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2014.07.05

満里子はなぜ意思をもたないのか?

北上 次郎

満里子はなぜ意思をもたないのか?

『女の子は、明日も。』飛鳥井千砂
小社刊/1500円(税別)

 冒頭の満里子の章を読み始めて、おやっと思う。このヒロインには自分の意思がないように最初は見受けられるからだ。この連作集は満里子と夫の食事シーンから始まるが、夫は鶏肉入りのポトフは完食してくれたけれどどうしてバゲットを一切れ半も残したのだろうと満里子は考えるし、食後の紅茶を飲むと何か話題はなかったかと頭を働かす。このヒロインは夫の感情を窺うのに懸命なのだ。いったいこれは何なのだ。回想として語られる二人の出会いのくだりを含めれば、その思いは増大する。たとえば満里子は、短大を出たものの職がなく、派遣会社に登録して、コールセンターやデータ打ち込みの仕事を紹介されるまま渡り歩く。ある日病院の受付の仕事を紹介され、眼科のみのそのクリニックで働き出すと、十五歳年上の院長(それがいまの夫だ)から夕食に誘われる。で、何回か食事をするうちにホテルに行くようになり、それが院長の奥さんにばれ、院長夫妻は離婚。奥さんは子供を連れて家を出ていき、院長は病院を売却して私立の総合病院の勤務医となる。カフェで働くようになった満里子は院長の新しいマンションに一日置きで泊まりに行くようになるというのが過去のいきさつだが、その間、満里子が何をどう考えていたのか、その心中はまったく描かれない。そうして一年がたったころ、「結婚しないか」と院長(いや、そのときにはもう院長ではないのだが)に言われたときに初めて彼女の心中が描かれる。

「結婚という言葉に、満里子は少なからず動揺した。前の奥さんと先生が結婚していた頃から、別れて自分と結婚してほしいなんて思ったことはなかったし、先生が一人になってからも、このままの生活が続けばそれでいいと思っていた」

 こういうふうに考える女性が現代にいても不思議ではないが、飛鳥井千砂の小説に登場するヒロインとは思えない。では何なのか。その話の前にこの連作集について少しだけ紹介しておくと、高校の同級生四人が十四年ぶりに再会して月に一度会うようになる交友を描く連作集である。なぜ彼女たちが会うようになったかというと、女性誌の「今を生きるあの女性に聞く」というインタビュー記事に翻訳家として登場していた理央を、満里子が見たのがきっかけだ。理央の連絡先を教えてもらおうと満里子が編集部に電話すると、その電話に出たのが編集者の悠希で、それならいまはマッサージ師となって働いている仁美も呼んで四人で会おうということになる。月に一度の女子会の始まりである。視点人物は、専業主婦の満里子→同級生で編集者の悠希→マッサージ師の仁美→翻訳家の理央、と交代していく。視点人物になればその生活が描かれるのは当然で、彼女たちのそれぞれの人生が、こうして描かれていくことになる。

 彼女たちには彼女たちなりの事情があり、個的なドラマがある。飛鳥井千砂はその生活と意見を克明に描き出していくから目が離せない。たっぷりと読ませることは書いておく。ホントにうまい。職業はさまざまだが、四人ともに三十二歳、夫あり子供なし。不妊治療を受けている女性もいれば、子供は嫌いだと自覚する女性もいる。自分の好きなことを仕事にしてそれ以上何を望むのかと嫉妬される女性もいる。それをすべて紹介したいところだが、読書の興を削いでしまうだろうから、ここはぐっと我慢。一つだけ紹介すれば編集者の悠希の章に、彼女が毎日ノートに「やること」を書き込む挿話が出てくる。で、終わるとそれをがしがしと黒く塗りつぶすのだ。悠希が中学生のころからやっている習慣である。周囲から優等生と思われている悠希だが、それもそういうふうに自己を律しているからだという挿話で、こういう細部のうまさが登場人物を彫り深いものにしているのは見逃せない。それでは、この小説のモチーフとは何か。理央の連絡先を知りたくて編集部に電話するくだりに、「満里子の人生において、こんなにも大胆で積極的な行動を取ったのは、初めてだった」とあることに留意。院長に誘われてホテルに行ったのも、結婚を望まなかったのも、この道筋で理解される。このヒロインはこれまでの人生でただの一度も、大胆で積極的な行動を取ったことがないのだ。なぜか。

 それは本書を読まれたい。高校時代から美人で男の誘いを断らずいつも夜遊びしていて、同級生たちに無関心のように見えた満里子にも、彼女の事情と個的ドラマがある。優等生の悠希が陰で努力していたように、表面からではわからない真実を人は持っている。女であるとは何か、というのが本書のモチーフだが、人の真実はなかなか伝わらない、というのが裏のモチーフだ。

 小説の評価を離れて、このヒロインの夫たちにも言いたいことがあったのだが、残念ながらスペースが尽きた。

 

『ポンツーン』2014年7月号より

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