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2014.07.15

第2回

『神聖喜劇 第二巻』解題 無料試し読み
三浦しをん著 いまを生きるものが住々にして直面すること。

『神聖喜劇 第二巻』解題 無料試し読み<br />三浦しをん著 いまを生きるものが住々にして直面すること。

“プレミア本”電子化プロジェクト第2回は、前回に引き続き『神聖喜劇』の第二巻。巻末に収録されている三浦しをんさんの解題を公開します。

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いまを生きるものが住々にして直面すること。   三浦しをん

 古本屋でアルバイトをしていたとき、何人ものお客さんから、「大西巨人の『神聖喜劇』はありますか」と尋ねられた。

 私は、絶版の文章やノベルスの並んだ棚へ案内しながら、「ずいぶん人気のある作品だなあ。どういう話なんだろう」と、いつも思っていた。

 わずかながら、内容を推測する手がかりはあった。架空戦記物(「もし戦艦大和が沈没しなかったら」とか、「もしミッドウェー海戦で日本軍が勝利していたら」という設定で進む、荒唐無稽と言っては失礼だが荒唐無稽な小説である)を、いつも大量に購入していくおじいさんも、『神聖喜劇』を探していたのだ。

 おじいさんは、架空戦記物を愛読する理由を、「俺も戦争に行ったから」と説明していた。それが本当に愛読の理由になるのか否か、私には判断できなかったが、しかしそのおじいさんが探しているからには、『神聖喜劇』も戦争を題材にしたものなのだろう、ということはわかった。架空戦記物とは明らかに毛色がちがう作品ではないか、と懸念されたが(だって筑摩文庫に架空戦記物はないだろう)、私はおじいさんにも『神聖喜劇』を売った。

 古本屋に手持ちの『神聖喜劇』がなくなり、「ああ、次にまたこの作品を探しているひとが来たら、どうしよう」と気を揉んでいたある日。新聞広告を見ていて、『神聖喜劇』が光文社文庫から復刊されることを知った。なんてナイスなタイミングだ。古本屋で働いているからには、古本屋的人気作品を、自分でも読んでおくべきだろう。すぐに近所の新刊書店に行って、毎月一巻ずつ刊行される文庫を、必ず取り置いてくれるよう頼んだ。

 その年の晩夏、私は友達と沖縄の離島に遊びにいった。一週間ぐらい仕事を忘れ、美しい浜辺でゴロゴロする。つまり、バカンスだ。その時点で三巻ぐらいまで復刊されていた『神聖喜劇』を、私は鞄に詰めた。

 人間よりも牛の数のほうが多い島で、友だちと私は泳いだり昼寝したりした。うーん、素晴らしい夏休み。友だちは水死体のように波間に浮かんでいたかと思うと、なにが契機となるのか、猛然と素潜りを開始する、という行為を繰り返している。私はそこまでの体力はないので、砂浜に挿してあるパラソルの陰で、「さて」と持参した『神聖喜劇』を開いた。

 読みはじめてすぐに、「やっぱりこれ、全然架空戦記物じゃなかったよ!」と思う。おじいさん、ごめんなさい。薄々わかっていたのに、私は営利のために口をつぐんでいました。しかし、ぬぬぅ。なんておもしろい小説なのだ!

 海から上がってきた友だちに、「ずいぶん夢中になってるね」と言われても、「うん……」と生返事しかできない。背中に日焼け止めを塗り直してあげているあいだも、片手で文庫を持ち、目は字を追っている。

「ちょっと、手が止まってる!ちゃんとやってよ」

 と注意をされ、

「これが『死節時が多い』ってやつかねえ」

 と、さっそく覚えたての用語を使ってみる始末。

「なに言ってんだか」

 と、友だちはあきれて再び海に突入していき、私は砂浜の反射光で眼球が日焼けするまで、読書に没頭したのだった。離島にいるあいだ、日焼けした目には世界が緑色に紗がかかって映った。もちろん島から帰ってからは、つづきが気になり、取り置きではなく発売日に本屋に駆けつけることになった。

『神聖喜劇』の主人公・東堂太郎は、この世に存在するありとあらゆる暴力について、さまざまな差別について、逃げたり誤魔化したりすることなく、超人的な記憶力を武器に真摯に考察をめぐらし、抗っていく。読みながら何度胸打たれ、理不尽に悲憤し、我が身を省み、東堂の活躍に快哉を叫んだことか。

 軍隊内の「『知りません』禁止、『忘れました』強制」問題から、日本軍を覆う「責任阻却」のカラクリに迫るところなど、「うおお、そうか!」と目から鱗が落ちる振動が魂に伝わって、体がぶるぶる震えた。感動的なまでに納得がいったぞ、東堂。

 のんきにバカンスなぞしながら読む内容じゃない。『神聖喜劇』は、深刻かつ深遠な問題をいくつも内包している作品だ。それはたしかだ。けれど同時に、爆笑できる箇所が多々あり、軍隊という閉ざされた環境のなかで次々に事件が起こる、スリリングなミステリーでもある。

「軍隊で出されるおかずは大根ばかりだ」ということを手紙に書くのは機密漏洩か。「金玉を袴下の左に入れろ」という指示の根拠はどこにあるのか。脱力せざるをえない問題が、これでもかこれでもかと持ちあがる。東堂は生真面目に、すべての問題を明らかにすべく独自に取り組むのだが、問題は金玉なのである。生真面目なだけに、読んでるほうとしては笑いを禁じえない。

 また東堂は、逢い引きの場でも生真面目である。女性をまえにしても、かつて読んだ和歌やらなんやらをたくさん思い出している。いざコトに至っても、「剃毛が二人の行為に与えた影響」について、あれこれ(しかもこの期に及んでも論理的に!)考えている。

 東堂が大変素敵な男性であることは間違いないが、情事のあいだすら捨て去らぬ生真面目さと分析癖を見るにつけ、つきあうのはなかなか大変そうだなと思う次第だ。

 東堂だけではなく、登場人物が総じて魅力的なのも、この作品を楽しいものにしている。いいやつも悪いやつも、「いる!こういうひとっている!」と、身近で似た人物が容易に思い浮かぶのだ。

 私のお気に入りは、無口だけど誠実な冬木だ。小説を読んでいるあいだずっと、冬木を応援していた。この物語の最後で彼が出す結論は、私の心に常にあり、二か月に一遍ぐらいは、「私ならどうするか。どうすべきか」と考える。

『神聖喜劇』には、物語のダイナミズムからいっても、登場人物の魅力からいっても、読むものに「映像で見てみたい!」と思わせる力がある。私は勝手に脳内キャスティングをしていて、冬木は池部良がいいのではないかと思っていた。中年のころの渋さを持った、若かりしころの池部良で、ひとつお願い!

 しかし本当に、この話を視覚表現しようと試みるひとがいるとは……!漫画化されると聞いて、それだけで、「そんな難事業に挑もうとするひとがいるなんて」と頭が下がる思いがした。

 実際に漫画版『神聖喜劇』を読んでみて、「これはすごい!」と興奮した。小説『神聖喜劇』で描かれた多彩な登場人物が、ビジュアルで見事に表現されていたからだ。冬木は「中年的渋さを持った若い池部良」とはかなりちがったが、そんなのは些細なことだ。ビジュアルがはっきりしたことによって、謎解きの部分、スリリングな部分が際立ち、この物語の楽しさとおもしろさが、より多くのひとに伝わりやすくなったのではないかと思う。

 漫画という成熟した表現手段があって、本当によかった。『神聖喜劇』を漫画で表現しようと思い立ち、それを成し遂げるだけの実力と情熱のあるひとがいて、本当によかった。

 この物語が提起した種々の問題は、現在に至るまでまったく解決されていない。これは「過去に軍隊内であったこと」ではなく、「いまを生きるものが住々にして直面すること」なのだ。

 暴力と差別と理不尽が、この世からなくなることはないだろう。だがなくならないからといって、「しかたがない」と放置しておくことはできない。被害者でもあり加害者でもある自分自身の問題であるからだ。

 考えるためにも行動するためにも、私はまずは知るところからはじめたいと思う。

 漫画版『神聖喜劇』は、「知る」ための第一歩として、絶好の作品になっている。これを機に、もっと多くのひとと『神聖喜劇』について語りあえるのだと思うと、わくわくしてくる。

 いまなら私も、架空戦記物が好きなおじいさんに、自信をもって『神聖喜劇』をお薦めできるのに。「ものすごくおもしろくて刺激的な作品ですよ。あ、復刊されたので、新刊書店で手に入ります。そしてそして、なんと漫画版もあるんですよ~。どっちから読んでもよしです!」と。

 古本屋の売り上げにはならないが、満足だ。

 

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