自分では登る理由がわからないから物語に仮託する

神谷 山に行きたいけど時間がないときは本で。笹本稜平さんの山岳小説も好きですね。映画化した『春を背負って』や、中国とパキスタンの国境にあるK2を書いた『還るべき場所』とか、笹本さん本人は実際に行ったことがないのに描写が細かくて、本当にその場にいるようなリアリティがすごい。人が山に登る意味や理由を突き詰めている物語が好きなのは、自分もそれがよくわからずに登っていたりするからでしょうか。『神々の山嶺』では、「俺がここにいるから登るんだ」という圧倒的な答えを出されて「おお」と。自分では言葉にできないものを言葉にしてくれて、人間を真っ正面からとらえている作品は心に響きます。『山女日記』の中でも、登場人物たちにはそれぞれが山に登る理由があって、山によって少しだけ救われて、そして物語は終わっていく。自分ではわからないことでも登場人物に仮託すると見えてくるものがある。小説ならではのおもしろさですよね。

 山の話ではあるけど、別のことにも置き換えられますよね。自分には愛するものがこれしかないんだ、というように。

神谷 新田次郎さんの『孤高の人』もすばらしいと思います。加藤文太郎というすごい登山家が書いた『単独行』を大きく脚色したのが『孤高の人』で、谷甲州さんが「山と溪谷」で連載された『単独行者 (アラインゲンガー) 新・加藤文太郎伝』では実直に加藤文太郎という人が何をしたのかという実像に迫ろうとしているのですが、それぞれに魅力があります。『孤高の人』は女性問題やその当時の世界情勢や政治が物語にあってドラマとしておもしろく読めますし、『単独行者(アラインゲンガー)』では谷さんが実際にいろんな山に登られている経験をふまえて、さらに当時の地図や天気図を取り寄せて、このときにここはどういう天気でどういう風が吹いて、加藤が何を思ったかというのを細かくねちねち書いていくのですが、読み応えがあります。『単独行』『孤高の人』『単独行者(アラインゲンガー)』を読み比べてみるとおもしろいですよ。加藤という魅力的な登山家の力があるんだろうなと思いますね。

 私は新田次郎さんの作品しか読んでいませんけど、感想は「ああ、後輩と行かなければよかったのに……」と。『神々の山嶺』と同じで「こいつと行かなきゃこんな目に遭わないで済んだのに」というパターン(笑)。

神谷 それこそが大きな脚色なんですけどね。

 実際は、文太郎さんが同行者を頼っていた面もあったんですよね。

神谷 実は直前に2人で登ったときに実力を認め合ったからこそ、あの厳しい槍ヶ岳北鎌尾根に2人で挑んだんです。『孤高の人』のドラマの作り方は、それはそれで正しいやり方だったと思いますけど。

漫画の『孤高の人』は、さらに全然脚色が違っていて精神世界にいきますよね(笑)。

神谷 漫画を読んだとき、これは『孤高の人』ではないと思いました。でも実は原作のエッセンスがすごく詰められて、そのまま出ている。北アルプス全山を冬に縦走するシーンはまったく違うシチュエーションなんですけど、脚色したらこうなるんだというのを読み比べてみると、ますますおもしろいです。最後には精神世界に行ってしまいますが、誰も見たことのない世界をああいう風に絵で表現して、空を飛んでみたり、白馬に乗ってみたり、文字が歪んできたり……漫画表現としての極地を極めてしまったのではないでしょうか。

 その漫画家の方(坂本眞一)、今はフランスの死刑執行人の話を描かれていて、さらに精神世界に入っています(笑)。ところで、『岳』(石塚真一作)は読んでいますか? 私は結末を知ったときに、楽しいところでやめました。

神谷 ヒマラヤには行かないほうがよかったかなと個人的には思います。三歩がナオタと一緒に……読んでないとわからないですよね(笑)。

 三歩がお父さんを助けられなかった男の子ですね。

神谷 中学生になった男の子と一緒に初めて山に行ったところで、自分の中では最終回だと思っています。

 私は最後の三巻くらいは読んでないです(笑)。
(→7月14日更新予定の後編に続きます)

 

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

湊かなえ『山女日記』(Amazon)

●あらすじ
こんなはずでなかった結婚。突然見失った目標。……真面目に一生懸命生きてきた。なのに、どうして? 誰にも言えない苦い思いを抱え、女たちは一歩一歩、頂きを目指す。そして、山頂からの景色が、小さな答えをくれる。心温まる連作長篇。


『山と溪谷』8月号にて
湊かなえさんのインタビューを掲載しています。