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2004.06.01

中学生

上原 隆

中学生

 1メートルほどの高さのビンの中に太いひものようにコブラが浮かんでいる。となりのビンにはハブ、そのとなりはマムシ。黒田救命堂「へびや」。吉田勇也と山下光喜はウィンドウをのぞいている。
「前は人間の赤ん坊がかざってあったって」山下がいう。
「マジかよ」吉田はウィンドウに手のひらをつけている。
 ここは横浜、伊勢佐木町商店街の西のはずれ。5月のある日曜日。中学2年生の2人はこれから横浜スタジアムに行く。横浜市中学校野球大会の決勝が行われるからだ。2人は野球部員で、彼らの学校はすでに敗退したが、先輩から見学するようにといわれたのだ。2年生なので2人ともまだ補欠だ。決勝開始は午後の2時、いまは午前11時。球場まで歩いて30分もかからない。2人はしばらく商店街をふらふらするつもりなのだ。

 実は私も、中学生の頃、この商店街をふらふらと歩いていた。歩いて何かを買うわけではなかったし、友だちといっしょにいて特別楽しいというわけでもなかった。ただ、ふらふらと歩いた。ハッキリとした目標のない中途半端な年頃だったと思う。
 なぜか最近その頃のことが懐かしくなり、中学生に話をきいてみようと思い立った、できれば、あの伊勢佐木町商店街でと。

 吉田は白のTシャツにグレーのズボン、山下はブルージーンの上にグレーのTシャツを着て上からブルーのシャツをはおっている。2人ともバッグパックを背負っていて、中には球場で食べる弁当が入っている。坊主頭で、顔は茶色に日に焼けていて、頬骨のあたりが赤い。
 2人は若者向けの衣料品店に近づいていく。店頭にバスケットボールのユニホームが吊ってある。
「着てみろよ、ラッパーやれよ」吉田がユニホームに触っていう。
「♪孤独な仲間とともにここに歩みだす大海のミチシルベ」山下が両手をあげてラッパーの仕種をする。
 吉田は笑い出す。
「♪ゴー・ウェイ……ゴー・ウェイ……」山下が調子にのる。
「わかったわかった、もうやめろ、みんなが見るじゃねーか」吉田がいう。

 2人は店から離れて歩きだす。
 彼らにとって今一番大切なことは何なのだろう。
「部活」と山下。
「部活と勉強」と吉田。
 毎日午後7時近くまで野球の練習をしているのだという。将来はプロ野球の選手になりたいのだろうか。
「なれるわけないじゃん」吉田が笑う。
「いま体をガンガン鍛えておかないと、将来使いものにならないんだ」山下は街灯につるされたフラッグをつかもうとジャンプする。
 誰かにそういわれたのだろうか。
「お父さん」山下は誇らしげに答える。

 2人は大きな交差点までやってくる。角にゲームセンターやレストランの入ったビルがある。女の子たちが立ち話をしている。
 2人に彼女はいないのだろうか。
「1カ月前に別れた」吉田が一瞬、大人のような顔つきになる。
 いつからつき合っていたのだろう。
「去年の10月から、な」吉田は山下に同意を求める。
 山下はうなずく。
 まだ別れたばかりなのでつらいのではないだろうか。
「ああ」吉田が答える。
 彼女はかわいかったのだろうか。
「うん」吉田は少し照れて笑う。
 信号が青になり、2人は歩き始める。
 彼女の名前は?
「高梨理絵」吉田が小さな声でいう。
 私がなおも吉田の恋についてきこうとすると、山下が大きな声でさえぎった。
「そろそろ、受験勉強もしなきゃいけないしさ、別れて良かったんだよ」

「あの刀がほしいんだ」山下がいう。2人は外国人向けの土産物店の前に立っている。ウィンドウの中には人形や扇子や掛け軸などが飾ってある。山下が見ている日本刀はつかを下にして刃を0センチほど見せて立てかけてある。値段は7350円。
 刀を何に使うのだろう。
「王監督は日本刀でバッティング練習したんだ」山下はいう。
 どうしてそんな古いことを知っているのだろう。
「お父さんに教えてもらった」山下が答える。
 7000円は中学生には大金だろう。だいたい小遣いはいくらくらいもらっているのだろう。
「2000円」と吉田。
「ゼロ」と山下。
「お前んちゼロなのかよ」吉田がいう。
「いる時にいえばくれる」
「えー、いちいちシャーペン買うから500円ちょうだいっていってるのかよ、ヤだなー」
「うちはきびしいんだ」山下は誇らしげにいう。

 向こうから制服を着た中学生たちがやって来る。太いズボンを腰までさげている。私の横で吉田と山下の体が緊張するのがわかる。数人の中学生たちは2人をジロッと睨んで通り過ぎていく。
 知り合いなのだろうか。
「知らない、港中の生徒だよ」吉田がボソッという。
「ヤクザとつながってるんだって。あいつらとつき合ったらもう、将来はないな」山下が小さな声でいう。

 不二家のとなりに曲線になった階段があり、山下が吉田の肩を抱いて上がっていく。階段を上りきると、メタリックな装飾で宇宙船の中のようになっている。ネットカフェだ。カウンターから銀色のミニスカートをはいた女性が出てくる。
「いらっしゃいませ」女性がニコッと笑う。
 山下は彼女を見ると、ダーッと走って階段を降りていく。吉田が後を追う。店の外で待っていた山下が吉田にいう。
「な、見た? かわいいだろう」

「さー、いかがでしょうか、本日は入り口において……」スピーカーから呼び込みの声が響く。ゲームセンターの前で赤いジャケットを着た男がチケットを配っている。2人はそれをもらいに行く。チケットの銀箔で覆われているところを削るとメダルの数が出てきて、無料でメダルをもらえるのだ。
「おっ、20枚」山下が叫ぶ。
「10枚」と吉田。
 2人はチケットを削るだけで、ゲームセンターには入らない。学校で禁止されているのだという。
 彼らにとっては学校の規則がすべてだ。
 自己紹介がわりに私の本をあげるといったら、人から物をもらうのは禁止だというし、店に入ってジュースでも飲もうかといったら、親のいないところでの外食は禁止だという。
「そんなに禁止禁止じゃ、街を歩いていても楽しくないね」私は言った。
「先生に見つかったら、部が停止になっちゃう。みんなに迷惑がかかるでしょう」吉田が私を説得するようにいう。

「どれでも1000円、売り尽くしセール」という看板の店に入る。
 山下はスニーカーのコーナーに行き、手にとって見ている。
 吉田は店頭のワゴンの前で立ち止まっている。ワゴンの中には指輪がならんでいる。彼の表情から何を考えているのかがわかる。
 なぜ高梨理絵と別れたのだろう。
「つまんないっていわれた」吉田がハッキリとした口調で答える。
 どういうこと?
「こういうところに、いっしょに遊びにきたりとかして欲しかったんだ」
 いっしょに遊べばよかったのに。
「部活があるし、勉強もあるし、オレのマジメなところがイヤになったんじゃない」
 彼女のどこが良かった?
「やさしかった。部活が終わるまで待っててくれたし……」吉田は少し言いよどむ。「オレじゃダメだったんだ。高梨のお父さんは二人目で、ほんとのお父さんじゃないし、妹と弟はお父さんのホントの子どもで、自分だけ別で、高梨は家に帰りたくなかったんだ。だけど、オレはそんなにずーっといっしょにいられないから……、わかるでしょう?」吉田はキッとした目をして私を見つめる。
「うん。わかる」私は目をそらしちゃいけないと思っている。

 2人はこの後、化粧品店の店頭でミッキーマウスのシャンプーを手にとったり、ジッポのライター専門店で、どのライターがカッコいいかを論じたり、コンビニエンスストアに入ってマンガを読んだりして、いまは有隣堂という書店の2階にいる。12時30分。
 2人は風景の写真集を手にとって眺めていたが、すぐに飽きて、2階の手すりにもたれて、1階の売り場を眺める。1階の中央が吹きぬけになっていて、2階から1階のフロアーが見えるのだ。
「マンガにビニールかかってるんだもん、つまんねーよな」山下がいう。
「ああ」吉田が答える。
 2人は10分間くらい、無言で1階を行きかう客たちを眺めている。
「もう行こうか」山下がいう。
「そうだな」吉田が答える。

 街はすっかり変わっていた。私が初めて服を買った「イシカワ」はゲームセンターになっていたし、初めてレコードを買った「ヨコチク」は食堂になり、初めてのデートで映画を観た「ピカデリー」はマンションになっていた。
 しかし、そこを歩く中学生たちは変わっていなかった。いまもふらふらと歩いているし、勉強の重圧があるし、学校の規則に縛られているし、女の子の要望には答えられないし、なにもかもが中途半端だ。中学生とは昔もいまもそういう年頃なのだろう。

 有隣堂を出ると、2人は横浜スタジアムへ行くという。
「どうもありがとう」私は2人に礼をいう。
「失礼します」2人は小さくおじぎをすると、背を向ける。
 私はしばらくそこに立って、2人が人混みに入っていくのを見送っている。
 何年か後、いや何十年か後に、彼らもここに立って、この商店街を歩いたことを思い出したりするのだろうか。
 

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