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文化系ママさんダイアリー

2008.10.01 公開 ツイート

第十七回

男のアウトロー育児 堀越英美

 今、若年男子の間で育児が激アツみたいだ。

 小児科に予防接種を受けにでかければ、平日の昼間であっても子連れのお父さんを何組か見かけるし、保育園に子を迎えに行けば若いお父さんたちとすれ違う。そういえば産科の待合室でも妊婦に付き添う夫を少なからず見かけたことを思い出した。当時は「父親も検査があるのかなー?」としか思わなかったが、今にして思えば胎児段階であっても一刻も早く我が子を見たいという先走った父性本能の現れだったのだろう(最近は3D/4D胎児超音波検査のおかげで、指しゃぶりしている胎児の3D動画がリアルタイムで見られたりする)。

 風貌はといえば、若い頃ヤンチャしてた風の男らしいモテ系ばかり。今年めでたくF1層を卒業したばかりの文化系中年の私にはまぶしく映る。太宰治の「家庭の幸福は諸悪の本(もと)」ではないが、これまでかっこよさをアピールしたい文化系は、ことさら妻子を大事にしないことを公言する傾向にあったように思う。家庭を顧みない=小市民的幸せを追求してない=無頼カッコイイ!という図式。マイホームパパ、それは文化系ギョーカイでは去勢された男も同然の蔑称なのである。いくら育児で苦労しようが、村上龍に「農耕民族」認定されるのが関の山。澁澤龍彦や武田泰淳、埴谷雄高あたりの大物文学者になると、3~4回堕胎させて奥さんの体をボロボロにしたことが武勇伝のように伝えられたりもする。生まれる前に殺してしまうのだから育児参加どころの騒ぎではない。

 なぜちょいワルなカッコイイお父さんが増えたのだろう、ということについて本気出して考えてみることにする。結婚して子どもを持つことは当たり前、そこから外れた人間に世間の風当たりが強かった時代には、妻子を持たないこと、顧みないことがすなわち世間に対する反抗と見なされ、アウトロー的なかっこよさにつながっていたのだろう。しかるに現代は就職して結婚して子どもを産んで家を建てて、という普通の人生コースが障害物競走のように難しくなっている時代。困難な道をあえて進もうとするパパさんたちは、ホワイトベースを相手に白兵戦で特攻をしかけたランバ・ラルのごとくかっこいい、と言えるのではなかろうか。

 いまや子どもが大学卒業するまで面倒を見るのは当たり前で、一人あたりの教育費は平均1000万円にものぼる。なのに若者の就労環境は悪化する一方。昔のように経済的に厳しいからといって子どもを丁稚奉公にだすわけにもいかない。苦しい思いをして育てても子どもが親の面倒を見るとは限らないし、年金がきちんと支払われる見込みは薄い。どう考えても育児費用を老後の資金に回したほうが合理的。こんなご時勢に子どもを作るなんて、ノーフューチャーにもほどがある。改めて書き出してみると、自分のパンクな選択にクラクラしてきた。セックス、出産、ロックンロール。

 しかしノーフューチャーなちょいワルパパさんたちにふさわしい育児環境が整えられているかというと、いささか怪しい。夫と出席した市の両親学級の様子を思い返してみると……

・妊婦の夫たちが「妊婦体験ベスト」という8~10kgのベストを着用して妊婦体験。乳の部分もしっかり張り出している妊婦体型に忠実なタイプなので、よそのママさんも見守る中での着用はちょっとした羞恥プレイ。妊婦の機動力の低さを理解させるにはもってこいのイベントなのだが、できれば笑いに昇華できる中高生のうちに体験させたほうが……と思うのは私だけだろうか。体育会系上がりだったら、そう大して大変でもないだろうし。うちの夫は生け贄としてその姿のまま階段を昇降させられ、感想を求められた。この状況で「ラクショーっす」とか言えたら神。
・赤ちゃん実物大の人形を使って沐浴実習&着替え実習。エプロン必須。
・妊婦へのマッサージ実習。衆人環視の中、夫たちが妻の体を一斉にまさぐるのはなんだか妙な感じ。隣のパパさんは照れ隠しなのか、「なんで俺がこんなことやんねーといけねーんだよ」と助産師に聞こえないように小声でボヤいていた。
・NHKスペシャル「お父さんへ 赤ちゃんからのメッセージ」上映。妊婦の夫が太鼓を叩いて妊婦の腹に話しかけるオープニングに会場から失笑がもれる。さらに父親の声は本当に胎児に届いているかを検証するために、無関係な男性に胃マイクを飲ませて同様に父親に話しかけさせる実験。半裸の中年男性の腹に向かい「もーしもしーパパですよ~」。ここで会場の笑いがピークに。「あの人は全然知らない男に『もーしもしーパパですよ~』と話しかけられた人として、全国に認知されてしまうんだねえ、かわいそうに」と同情しきりの私たち。近くのパパさんは、「これは厳しい…」とうめいていた。そして出産シーン。母親が生まれたての赤子に向かって「よく来てくれたね~待ってたよ~」。セリフ棒読み感のせいか、それを聞く赤子があまりにもバカっつらだったせいか、また会場が失笑。ひどい。親バカは滑稽、という印象を未来のパパ&ママに与えてビデオは終わる。

 と、全体的に若年男性にアピールしないことこの上ない内容。これでやる気を出してくれるのは、ホーキに「戦争ホーキ」と書いて平和デモに参加するような心がピュアな人ぐらいのもんじゃなかろうか。ちょいワルパパさんのニーズに応えているとは言いがたい。

 ワルといえばアウトロー、アウトローといえば幻冬舎アウトロー文庫。やはり育児ギョーカイにも幻冬舎アウトロー文庫的な要素が欲しい。いつまでもパステルカラーに甘んじていてはいけないのである。「村西とおるに聞く慶応幼稚舎に受かるためのズッコンバッコン育児」とか、「腎臓売っても私立に入れろ! 杉山会長の金満育児」とか、「公園デビューから始まる人妻ナンパ術」とか、そんなビデオがあってもいいじゃない。

 育児雑誌もそうだ。たまごとかひよことか、ほんわかママさんをあてこんだひよったネーミングばかりでいいのか。どさくさにまぎれてド変態のための育児雑誌「きたんクラブ」を創刊してみてはどうか。「トイレトレーニングはおまる派? 人間便器派?」なんて色々できそうじゃないですか。

 ベビーカーを押すのが恥ずかしいというアウトローのために、「子連れ狼」風の乳母車の開発も提案したい。オプションで鉄板&槍&刀&機関銃を仕込めるのでいつ何時刺客が現れても大丈夫。敵が巨大化してきたら重火器タイプ、水陸両用タイプにチューンナップも可能。マクラーレンをしのぐ人気ブランドになること間違いなし。

 と、ここまで書いて、スタイリッシュな男性向け子育て雑誌が創刊されていることを知った。「FQ JAPAN」2008年6月2日発売号の目次を見てみると……
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◆独占インタビュー◆
◇マット・デイモン
DADを楽しむトップアクター
「今、『ホーム』はどこかと聞かれたら、
迷わずに『家族がいるところ』とこたえるね。」
◇湘南乃風・若旦那
父となりすべてのプライオリティワンが家族に

◆RUN DAD RUN◆
“バギーランニング”って、ご存知だろうか?
子供を乗ったバギーを押しつつ、DADはランニング!
1980年代中盤、アメリカ西海岸から端を発したこのムーブメントは
欧米のDADを虜にし、今、日本の父親も夢中にさせようとしているのだ。
風薫る初夏、子供と一緒に風になれ!!

◆DAD’S STYLE◆
WEEKEND SUNSHINE
夏の週末、DADに求められるのは、
ラフ過ぎず、キマリ過ぎないコーディネイト。
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 ……そうか、普通の「カッコイイ」ってこっちか。頭の中がオッサン文化で埋め尽くされたF2層の出る幕はなさそうだ。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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