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2014.07.27

第5回

『神聖喜劇 第五巻』解題 無料試し読み
高田里惠子(桃山学院大学教授(ドイツ文学))著
「厳原閥」かもしれない症候群

『神聖喜劇 第五巻』解題 無料試し読み<br />高田里惠子(桃山学院大学教授(ドイツ文学))著<br />「厳原閥」かもしれない症候群

“プレミア本”電子化プロジェクト第5回は、『神聖喜劇』の第五巻。巻末に収録されている桃山学院大学教授(ドイツ文学)の高田里惠子さんの解題を公開します。

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「厳原閥」かもしれない症候群  高田里惠子(桃山学院大学教授(ドイツ文学))

  もちろんわたしとて生源寺や冬木のほうが好きであるし、あの午後の場面では、「高田二等兵も、同じであります」と叫ばんばかりに感動してしまう。心情的にはかくもドップリ「食卓末席組」でありながら、かつまた大前田班長殿や村上少尉殿や村崎古兵殿のおのおのに異なる無謀さにガツンと一発くらいつつ、しかし「厳原閥」のなかに時おりあらわれ出るわたしじしんの姿に脅かされるのである。

「厳原閥」かもしれない症候群。実はあなたもひそかにこれに悩んでいる……

 という次第で、この解題ではヒーローたちに泣く泣く別れを告げ、あえてイヤなやつらにこだわってみようと思うのだ。

「厳原閥」のなかでもとりわけ「帝大出」谷村二等兵は、同じ帝大文科系出身ということで東堂太郎の引き立て役になっている。長いものにすぐ巻かれたがる「俗物」谷村に向けられる東堂の視線は厳しく、「インテリゲンチア」谷村の自嘲もすぐさま、その自己欺瞞のあさましさをあばき出されてしまう。「まぁ、いつもとおなじそんなことで、いやいやながら、おれは、あの仲間に入ってあそこにすわっておったのだよ」。「われわれ学校出から見れば、理に叶わないような・阿呆らしいようなことが、たしかにたくさんここにはあろうさ。だけど、そんなことにいちいち目くじらたてても、始まらないだろう」。

 現在ではもう死語となった「学校出」という表現は旧制中学卒以上の学歴をもつ男性を指すが、『神聖喜劇』の頻出語の一つである。作者によれば、原稿用紙百五十枚程度の中篇のつもりであった原『神聖喜劇』の構想は、「知識人兵士」がみずから「名砲手」になることによって、「学校出のヘナヘナ」を見下していた「農民下士官」を凹ますというものだった。軍隊における「学校出」の問題は当初から核となっていたわけである。

 そしてわれらが「厳原閥」は、軍隊のなかでの「学校出」の苦労をよく知っている(と主張する)班附上等兵神山をうまくおだてて要領よく兵営生活を泳いでいこうとしている「学校出」たちの集まりなのである。もっともその大半は、「数少ない大学出・高等専門学校出」には軽く見られている「田舎中学出」にすぎないので「帝大出」谷村が「われわれ学校出」などと東堂にささやくときには、「あの仲間」と一緒にされてたくないんだという本音が出ているのだろう。

「学校出」をそれぞれに誇示し利用する「厳原閥」の態度は、「地方」(軍隊外の世間)の特権階級である「学校出」は平等社会たる軍隊ではここぞとばかりにいじめられると聞いていた東堂(とわれわれ)を不思議がらせる。平等なんか真っ平御免、軍隊だってコネと学歴が物を言うハズと心得ている「厳原閥」がわれわれの気分をくさらせるのは、国民(人間や人類ではない)の平等という微妙な問題に触れてしまうからである。近代日本は国民(といっても男性のみだが)の平等を謳ってきた。たしかに、平等な徴兵制の陸軍と平等な試験戦争の上級学校は封建的身分制度を解体したのである。

 しかしまず、諸研究の成果に従って次の事柄を確認しておきたい。「学校出」、とくに「大学出」が軍隊のなかである程度の人数のグループを成すケースなぞ、昭和十二(一九三七)年に日中戦争がはじまるまでなかったことである。そもそも大学卒業者は同世代男子の数パーセントに過ぎず(「帝大出」に限れば〇.七パーセント程度、旧制中学在籍率は昭和十五<一九四〇>年で約二十パーセント)、青白きインテリの体格が優れているはずもなく、長期の戦争をしたことのなかった日本にそれほど多くの兵士も要らなかった。甲種合格で現役入営するのはほとんどが農民で、平等な徴兵ではなかったと数々の徴兵制研究が口をそろえて言う。中学以上の上級学校在学者には徴集猶予が与えられた。これはつまり、後発近代国家では進学が違うかたちでの国家への奉公と認められたということである。しかしその二種類の尽忠報国の仕方はともに、エゴイスティックな上昇志向とも無縁ではなかった。軍隊と上級学校という平等の場所で、かえってエゴイズムと不平等があらわになる。農家の三男坊が選抜上等兵になれば村での地位が上昇したのだから、彼は人を押しのけて皇軍でご奉公したろう。近代ドイツの高学歴ブルジョアにとって兵役の義務を果たし予備役少尉になっておくことは男の名誉であったが、日本の「帝大出」や高級官僚には兵隊の位はなんの益ももたらさなかったから、兵役はなるべく他のだれかにやってもらいたいものだった。軍隊と高等教育機関は似たもの同士であるがゆえに対立し、時には憎みあったのである。

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