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2003.11.01

日本で最初の女性映画監督

上原 隆

日本で最初の女性映画監督

 さきほどからずっと、小津安二郎の映画の中にいるような感じがしている。
 相手の女性の話し方が小津映画に出てくる女性たちの言葉づかいに似ているからだ。小津映画のセリフは、シナリオライターの野田高悟と小津安二郎が創作したものだが、〈実際に、ああいう言葉をしゃべる人がいるんだ〉と私は妙に感心して、聴き入っている。

 その女性とは、中村麟子さん、87歳。中村さんは、女性として日本で初めて映画監督になった人だ。戦前に大学を卒業し、映画の仕事につき、75歳まで働いてきた。

―― 最初に入った会社は日映ですね?
中村 ええ、日映にね、教育映画部ってあったんですよ。そこに入ってね。演出部にいたんですけど、女の人いないでしょ、お茶くみとかやらされるの、もう、しゃくにさわって。自分からしてあげるのはいいけど、「お茶くれっ」なんていわれると、知らん顔して逃げだすの。それからもうね、ぜったいにやらなかった。人がなるべくいない時に、自分は飲むの。ふふふ。

―― やはり、当時、女性は差別されてましたか?
中村 そうね、男の人は女を一段下にみてたわね。会社の男の人たちが従軍で戦地に行ってる間、私は戦地から送ってくるフィルムを編集したり、その作品のシナリオを書いたりしていたのね。男の人たちが戦地から帰ってからも、シナリオ書いたり、助監督したりしてたの。そしたらね、「おい、男の職場を荒らしにきたのかっ」なんていう人がいるのよ。

―― 監督になってからも、女ということで不利だったことはありますか?
中村 時々、スタッフの中で女の監督なんか無視してやろうとする人いましたよ。あるカメラマンがね、すごかったのよ。私が画のつながりを考えて、女の人を左から画面に登場させることにしたのに、カメラマンが勝手に右からインさせるの。私、プロデューサーにカメラマンを替えてほしいっていったの。だって、ちっともいったとおりしないんだもの。それは外国に日本の家庭生活を紹介する映画でしたけどね、男の人がだんだんと家事の手伝いもするようになって、保育園に子どもをひきとりに来るシーン、夕方の象徴として、夕陽が沈むところを撮ってもらいたかったの、そしたらね、ビルに沈む夕陽を撮ったんですよ。保育園の回りはそういう所じゃないのよ。それからその人は二度と使わなくしたの。


 中村さんは記録映画の監督だ。記録映画の中でも教育映画といわれる分野で、数々の賞を受賞している。代表作として、『せんたく』『小さな芽ばえ』『文楽』『よみがえる金色堂』などがある。東京国立近代美術館フィルムセンターで記録映画の回顧上映が行われるたびに、彼女の作品はとりあげられている。

―― 『せんたく』で賞をもらった時にご両親は喜びましたか?
中村 新聞に載ったことがあるの。女流の監督が出たということでね。そうするとね、駅で電車を待ってたりすると、人が寄ってきてね、「あのー、中村さんですか?」ってきかれるの。それでね、「私、あなたを知りません」っていって怒られたことあるの。その時は男の方だったのね、「ボクを知らないっていわれてもね、無理ないですけど、ボクは知ってるんですよ」っていわれちゃった。それで母にね、「時々きかれて、怒られることあるのよ」っていったの、そしたら母がね「悪いことしてるんじゃないから、がまんなさいよ」って、それだけ。


 記録映画には、自主制作と役所や企業からお金をもらってつくる受注制作とがある。中村さんは両方とも経験している。

中村 文部省の役人でも変な人は変。打合せの途中で意見が合わなくなったの。こうしろっていわれて、それはおかしいっていって。しまいにその方怒っちゃってね。ボクはもう知らない、勝手にしなさいとかいって、帰ってしまったの。それから文部省に出てこないの。男の人でそんな人いるのよ。担当の人が気をつかってね、日曜日に電話をくだすって「歩行者天国に遊びに行かないか」って、銀座で歩行者天国が始まった頃なのよ、私行きたくないんだけど、気にしてるだろうと思ったから、いちおう、天国に行ってね。お茶飲んだりなんかして、「気をはらしてください、気にすることないですから」とかなぐさめてくだすった。

―― 映画制作の現場では、中村さんはぜったい負けてないですね。
中村 ぜったいといえるかどうか、心の奥では負けてないつもりですけど、表はね、大和撫子みたいな顔してる。黙ってんの。ふふふ。

―― 正面切って議論するとかはしないんですね。
中村 私、あらゆるところでね、自分がメリハリはっきりしないから、迷惑かけてるなと思う時ありますよ。でもね、芯はハッキリしてるのよ。それを意思表示としては、あんまりハッキリ出していかないの。へんな性格だと自分で思うけれど、しょうがないわね。

―― その方が仕事をやっていく上でやりやすかったんですか?
中村 まあ、自分のやりたい方向にもっていける。でも、あとで気まずくなるのは確かよね。

「意思はハッキリしているが、口に出しては主張しない」これが、女性の力が弱い社会で、自分の意思を通すために無意識に身につけた中村さんの方法だったのかもしれない。


 私たちは新橋の料理屋の一室で話をしている。料理が運ばれてきた時に、中村さんの手元に箸がないことに気がついた。予約しておいた店なのに、箸を忘れるなんてと私は思った。お互いのグラスにビールを注ぐ。彼女はそれを一口飲むと、「ああ、おいしい」といった。

―― 長い間映画監督をなさって、どんな感想をお持ちですか?
中村 つくってる時は夢中でやってたの。どなたもそうだと思うんですけど、ひとつ作品が上がるとね、あそこが気に入らない、ここが気になるってあるでしょう。音楽のつけ方が良くなかったとかね、ありますよね。『真空の世界』で、これは女の人では最初の文部大臣賞だったんですよね。そしたら、ある人が私にね「あんなの文部大臣賞の価値ないよ」っていったのよ。だから、私はその時に「わかってるわよ、自分でわかってるんだからいわないでよ」っていったことがある。でも、この居心地の悪さはこれからの作品でカバーしていこうと決心したの。そのあと作品が仕上がるたびに気に入らないところが出てきて、今度こそ、今度こそと、気づいたら、100本以上の作品を作ってました。

―― フィルムセンターでご自分の作品が上映された時に、ご覧になりますか?
中村 ええ、やっぱり心配ですもの。みてね、もっとつっこんでいくべきだったとか、ああいうところはこうすべきだったというのが出てくるんですよ。ま、平気な顔してますけど、私からもう離れたんだからと思って。


 中村さんは紫のセーターに同色のカーディガンをはおり、胸元にネックレスをつけ、頭にはグレーのベレー帽をかぶっている。お洒落だ。
 新聞に掲載された若い頃の写真を見ると、ワンピースを着た大きな目の中村さんが顕微鏡撮影のカメラを覗いている。知的で美しく、溌剌としている。

―― 中村さんは仕事中心で、ずーっとおひとりで暮らしてきたんですか?
中村 そのへんはノーコメント。


 しばらく会話がとぎれる。どうしたら話をしてくれるだろうと私は考えている。中村さんは、何をどこまで話したらいいだろうかと迷っている。

中村 私ね、ボーイフレンドと呼んでる人がいたんですけどね。共同生活がうまくいくかどうか、いかなければいつでも離れようと思って、それで生活に必要な道具類は全部二通りそろえたの。物置に私の分が入ってる。どうせ別れるんだったら私が逃げだせばいいんだからと思って。それしないですみましたけどね。

―― 籍は入れなかったんですか?
中村 結婚するつもりなかった。だって、そうするのは子どもの問題だけですよ。

―― 子どもほしいと思わなかったんですか?
中村 思わなかった。本当はね、児童心理学やってたんだから、そうすべきかもしれないけど、その当時は女性の社会じゃないから、仕事に入ったら、もう、必死になってやってると、子どもなんか無理だと思いました。
 菊池寛から奨学金もらったことがあるの。小学校から女学校に行く頃。二年くらいもらったかしら。菊池寛に会ったのよ。菊池寛がね、結婚しなくてもいいから、そういう生活はしておくべきだといったのよ。そして、男と女の気持ちとかそういうものを自分で納得しとかないと、何をするにしてもね。ギスギスした女にだけはならないように、というような意味のことをいわれた。

―― 菊池寛その人に?
中村 話したことあるの。その時にね。覚えてるの。

―― いつ頃ですか?
中村 小学生の時、

―― 小学生の時!


 よほど私が驚いた顔をしたのだろうか、それをみた中村さんが笑い出した。つづいて私も笑う。

―― 小学生の女の子にそんなこというかな?
中村 記憶違いかしら? おかしいと思うでしょう。でも、その時はおかしいと思わなかったのよ。親たちにもいってないのよ。そんなこといったら怒られちゃう。

 中村さんはいま、ひとりで暮らしている。生活費は年金と貯金でまかなっている。水墨画を習い、ちぎり絵をつくり、大学の社会人講座に通っている。


―― おひとりで寂しいなと思うことはありませんか?
中村 あまり寂しいとは思わないわね。美術展に行くし、一昨日は国立能楽堂に能の鑑賞に出かけたばかりだし、いろんな趣味っていうのかしら、もってるんですよ。だから、寂しがる前にそういうとこに行ってるから。

―― 最近困ることは何ですか?
中村 物忘れが激しいことね。だって、どこに置いたか忘れてね、半日かかって、探し出すんですよ。それがね、くやしくてね、出てこないと1日中探してるの。「バカだね、いよいよボケてきたか」って、自分に声に出していうんですよ。


 話が終わり、私たちは席を立った。その時、中村さんがビックリしたような丸い目をしてこういった。
「あら、不思議、座蒲団の下からお箸が出てきたわ」

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