドではなかった。今大会、本来の動きとはほど遠いパフォーマンスを見せていたジェフェルソン・ゴンザウベスだ。MVPを獲得した4年前のイングランド大会と比べるとスピードが落ち、この決勝戦もドリブルの切れ味がいまひとつだったが、最後の最後でその潜在能力が全開した。ボールと一体となって滑るように移動する中央突破。パディジャの抜けたアルゼンチン守備網には、大きなギャップがあった。そこをすり抜けたジェフェルソンが、独特のタイミングで右足を振る。ゴールネットが揺れた。今大会でもっとも重い1点だった。

 そのまま1-0でタイムアップ。大会は、ブラジルの2大会連続(4度目)優勝で幕を閉じた。中国との準決勝と、アルゼンチンとの決勝。ブラジルが最後の2日間で見せたこの2試合は、ブラインドサッカーの持つ魅力のすべてを多くの日本人に教えたことだろう。もう、私がとやかく説明する必要はない。スタンドやネットやテレビで観戦した人々は、それが「障害者スポーツ」という枠組みのコンテンツであることを忘れていたはずだ。

2大会連続4度目の優勝を果たして喜ぶブラジルチーム(写真:増田茂樹)。

 もちろん、日本代表チームの戦いぶりも、人々の障害者スポーツ観を変えたと思う。この最終日、日本はパラグアイとの5位決定戦に臨んだ。前後半を終えて0-0。PK戦に0-1で敗れて、開催国は6位で大会を終えた。初めて「世界の上半分」に入ったことは、きわめて大きな前進である。徹底して守る戦術には、やや不満を抱いた人もいるかもしれない。自陣でボールを奪ってもドリブルで攻め込まず、味方のいない前線にクリアするシーンも目立った。「なぜ攻撃しないんだ」――ピッチサイドで取材しながら、背後のスタンドにそんな苛立ちが渦巻くのを感じたこともあった。私自身は、そんな不満を持たれることも承知の上で魚住監督が選択した戦い方だったことを十分に理解している。だが、サッカーの観戦者が、応援するチームに攻撃を求めるのは実に自然なことだ。

6位で大会を終えた日本代表。リオへの道は長く険しい(写真:増田茂樹)。

 そして、試合を見た人々が抱いたその不満が、これから日本を強くするのだと私は思う。もう、目の見えない選手たちがサッカーをするのを見て、「障害を乗り越えて頑張る姿に感動しました」と涙する者はほとんどいないだろう。代表チームのプレーに不満や苛立ちを感じてこそのサッカーだ。明日から私たちの代表チームは、そんなプレッシャーを感じながら戦わなければならない。だが、それは選手たちにとって幸福なプレッシャーだろう。自分たちのできることを、満員の自国観衆の前でやり切ることで、彼らは単なる「フットボーラー」としての地位をつかみ取ったのである。

 初の自国開催となったこの世界選手権には驚くほど多くのメディアも押し寄せ、これまでには考えられないほど多くの報道がなされた。スタンドに来られなかった人々のあいだでも、このサッカーに対する認知度は飛躍的に高まったことだろう。これを、一過性のバブルで終わらせてはいけない。今回は華やかな舞台で脚光を浴びた選手たちは、リオデジャネイロ大会でのパラリンピック初出場を目指して、明日からまた地道な努力を重ねる。ひとりでは練習もままならない彼らには、引き続き、日常的なサポートが必要だ。代表チームの強化を願うなら、彼らの周囲にはまだ「見えないスタンド」があることを忘れないでほしい。その空席をひとつひとつ埋めて、「満員」にすること。それが、リオへの道を進む選手たちの背中を押すのである。

 

 

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「ブラインドサッカー世界選手権2014」スタンド満員化プロジェクト

ブラジルW杯だけじゃない! 今年11月、全盲の視覚障害者がプレーするブラインドサッカー世界選手権が東京で開かれる。国立代々木競技場の特設スタンドを満員にして日本代表を応援する――ライター岡田の「ブラサカ満員化プロジェクト」が始動した。

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岡田仁志

昭和39(1964)年北海道旭川市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。3年間の出版社勤務を経て、フリーライターに。深川峻太郎の筆名でもコラムやエッセイ等を執筆。著書に『闇の中の翼たち――ブラインドサッカー日本代表の苦闘』(幻冬舎)。

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