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2014.09.02

歌は世につれ、世は歌につれ
悩める人を喫茶店でまちぶせ

佳多山 大地

歌は世につれ、世は歌につれ<br />悩める人を喫茶店でまちぶせ

『癒し屋キリコの約束』
森沢明夫
小社刊/1500円(税別)

 もう二十三年も前の話。バブル崩壊がひたひたと迫っていた一九九一年初夏、僕は渋谷駅からほど近い宮益坂下の交差点にいた。一人ではない。隣には、大学に入って出来た友人がいた。夕べの日差しはまだ眩しく、人いきれで噎せそうだった。

 詳しく事情を聞かされたのは、いざそこに連れてこられてから。先週の金曜、この場所で〝運命の女〟とすれ違ったのだと友人は力説する。しかし彼は、そのときどうしても決めたいアルバイトの面接に向かう途中で、数瞬ためらってから足を止め、振り返ると、すでに〝彼女〟は人の波にのまれていた。だから、同じ金曜の同じ刻限、同じ場所で待っていることにしたのだ。

 すでに察しがついた向きもいるはずである。そう、僕の友人は同年一月から三月にかけて放映されたTVドラマ『東京ラブストーリー』にすっかりやられていた。いや、ドラマの内容よりも、元オフコースの小田和正が手がけた主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」にやられていたのだ。その証拠に、正味一時間も二人で佇んでいるあいだ、ときどき鼻歌で件のヒット曲を歌ってやがった。もちろん、あの日あの時、あの場所を〝彼女〟は再び通りかからない。

 ─ともあれ、陽も落ちて帰る道すがら、正気に返った友人は「守株」の故事(切り株にぶつかったウサギを獲物にした男が、次の日から同じ切り株にまたウサギがぶつかるのを待ち続けた結果、国中の笑い者になる)の正しさをなぜか自慢げに説いた。対して僕は、次に〝彼女〟を街中で偶然見かけたとき、軽いナンパ男と勘違いされたくないのであれば、こっそり後を尾け、行きつけと思しい喫茶店でも突きとめるべしと実践的なアドバイスをした次第。

 

 森沢明夫の新刊『癒し屋キリコの約束』は、〈場所〉と〈人〉と〈歌〉の三位一体で出来上がった小説だ。

 物語の主要な舞台は、どことなく下町風情がただよう商店街の一角にひっそりと立つ純喫茶・昭和堂。その喫茶店の奥に座す妖艶な女性オーナー、「キリコ」こと有村霧子は「癒し屋」なる裏稼業を営み、悩める依頼人の厄介な相談事をたっぷりの〝お賽銭〟と引き換えに解決に導いてみせる。昭和堂の店内に流れる往年のヒット曲は懐旧の情を呼び起こすBGMにとどまらない。キリコにとって指折りの名曲の一節は任務遂行の指針にもなるのである。

 いわゆるトラブルシューター物であり、「プロローグ」で予告される不穏な殺人シーンに至る過程を演出する手際からもミステリー志向が窺われる。が、あくまでもベースは、もつれ絡まった人間関係のしこりをやや乱暴に(!)解きほぐす〝現代の長屋話〟と推輓しておくのがいいだろう。『津軽百年食堂』を皮切りとする〈青森三部作〉や今秋に公開される吉永小百合主演映画の原作にもなった『虹の岬の喫茶店』など情味あふれる現代小説の書き手として地歩を固めつつある作者の森沢は、もともとスポーツライター出身だった。職業柄、多くの人と接して話を聞くことで養われた観察眼と共感力がこの作者の強みであるのはまちがいない。

 喫茶店のオーナーであるキリコだが、店内に流すBGMを選ぶこと以外、基本、表稼業は人任せである。その任されている店長の「わたし」、三十路の坂も見えてきた柿崎照美がほぼ全篇の語り手を務めて、癒し屋キリコの事件簿を綴る構成だ。キリコが扱う事件は警察が民事不介入を決め込むか、あるいは依頼人が警察の介入をそもそも望まないトラブルである。嫁と姑の不和、人気キャバクラ嬢へのつきまとい、主婦の万引き常習、中高年の再就職問題、そして「わたし」の親友が引っかかった結婚詐欺─。

 口コミの評判で次々と依頼が舞い込むキリコには、すこぶる個性的で頼もしい仲間がいる。キリコは「アシスタント」と呼んでいるが、つまりは自分の店の常連客だ。自称霊能力者の巨漢「入道さん」、バイク便のライダーでその好男子ぶりも水際立つ「涼くん」、商店街の老舗和菓子屋の四代目で腕っぷしには自信のある「清助さん」。もちろん、雇われ店長である「わたし」に求められるのも、コーヒーを美味しく淹れるコツだけにとどまらないわけで。

 本書の呼び物は、何といってもヒロインのキリコが臨機応変に繰り出す、風変わりな解決法だ。キリコが頼みにする〝懐刀〟は、昭和の時代の懐メロの数々。井上陽水の「夢の中へ」、H20の「想い出がいっぱい」、久保田早紀の「異邦人」、エトセトラ、エトセトラ……。時代を超えて愛される歌の力に酒精の勢いも借りたキリコは、時に意想外の奇手を放って、トラブル解消に至る最善の道を探り当てようとするのだ。本書をひもとけば、昭和堂は随時開店。読者の来店を今や遅しとお待ちかねです。

 

『ポンツーン』2014年9月号より

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