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2014.08.05

第3回

日本人は一攫千金を狙って軍歌を作った

辻田 真佐憲

日本人は一攫千金を狙って軍歌を作った

軍歌の懸賞募集の賞金はサラリーマンの年収並

 世の中には軍歌を「戦時歌謡」と区別したり、あるいは軍歌を「国民歌」や「愛国歌」と呼んだりする人がいます。いや、そんな人知らないといわれるかもしれませんが、軍歌研究の世界には、軍歌の定義をめぐって延々と議論している変わり者たちが結構いるのです。

 しかし、大衆文化である軍歌はそもそも曖昧なものであり、厳密な定義や分類には馴染みません。実際、レコード会社も軍歌に適当なジャンル名をつけていました。例えば、「時局歌」「時局小唄」「時局流行歌」「時局壮烈歌」「愛国流行歌」「軍事流行歌」「軍国歌謡」「国防歌」「聖戦歌」「行進歌」などなど……。もちろん基準はいい加減です。

 そんなわけで、ざっくりと「軍事に役立つ歌」を「軍歌」と総称すればいいのではないか、というのが20年近く世界中の軍歌を調べてきた私の結論です。

 さて、それを踏まえて言いますと、日本の軍歌はかなり数が多いです。世界的に見ても多いほうだと思います。その理由のひとつに、懸賞募集イベントの過熱が挙げられるでしょう。

 懸賞募集は今でも作文コンクールなどでよく行われているので多言を要しないと思います。要するに、軍歌の歌詞を一般国民から募集し、入選者には賞金を与えるというものです。当選作はプロの音楽家によって曲がつけられ、時にレコードとして売り出されました。(作曲の懸賞募集もあったのですが、どうしても作詞に比べて門戸が狭いためここでは省きます。)

「大陸行進曲」歌詞募集の社告(「東京日日新聞」1938年9月10日)。「毎日新聞」は軍歌募集の雄として知られた。

 作文コンクールというと「図書券500円」などわびしい賞金のイメージがあるかもしれませんけれども、戦前の軍歌の当選賞金はかなり高額でした。満洲事変の頃は500円、日中戦争が始まると1000円、1500円、2000円……とうなぎ登り。昭和戦前期のサラリーマンの平均年収は1200円ほどだったといいますから、応募した歌詞が当選すれば、いきなり年収がポンと手に入ったわけです。賞金も太平洋戦争の初期頃までは、公債ではなく概ね現金がもらえました。

 どうしてこんなに高額になったのかというと、それは懸賞募集を主催した新聞社同士が激しく競いあったからです。新聞社にとって、軍歌募集は国への忠誠心をアピールする機会であると同時に、読者を引きつけて部数を伸ばす絶好のイベントでもあったのです。そんなわけで、戦争が激しくなると毎月のように軍歌募集の社告がお目見えしました。

「毎日新聞」と「朝日新聞」が軍歌募集で競い合う

 有名なのは、「毎日新聞」と「朝日新聞」の競争でしょう。昭和戦前期、激しい部数競争をしていた両紙ですが、軍歌の懸賞募集でもしのぎを削りました。例えば、1932(昭和7)年の上海事変で「毎日」が「爆弾三勇士の歌」を募集すれば、「朝日」は「肉弾三勇士の歌」(*)で対抗。また1937(昭和12)年の日中戦争勃発で「毎日」が「露営の歌」を大ヒットさせれば、「朝日」は「皇軍大捷の歌」や「父よあなたは強かつた」で対抗……という具合でした。

 いずれにせよ、国民からすれば、これは大金をゲットできるチャンスでした。作詞に少しでも自信があるのなら応募しない手はありません。かくて応募側もヒートアップし、時に応募点数は10万篇を越え、ついには『懸賞界』という募集情報を集めた専門雑誌まで出版されるまでになりました。一攫千金を狙って何度も応募した人もいたようです。

懸賞募集の当選歌を集めた本まで出された。(国立国会図書館蔵)

 当局にとっても、国策を歌詞にしようと国民が頭を捻ってくれるのは喜ばしい事でした。陸軍省や海軍省も、大臣の推薦コメントを寄せるなど様々な形で新聞社をバックアップしています。こうして、当局は楽に宣伝ができ、メディアは儲かり、国民は一攫千金の夢が見られるという、ウィン・ウィン・ウィンの関係の中で、厖大な数の軍歌が生み出されていったのです。日本に軍歌が異様に多い理由もここに求められると思います。

 もっとも、こういう軍歌募集には批判の声もありました。例えば、詩人の北原白秋は、懸賞募集の歌がどれも「常凡」で「芸術香気もなく」「死語死調」だとして、次のようにその理由を述べています。「知識はあつても作歌の経験もなく、また五や七の調子だけは整へても本質的に詩人でない懸賞歌を商売にしてゐる投書家者流に何の優秀な詩品が得られやうか。」(「流行歌と当局の態度」)

 つまり、懸賞募集の軍歌は素人臭く駄作ばかりだということです。白秋だけではなく、当時からこのような声は多く聞かれました。手厳しいですが、残された軍歌の凡庸さを思う時、納得できる意見ではあります。

 ただ、軍歌の場合、国民が参加し、歌ってくれるということがなによりも大切です。たとえ芸術的に劣っていても、戦争の目的が国民に浸透すればそれでいいのです。その点、国民が賞金を狙って次々に歌詞を捻り出した懸賞募集イベントは成功だったというべきでしょう。

「肉弾三勇士の歌」をYouTubeで検索

 

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