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2014.07.06

第5回

【検証の結果は、】

松本キック

【検証の結果は、】

『エレベーターは、目的階のボタンを押さなければ動かない』

 当たり前のことかもしれないが、最近、ボクはこの事実に気づかされた。気づかされたと言うより、知ったという方が正しいかもしれない。それは、自宅があるマンションのエレベーター内で起こった。

 築20年を優に超えた、白いタイル張りのマンション。古い、大きな街道沿い、外壁の清掃をここ何年も見たことがない建物。およそマイナスの要素しかないにもかかわらず、白いタイルは白さを保ち、外観は意外と小奇麗に写る。

 もっとも、小奇麗というのは少し離れて眺めた時の印象で、近づいて見てみると汚れは隠せない。タイルの表面には、薄黒い筋のようなひび割れが走り、目地はドス黒く、汚れが堆積している。年季はごまかしようがない。マンションに設置されているエレベーターも同じだ。

 定員9名の日本製エレベーター。ドアは2枚戸で片方に開くタイプ。色は銀色だが、全体的に黒ずみ輝きはまさに、過去に栄えた光となっている。真ん中より少し上、ドア1枚につき1つ、細長いガラス窓が取り付けられている。長さは1メートル、幅は20センチというところか。ガラスはワイヤーが網目に入れられ防火対策が施されている。

 エレベーターの中は、ドア以外の面が、薄いグレーのカーペットで覆われている。ただし、くるぶし辺りから1.7メートルという驚くほど中途半端な高さまで。奥の面にはこのエレベーターの花形、体全体が見えるくらいの大きな鏡がでんと構えている。と言えば、ちょっとはマシに聞こえるが、実際は後から無理やり貼りつけたであろうフィルムミラーがあるばかり。ミラーの大きさに合わせて、カーペットが切り取られているが、左右が微妙にずれていたりと、違和感ばかりが強調される。仕事が雑すぎる。

 極めつけはミラー右上の角、誰かがはがそうとしたのか、勝手にはがれてきてしまったのか、とにかくベロンとめくれている。ベロンとめくれ、裏側に貼られた両面テープが丸見えになっている。安っぽい、汚い、古い、最悪のエレベーターなのだ。

 止まらなくなってきた。ここまで言ってしまったので更に言わしてもらう。定員は9名までとなっているが、どうも疑わしい。住人の方と乗り合わせることもあるが、4人も乗れば狭く息苦しくなってくる。5人乗れば身動きが取れない、6人乗れば確実に酸素が足りなくなってしまう。定員は9名ではなく、激痩せした人9名が正解だ。

 室内の明るさも足りていない気がする。いつも薄暗く、天井の電灯カバーはくすんでいる。『薄暗いのは光が汚れているせい』なんて、ついつい抒情的になってしまう。ただ、事故などはなく、定期的に点検もしているので、エレベーター自体に問題はないのだろう。とは言っても、どこか信用がおけないのだ。

 そんなエレベーターに、先日ボクは閉じ込められた。

 住んでいる8階から、ほとんど毎日、ボクはこのエレベーターに乗って地上に降り立つ。仕事の時も、ちょっとコンビニにという時も、ゴミ出しの時も、常にこのBOXの中に入りこみ、8階と地上を降りたり昇ったりしている。親しんでいるかは定かではないが、慣れているエレベーターであることは間違いない。

 その日は講演会で地方へ行く予定になっていた。相方であるハウス加賀谷の病気、『統合失調症』に関する講演会。大真面目な中にも笑いを交え、病気と向き合ってきたボクたちの体験談をお話しする。同じ病気で苦しむ当事者やご家族の方に勇気をもってもらえれば、少しでもヒントになればと思い活動を続けている。もちろん、『統合失調症』を知らない方々には知ってもらえればという思いもある。大切な講演会だ。

 乗るべき電車の時刻は迫っていた。支度がギリギリになってしまったため、ボクは急ぎ家を出た。エレベーターホールに着き、降りるボタンを押す。下を示すボタンがオレンジに光り、エレベーターが1階から上がってくる。エレベーターを待つ時間は、何百回、何千回と経験しているのに、どうして毎回長く感じるのだろう。空のBOXが8階に到着。明るい室内がドアの窓からうかがえる。ドアが開き中に乗り込む。不自然なことは何もなかった。

 目的階の数字が並んだ上にある、閉めるボタンを押しドアが閉まる。ドアが閉まる。ドアは閉まった。なのにである。ボクを乗せたエレベーターは全く動こうとしなかった。今の今までギューイーンとワイヤーを巻き上げる音と共に動いていたのに、プスリともクスリともとも言わなくなってしまった。ボクの脳内を閃光が走る。

 

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