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2004.12.01

オーディション

上原 隆

オーディション

 男が入ってきた時、近所のおじさんがのぞきに来たのかなと思った。白のカッターシャツにグレーのズボン、それにサンダルをつっかけてという格好だったからだ。まわりはTシャツやタンクトップや柄物のシャツといった服装の若者ばかりだ。男は彼らより20歳は年上のように見える。ここはお笑い芸人のオーディションの控え室。日曜日の午前11時。

 本番は午後2時から始まる。レギュラーの出演者は決まっていて、午前中のオーディションでのこった2組だけが午後の本番に出られる。レギュラーといってもテレビに出ているような有名人はいない。テレビタレントの予備軍のようなものだ。ここから「くりぃむしちゅー」や「金谷ヒデユキ」や「アンタッチャブル」がデビューしたのだと興行主はいう。つまり、いま控え室にいるのは予備軍の予備軍というわけだ。
 新宿のはずれにあるこの劇場は、小学校の教室の半分程度の広さしかない。舞台があり、その前のコンクリートの床にパイプ椅子が20脚並んでいる。

 司会の男女が舞台に立ち、なんとなく会話をはじめる。しばらくして、
「では、本日の10組のオーディション参加者を紹介してください」と男がいう。
「はい。1、せりざわ横山 2、東京アンダーワールド 3、ジェロニモ……」と女が参加者の名前を読み上げる。
「それでは、10組続けてどうぞー」
 司会者の2人が舞台のそでに入ると暗転する。
 客席は興行主と30代のコント作者の男と私だけだ。コント作者が採点し、後で各人を批評するのだという。

 舞台が明るくなり、スーツ姿の男が2人現れる。
「はいどうもー、せりざわ横山でーす」
「よろしくお願いしまーす」
「突然なんだけど、俺もう結婚しようかなと思ってね」
「マジで」
「うん」
「で、どのくらいつき合ってるの?」
「ぜんぜん」
「ぜんぜんってつき合ってないのかよ」
 ……
 普通の漫才コンビだ。笑い声をあげる者はいない。終わると興行主とコント作者が拍手するので私も手をたたいた。
 二組目も漫才コンビ。
三組目はコントの2人組。
洋服の仕立て直しの店にペットのワニを持ち込んでシャツにつけてラコステのシャツにして欲しいという客と対応に困る店員のドタバタ。

 5番目にあの男が出てきた。
 男は出てくると、カセットデッキを舞台の上手に置く。黄色のタンクトップにブルーのミニスカート、腰にピンクのウエストバッグをつけ、スカートの下からピンクのパンツが見える。そこから毛むくじゃらの足が伸び、足の先にはピンクのトゥーシューズ。髪を幼児のようにゴムで上にまとめてちょんまげにし、丸い黒縁のメガネをかけ、鼻の下にヒゲをたくわえ、首にビニールでできた蝶ネクタイをしている。出てきた時からずっと目を白黒させて愛嬌を振りまいている。
 カセットデッキから音楽が流れる。電気グルーブのようなテクノミュージックがドンドコドンドコとリズムを刻む。男は下手なエアロビクスのようなしぐさで踊る。手をあげるたびに黒々とわき毛がのぞく。ドスンドスンと動く足の上でミニスカートがゆれている。
 見てはいけないものを見せつけられているような感じだ。お笑いタレントの「江頭2:50」をはじめて見た時のようにエグい。

 ちょっと衝撃的だった。男の後の出演者がどれもスカスカに感じられた。審査が終わるのを待って、彼に話しかけた。オーディションに落ちた男はムッとした表情でサッサッと歩いていく。新宿駅までの間、私は彼を追いかけるようにして話をきいた。
 男の名前は高橋忍。42歳。芸名はルイルイ。

音楽がプツンと切れる。
「高いところってぇ、大丈夫?」街で収録したような騒音の中から女の子の声がきこえる。「みよこさぁ、高いところ大好きなんだ、んと、ジェットコースターとかもー、あと温泉とかぁ」
 男は相撲の高見盛のように両方の拳を下に突きながら叫ぶ。
「あんたに大橋巨泉の何がわかるってんだーい!」意外に甲高い声だ。叫んでいるので何をいっているのかよくわからないのだが、私にはこうきこえた。
 さらに男はウエストバッグから鞭を取りだすと床を叩く。
バシッ!
「ありがとう」さっきの女の子の声。
 バシッ!
「ありがとう」
 バシッ!
「ありがとう」

 若い頃、高橋は芝居をやっていた。その劇団が解散したので故郷の福島に帰った。サラリーマンになり、結婚し、子どもを育てた。ところが、どうしても舞台が忘れられず、40歳になった時に、仕事を辞め、離婚し、東京に出てきたのだという。
「つらいのは」高橋はいう。「時々、娘の夢を見ることです」

 再び、テクノミュージックがかかる。また踊る。不気味な踊り。音楽がプツンと切れる。
「みよこー、こわいのも大好きなんだ、こわいのぉ? ホラーとかぁ、ユーレイとかぁ」
 男は高見盛になる。
「あんたに北原ミレイの何がわかるってんだーい!」
男はウエストバッグから裸のリカちゃん人形を取り出す。頭から口にくわえ、ぐんぐん口の中に入れていく。目を大きく見開いて、口に押し込んでいく。口から人形の足先が出ている。男はなおも押し込む。男が後ろを向く。舞台に人形を吐き出し、ゴホンゴホンと咳き込んでいる。

♪空にキラキラ お星さま
 みんなすやすや ねむるころ
 おもちゃは箱を とびだして
 踊るおもちゃの チャチャチャ

 カセットデッキから音楽が流れだす。今度はひと昔前の子どもの唄だ。男は後ろを向いたままだ。口から唾液がたれているのがわかる。
 男はパッと舞台正面を向き、愛想笑いをする。涙目になっている。幼児向けのテレビ番組のお姉さんのような踊りをする。
 なんだか、痛々しい。

「どうやって暮らしてるんですか」私がきく。
「今はホームレスですよ」高橋がいう。
「今日の舞台は衝撃的でした」
 高橋はニコッと笑う。
「どんな舞台でも、舞台に立ってるだけでうれしいんです」

♪おもちゃの チャチャチャ
 おもちゃ チャチャチャ
 チャチャチャ おもちゃの チャチャチャ
(「おもちゃのチャチャチャ」作詩:野坂昭如)

男はウエストバッグからハチミツのプラスチック容器を取り出す。踊りながらフタを取り、容器を握り、自分の肩から腕にハチミツをたらしていく。左腕から右腕に。両腕にたらした後は、フランケンシュタインのように両腕をのばしている。肘からハチミツが光ってたれる。男は踊りながら長い舌を出して腕を舐めていく。ただそれだけの行為がつづく。
 音楽が終わる。
 男は人形をひろい、カセットデッキを持ち上げ、愛嬌を振りまいて舞台のそでに引っ込む。
 拍手はない。見ていた3人はあ然としている。
「舞台を拭いとけよ」興行主がやさしい声でいう。
 男がミニスカートのまま雑巾をもって現れ、しゃがんで床を拭く。その顔は近所のおじさんだった。

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