毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2014.07.12

第17回

難しさを測る、美しさを測る 前編

大栗 博司

難しさを測る、美しさを測る 前編

 多くのみなさまにご愛読いただいたコラム「数学の言葉で世界を見たら」、いよいよ次回で最終回です。最後を飾る主人公は、19世紀を代表する天才数学者にして、20世紀・21世紀の科学・技術の発展に多大な貢献をしたガロア。
 新たな理論を構想しながら「僕にはもう時間がない」と悲痛な手紙を遺して早逝したガロア。その壮絶な生涯以上にドラマチックなガロア理論。彼が「群」という新しい言葉で切り開こうとしたのはどんな世界だったのか? 読み終えるのが惜しい、感動のフィナーレの始まりです。

 

 $19$世紀最高の数学者のひとりとされるエバリスト・ガロアは、1811年10月25日にフランスに生まれ、1832年5月31日に死んだ。20歳と7ヶ月の短い人生の中で、ガロアは何を成し遂げたのか。


* * *
 

 $1$次方程式や$2$次方程式の解き方は、古代バビロニアの時代から研究されてきた。$1$次方程式、$$ a x + b = 0 \ , $$

を$x$について解くと、$$ x = - \frac{b}{a} \ , $$

となって、$a$や$b$が整数でも、答えは分数になることがある。この連載第$3$回の「基礎から考えること 前編」で話したように、「分数」とはこのような方程式を解くために考えられた数だといってもいい。

 古代バビロニア人たちは、$2$次方程式の解き方も工夫していたが、分数で解ける場合しか考えていなかったようだ。ところが、第$4$回の「基礎から考えること 後編」で話したように、古代ギリシアのピタゴラスの弟子ヒッパソスが、簡単な$2$次方程式、$$ x^2 = 2 \ , $$

の解が分数では表せないことを発見してしまう。これが無理数の始まりだった。

 一般の$2$次方程式の解き方を見つけたのは、$9$世紀バグダッドの数学者アル=フワーリズミーだった。彼の方法を現在の表記法で書くと、$2$次方程式、$$a x^2 + b x + c = 0 \ , $$

の解は、$$ x = \frac{- b \pm \sqrt{b^2 -4 ac}}{2a} \ , $$

であるという、中学校で習う「解の公式」になる。解を表すのに平方根が必要になるので、$1$次方程式より$2$次方程式の方が「難しい」といえる。

 アル=フワーリズミーらの開発した方法が中世ヨーロッパに伝わると、数学者たちが競って$3$次方程式や$4$次方程式を解くようになった。第$15$回「空想の数 前編」で話したように、$3$次方程式、$$ ax^3 + bx^2 + cx + d = 0 \ , $$

の解法は$16$世紀のデル・フェッロが発見し、カルダーノが『アルス・マグナ(偉大なる技法)』で公表した。また、カルダーノの弟子のロドビコ・フェラーリは、$4$次方程式、$$ ax^4 + bx^3 + cx^3 + dx + e = 0 \ , $$

の解の公式を発見し、これも『アルス・マグナ』に記されている。どちらの場合にも、方程式の係数$a, b, c, \dots$の係数の平方根や立方根で、方程式の解を表すことができる。

 平方根に加えて立方根が現れるので、$2$次方程式より$3$次や$4$次の方が、「さらに難しい」といえる。たとえば、第$4$回の「基礎から考えること 後編」で話したように、平方根はコンパスと定規で作図ができるが、立方根は作図できない。

 $2$次、$3$次、$4$次と方程式の解の公式が発見されたので、$5$次方程式も解くことができるはずだと思われた。ところが、デル・フェッロから$300$年の間数学者たちが努力したのに、解の公式は見つからなかった。第$15$回「空想の数 前編」で紹介したガウスの「代数学の基本定理」によると、どんな次数の方程式でも複素数の解を持つはずだ。それなのに、あるはずの解を、平方根や立方根などのべき根で表す方法が見つからなかったんだ。


* * *
 

 そこに登場したのが、$1802$年にノルウェーに生まれたニールス・ヘンリック・アーベルだ。アーベルは、$5$次方程式の解の公式が存在しないことを証明した。数学者たちは、「解けない問題」に挑戦していたというんだ。$5$次の場合は、$3$次や$4$次よりも、「もっともっと難しかった」ということになる。

 何かができないことを示すのは難しい。たとえば、この連載第$10$回の「無限世界と不完全性定理 後編」では、「自然数とその算術を含む公理系の無矛盾性が証明できない」という第$2$不完全性定理を紹介した。方程式の場合にも、解の公式が「ある」ということなら、公式を書いて見せて、解になっていることを計算して見せればいい。しかし、公式が「ない」ことを証明するのにはどうしたらいいか。$4$次方程式までは解けたのに、$5$次になったとたんに何がどう変わってしまったのか。それを理解するためにアーベルが使ったのは、「方程式の難しさを測る方法」だ。これについては、後でじっくり説明しよう。

 アーベルは$17$歳のときに$5$次方程式の解の公式を発見したと思い、論文も書いたが、これは間違いだった。そして$21$歳のときに、「$5$次の一般方程式の解法の不可能性を証明する代数方程式に関する論文」を書くが、難解さのためにすぐに理解してもらえなかった。幸いなことに、ベルリンの数学者アウグスト・レオポルド・クレレと友人になり、彼の創刊した数学誌の第$1$号にこの論文が掲載されたのが$23$歳のときだった。その後、アーベルはクレレの雑誌に次々に論文を発表し、名声は高まっていったが、大学に職を得ることができず、経済困窮の中で結核にかかる。クレレはアーベルのために尽力し、ベルリン大学の教授の椅子を確保したが、クレレからの吉報が届いたのは、アーベルの死の二日後のことだったという。まだ$26$歳だった。

図1 ノルウェー王宮の庭の『アーベル記念碑』(グスタフ・ビーゲラン作)

 ノルウェーのオスロに行くと、中心街を見下ろす王宮の庭に巨大なアーベル記念碑が置かれている(図$1$)。首都の最も重要な位置に置かれているのが、政治家や軍人の銅像ではなく、$5$次の一般方程式の解法の不可能性を証明した数学者の記念碑だということが素晴らしい。ノルウェーの人たちがアーベルをどれだけ誇りに思っているのかがわかる。

 アーベルは、$5$次方程式にべき根を使った解の一般公式がないことを証明したが、簡単に解ける場合もある。たとえば、$$ x^5 =1\ , $$

は$5$次方程式だけれど、

\begin{align} & x^5 - 1 = \nonumber \\ & (x-1)(x^4+x^3+x^2+x+1) \ , \nonumber \end{align}

なので、解のひとつは$x=1$。残りの$4$つは$4$次方程式$x^4+x^3+x^2+x+1=0$の解なので、フェラーリの公式が使える。もっと次数$n$が高くなっても、$n$次方程式、$$x^n=1 \ , $$

の解はすべて、自然数のべき根で表すことができる。これは、前回話したように、ガウスが証明している。

 そこで、アーベルは、どんな場合にべき根で解けるかに興味を持った。そして、べき根だけを使って解くことのできる方程式をすべて見つけようとしたが、達成することはできなかった。


* * *
 

ログイン

ここから先は会員限定のコンテンツ・サービスとなっております。

無料の会員登録で幻冬舎plusを更に楽しむ!会員特典をもっと見る

会員限定記事が読める

バックナンバーが読める

電子書籍が買える

イベントに参加できる

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

大栗博司『数学の言葉で世界を見たら』

→試し読み・電子書籍はこちら

→書籍の購入はこちら(Amazon)


大栗博司『強い力と弱い力』

→試し読み・電子書籍はこちら

→書籍の購入はこちら(Amazon)


大栗博司『重力とは何か』

→試し読み・電子書籍はこちら

→書籍の購入はこちら(Amazon)

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!