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『土漠の花』(月村了衛著)重版記念

2014.10.20 公開 ツイート

作品冒頭が無料で読める!


 それでなくても無政府状態が続き、氏族間の抗争の絶えないソマリアとの国境地帯である。厳密にはソマリア連邦共和国ではなく、一九九一年に独立宣言した旧イギリス領のソマリランド共和国だ。比較的治安がよいとされるソマリランドだが、国際的には今日に至るも未承認国家のままで、いつ何が起こってもおかしくはない。
 各国の船舶を脅かす海賊は地元の漁師である場合が多いが、彼らに海賊行為の実行を指示する武装集団の本拠は海岸部ではなく内陸部にある。単に困窮した漁民が海賊となったと言えるほど事態は単純ではなかった。無政府状態となったソマリアには国境を管理する行政組織も海賊を取り締まる法執行機関もない。そのためソマリアはアフガニスタンから流入する麻薬や武器を他のアフリカ諸国やイエメンに密輸する窓口となっている。こうした組織や有力軍閥が海賊ビジネスに参入したほか、イスラム過激派組織アル・シャバブが国境を越えて活動している。それらの背景には、冷戦時代に東西両陣営から流入した大量の武器がソマリアの至る所にあふれているという現実がある。いずれにしても野営中は充分に警戒する必要があった。
 他の隊員も全員が寝ているわけではない。ハンドライトの照明下、高機動車のボンネット上に広げられた写真を囲んで、友永をはじめ半数近くの者が翌朝からの段取りについて検討を続けていた。
 与えられた任務はあくまで墜落機体の発見と生存者の救助である。従って段取りの検討といっても、ジブチ基地のアメリカ軍やフランス軍にどのような作業を指示するかが主たる議題となっている。
「まあ、機体をチェーンソーで解体して遺体を引っ張り出すしかないと思いますが、なにしろヘリはクラック(岩の割れ目)に引っ掛かってるだけですから、下手したら作業中にまるごと落下してしまう可能性が充分にあります」
 写真を指差しながら梶谷士長が解説する。自動車工場の倅という梶谷は、機械類や技術全般に精通している。二十五歳という年齢にしては落ち着いた風貌で、彼の分析は充分に信頼できた。
「自然落下のおそれすらありますので、今夜のうちにもザイルで機体を固定しといた方がいいかもしれません」
「ザイル程度じゃ機体を支え切れんだろう。ワイヤーが要るな」
「そうですねえ」
 友永の意見に梶谷も頷く。
「それにしてもややこしい所に挟まってくれたもんだな。いい迷惑だ」
 新開が吐き捨てるように呟いた。友永は横目でこの同僚を見る。有能で切れる男ではあるが、ときに冷酷にも差別的にも聞こえる彼の言い方は、どうしても好きになれなかった。
 オフでジブチ市街に繰り出したとき、寄ってきた物売りの少年に対して、新開が「貧乏人が」と吐き捨てるように呟いたのを友永は耳にしている。その一言に、新開という人間の本質が表われているように思った。
 新開とは曹長という階級も同じ、三十一という年齢も同じであるだけに、日頃から――ジブチに派遣される前から――よけいに反感を覚えていた。
 高卒で入隊し2士から叩き上げてきた自分と比べ、新開は少年工科学校(現高等工科学校)卒である。優れた曹(下士官)を養成するための教育機関たる工科学校をトップに近い成績で卒業したという新開に対し、僻みのような感情がないと言えば嘘になる。しかし友永は己のコンプレックスを自覚しつつも、新開の無機的な冷酷さを鼻持ちならないものと感じていた。
 拠点ではそれぞれ別の班に属しているので、正面からぶつかることもなかったが、捜索救助隊自体が急遽編成されたものであるため、曹長が二人いるという変則的な体制となった。当然常に顔を突き合わせていなければならない。

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