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2008.02.01

雨宮塔子の食事日記1

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記1

12月31日

 ノエル(クリスマス)で両親の家に里帰りしていたパリジャンが帰ってきて、パリの街に活気が戻ってきた。大晦日のフェット(パーティ)を控えているせいか、街ゆく人々の表情が少し浮き立って見える。
 今日はお昼頃からノリノリ(はす向かいに住む日本人の友人)の家でおせちの仕上げをし、そのまま夜はフェットをしに我が家に流れることになっている。

 ノリノリの家のキッチンに上がりこむと、先日リストアップしたメニューのうち、すでに何品目も仕上がっていて恐縮する。筑前煮、棒鱈の煮付け、豚の角煮と煮玉子は鍋の中でいい色に煮汁が染みこんでいるし、先日17区の魚屋さんで見つけて二人で感動したかずのこも、味付けが済んでしまっている。かつお節の風味がきゅっと効いていて美味。っていうか、これ、どうやって作るんだろう?
 残るはだし巻き玉子に牛むすぐらいだ。16区に住む友人、まりちゃんがお重を受け取りにくる14時までには、仕上げてしまえるだろう。
 それにしても、ここまで本腰入れて(?)おせち作りに取り組んだのは、渡仏8年目にして初めてだ。幼い子供を二人抱えて、そんなことをする物理的時間もエネルギーもなかった、というのは言い訳で、実は母の作るようなおせちを自分も作れる自信がなかっただけ。ノエルから年明けにかけてのヴァカンス時に、珍しくお互いにパリに残っているので、材料費も浮かせられることだし(ちなみに日本食スーパーのおせちの食材はフリーズしてしまうほど高いので、私たちは出来るだけ中華街などで食材集めをする)、まりちゃんも誘って3人でおせちを作らない? とのノリノリの提案を断る理由はなかった。というより、和食のケータリングや料理の先生もするノリノリのおせちを身をもって学べるチャンスでもあった。
 牛むすはノリノリのケータリング料理の代表作のひとつ。何度かごちそうになっているけれど、こんなに手間がかかるものとは知らなかった。ノリノリの作品なので、レシピは書かないことにする。しょう油の焼ける香ばしい香りに、早くも小腹がすく。
 ノリノリの出身地・関西ではだし巻き玉子に紅しょうがを入れるのが定番だそうだ。今回のおせちは棒鱈といい、関東風のおせちしか知らない私にとって、新鮮な発見が多かった。甘い味付けが苦手な母は黒豆を申し訳程度に添え入れていたけれど、お麩なんて登場したこともなかった。ノリノリが日本から来た友人からお土産に戴いたというお麩は“もち麩”と呼ばれ、おもちとお麩の中間のような食感が特徴。もみじ麩などは特に色鮮やかで、日本から戻ったばかりのまりちゃんの紅白かまぼこと共に、正月気分を盛り上げてくれる。
 お重に出来上がった料理を取り分けていると、まりちゃんが登場。これからこのお重を持って友人の別荘のあるフォンテーヌブローの方に泊まりがけのフェットに行くという。この手土産は喜ばれるだろうな。
 お昼ごはんは、おせちを作りながらノリノリが片手間に作ってくれたナポリタンで軽く済ます。私が絶対作らない種類のパスタだけど、ノリノリが作るとなぜか美味しい。


 彼が鉄板焼きや焼き肉にはまったく興味を示さないので、我が家には鉄板が無い。それでも先日、「私が鉄板持ってくから、鉄板焼きは!?」と、名案を思いついたとばかりに顔を上げたノリノリの提案に乗ってしまったのは、彼はどうせ年越しのカウントダウンに間に合うかどうかの帰宅だろうと思ったのと、子供たちに鉄板を囲む雰囲気を味わわせたかったからだ。子供たちといえば、大晦日は年越しそばも体験させなきゃと、鉄板焼きの後はにしんそばで締めくくることに決定。

 前菜には先日、マレ地区のとあるレストランで出てきて、イケてたアスパラガスの牛巻きを真似てみる。お肉はいぶしてあって、薄くスライスしてあるものを選ぶといい。この日は軽く湯通ししたけど、オーブンで焼くだけの方が、アスパラのあのシャキシャキした食感を残せたかも……。パルメザンチーズの塩気がまたいい相性だった。
 あとは冷凍庫に、湯引きをして皮を剥いておいたたこの足が一本、残っていたので、これをスライスして、梅肉醤油をかけて出す。和久傅の梅肉醤油は、ノリノリに教わった名品のひとつ。お野菜はロケット菜の白和え風。豆腐をミキサーにかけて、ごまだれと白だしでのばす。これに、軽く下茹でしてからしぼって水分を切っておいたロケット菜を和えるだけ。本当は水菜を買いたかったのだけれど、15区の八百屋さんでは切らしていた。お正月用に、15区在住の日本人が買いだめしたのだろうか? 日本食スーパー以外で水菜を売っている店は、私の知る限り、パリに2店しかない。 
「焼き肉屋で鉄板を挟んでいる男と女は、まずデキてるナ」と高校生だった私に語っていたのは父だったけれど、鉄板焼きって本当に、かなり突っ込んだ話をしやすいことろがある。モウモウと立つ煙を浴びながら箸を伸ばしていると、ふだんはその直前で踏みとどまる相手の心の深淵の境界線を簡単に跨いでしまえるような気持ちになってくるのだ。
 この夜は皆で出身地の話で盛り上がる。
「名古屋の人は、私を含めて、名古屋を東京と大阪の次ぐらいの都市に思ってますよ」
 と名古屋出身のベビーシッター、えっちゃんが言うと、
「名古屋なんて三都市の中に入らないわよ」
 と、焼き肉の力なんていらない、毒舌のノリノリが返す。さらに、自分よりずっと年若いフランス人の彼からのプロポーズを待ち続けるえっちゃんに、“待つ人生にろくな結果は待っていないわよ”と、彼との関係より、まずは自分自身の人生を切り開くべきだと説いていた。この人の、偽善とは対極にある世話焼きなところが私は好きだ。
 パリには東京出身者が少ないという話から、じゃあ生粋の東京人とは何だという話になった。
「生まれも育ちも下町の江戸っ子っていうのはなんとなく気質がわかるけど、結局東京って田舎から出てきた人の集まりでしょ」関西出身のノリノリは本音しか言えない。
 そうこうしているうちに、彼が帰ってきた。手には大きなシャンパンのマグナム瓶と、丸ごとの黒トリュフを抱えている。
「それ、どうしたの?」皆が歓声を上げて聞く。
「店をやってるとね、こういうのをもらえるんですよ」
「今日は家に泊まっていけば?」
 すでにシャンパンから赤ワインに切り替えていたところだけれど、15人分のマグナム瓶を空にすべく、皆で腹をくくる。何の腹だ?
 乾杯をし直したが早いか、彼がキッチンに立った。ゲットしたペリゴール産の黒トリュフでリゾットを作るのだそうだ。すでに満腹だったけれど、白いマーブル模様も鮮やかな黒トリュフのスライスを仕上げに散らしたそのリゾットは絶品だった。
 さぁ年越しのカウントダウン。年明けの瞬間、屋外では花火が上がるのだろう。2008年の幕開けとともに“ボナネー”(あけましておめでとう)と叫びながら皆でビズをして、さぁ次は年越しそばよと思ったら、彼はソファでひとり、寝入ってしまっていた。
「ホントに自分の好きなものだけ食べて、話したいことだけ話して寝るんだね」
 前菜の鉢も、焼き肉も手付かずのまま、おそらくこのままにしんそばも口にすることなく朝を迎えるのであろう彼を見下ろして、ノリノリが呟く。
 本当にそうだ。いつも嵐のように現れてひとり舞台を演ずるだけ演じて、最後には寝てしまう。他人の家でも。どんなに目上の人が一緒でも。
 夜明けに片付けをしていると、彼が起きてきた。
「また寝ちゃったね。でもあのリゾット、美味しかったよ。あんなすごいトリュフ、誰からもらったの?」
「いや、あのトリュフもシャンパンも、俺が買ってきたんだよ」
「じゃあなんで『もらった』なんて言ったの?」
「そんなこと言って、皆に気を遣わせてどうする。俺は現代版寅さんになりたいんだ。寅さんがいないと困る人もいるんだよ」
 ――なんだそりゃ……。相変わらず言葉は足りないけれど、なんとなく言いたいことは汲み取れた。そういえば思い当たることがあった。この人は人にごちそうする時、必ず“経費で落とすんで”と言い添える。ぜったい自腹を切るくせに。寅さんか……。ふと、昨夜の出身地ネタが思い出される。彼には確かに下町育ちのお義父さんの遺伝子が組み込まれているのだろう。15年以上前に他界されたお義父さんに、これから先も会える機会のないことがこの日くらい悔やまれたことはない。お義父さん、ごめんなさい。わたしも“さくら”に少しでも近づけるようになりたいのですが……。

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