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2002.12.01

消えた探偵

上原 隆

消えた探偵

 「探偵という仕事に興味があればお話しします」というメールがきた。私は「ぜひ」と返信し、話をきかせてもらうことにした。
 水曜日の午後4時、喫茶店で待ち合わせをした。
 店に入ると、美しい女性が立ち上がりおじぎをする。
 私はてっきりメールの主は男性だと思っていたので、ちょっととまどう。
 栗色の長い髪をした探偵は白のブラウスの上にグレーのビジネススーツを着ている。化粧が濃く、目の上がうっすらと緑色になっている。そばに行くと、いい香りがした。
 探偵の名は高村秋穂(あきお)、26歳。メールにはAKIOとあったので男性だと思いこんだのだ。
 私が椅子に坐ろうとすると、
「すみません」と探偵がいう。「私、人みしりで、アルコールがないとうまくしゃべれないんです。もし、よかったらビールでも飲みませんか」
 私は少し驚き、3秒ほど考えてから答えた。
「いいですね」

 1杯目のビールを飲み干すまでに、私は探偵の来歴をきいた。短大を卒業し、中学校の講師をし、結婚し、離婚し、本屋の店員となり、再婚し、インターネットで探偵の仕事を探し、面接し、採用され、探偵になって半年目だという。
 どんな面接だったのだろう?
「会社は別れさせ屋として使おうと考えたみたいです」と探偵はいう。別れさせ屋の他に、調査員や恋愛工作員などがあるらしい。「スリーサイズとか、男性経験とか、突っ込んだ質問をされました」
「正直に答えたんですか?」私がきく。
 探偵はニコッと笑うと、こういった。
「ええ、別にかくすようなこともないし、今日もなんでも話しますよ」

 2杯目のビールがジョッキグラスに半分になっている。探偵はいままでの仕事のことを話している。
 依頼人は30代の男性。彼は山田夏美(32歳)とつき合っている。山田夏美は動物病院に勤めていて、そこに実習に来た獣医大学の学生、井口ひとし(24歳)とつき合いだしている。山田夏美と井口ひとしを別れさせてくれという依頼だ。
 探偵会社の社長と依頼人が相談し、こんな方法を考えた。
 探偵が井口ひとしの婚約者のふりをして、山田夏美の実家に電話をかけ、母親に井口ひとしと手を切るように娘にいってくださいと懇願するのだ。
「2度目に電話をした時に山田夏美の母親がこういうんです」探偵は母親の声色をまねる。「『娘にきいたんですけどね、井口さんという人とはつき合っていないといってるんですけどねぇ』って、それで私が『はー、そうですか』じゃ、仕事にならないと思って、『興信所を使って2人が会っているところをつきとめたんです。別れるようにもう一度娘さんにいってください。お願いします』って泣きつきました」
「井口ひとしという人には本当に婚約者がいるんですか?」私がきく。
「いないと思いますよ」探偵が答える。
「じゃ、山田夏美が井口ひとしにきけば、嘘の電話だってばれるんじゃないでしょうか」
「人間ってそういうもんじゃないんですよね」探偵は上着を脱ぎ、椅子の背にかけると、上半身をテーブルの上にのりだし、私の方に顔を近づける。「井口ひとしの婚約者という女から電話があったというだけで、山田夏美の心には猜疑心が芽ばえはじめるんですよ、フフフフ」

 別の仕事の話。新宿にある不動産会社に勤める男、木村浩一(28歳)をやめさせてほしいという仕事が来た。
 探偵が客のふりをして木村浩一に接近し、身体を触らせて、そのことをインターネット上で告発するという作戦を社長がたてた。不動産会社は大手なので、会社イメージを大切にしていることは木村浩一もわかっている。だから自分がクビになっても仕方ないだろうと思わせるのがねらいだ。
 探偵は木村浩一にマンションを案内してもらった。
「社長いわく、狭いところに入れば絶対に手を出してくるから風呂場かトイレに誘いこめっていうんです。それで、風呂場でずっとガスの使い方とか換気の仕方とかをきいていたんです」
「手を出してきましたか?」
「ぜんぜん、失敗です。ショックでしたね」
「もし、手を出してきたらどうしたんですか?」
「社長は『途中まで触らせて、走って逃げてこい』っていってましたけどね、もしほんとにせまってこられたら、どうしたでしょう……、フフフフ」

 4杯目のビールを注文した頃、探偵はやたらに笑うようになり、少しろれつが回らなくなってきていた。
 探偵の仕事は交通費別で時給二千円だという。危険が伴うし、毎日仕事があるわけではない。
「あまり、割のいい仕事とはいえないんじゃないですか?」私がきく。
「この仕事、私、ギャラなしでもやりたいくらい好きなんです」探偵は目を輝かす。「人のイヤな部分っていうか、男と女のドロドロしたところとか見るのが好きなんです。悪趣味ですけどね、フフフフ」
「そんなドロドロしたところばかり見てイヤーな気持ちになりませんか?」
「ぜんぜん。みんな似てるなーって、不倫にしろ、浮気にしろ、美人もいますし、ぶさいくな人もいます。でも、みんな楽しんでいますよ」
「人は苦しいから、探偵事務所に頼むんじゃないんですか?」
「その時は苦しいのかもしれませんが、それもまた楽しいものなんですよ。客観的に見ていてそう思いますね。男と女が好きになったり、嫌いになったり、嫉妬したり、憎んだり……、正直なところ、そんな人たちのことを私はうらやましいと思っているのかもしれません。上原さんはどうですか?」そういうと探偵は私の目をジッと見た。

 午後十時。入った時には、店に客はひとりもいなかったのに、いまは満員になっている。
 私のききたいことはほとんどきいた。
「遅くまで、どうもありがとうございました」私はそういうと、テーブルの上に置いた取材用のテープレコーダーのスイッチを切る。その手の上に探偵が自分の手を重ねた。汗で少ししめっている。探偵がトロッとした目で私を見つめている。
「みんな楽しんでると思いません?」探偵が首をかしげる。
 私の心臓が急にドキドキしはじめた。と同時に先ほどから膀胱がビールでいっぱいになっていることに気づいた。
「すみません、ちょっとトイレに」
 私は薄笑いを浮かべて歩いていたかもしれない。トイレに入り用を足してから、顔を洗った。顔を上げると、鏡の中にニヤついた52歳の男がいた。
〈こんなおじさんを26歳の女性が誘うわけがない。簡単に取材に応じてくれたし
、どんな質問にも答えてくれた。それに話も面白すぎるくらいだった。ひょっとしてこれは何かの罠かもしれない〉そう思ったとたん、スッと酔いが醒めた。
 私は席に戻り、お礼をいい、後日メールをしますといって別れた。

 それから二ヶ月後、少し下心もあって、もう一度取材させてもらおうと思った。メールをした。宛先ナシで戻ってきた。教えてもらった携帯に電話をするとまったく別人が出た。探偵会社に電話してもそんな名前の人はいないという。手がかりナシ。探偵は消えた。
 あれはやはり罠だったのだろうか?

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