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2014.06.17

2014年の邦訳刊行されたフランス・マンガの3重要作品
『テプフェール マンガの発明』『ローン・スローン』『チェルノブイリの春』

中条 省平

2014年の邦訳刊行されたフランス・マンガの3重要作品<br />『テプフェール  マンガの発明』『ローン・スローン』『チェルノブイリの春』<br />

 

マンガのコマ割りを発明したテプフェール

 エマニュエル・ギベールというマンガ家を紹介した前回にひき続き、今回も題材はフランス(語圏)のマンガです。ただし、今回は単なる作品、作家の紹介ではなく、最近日本で刊行された3冊の本を出発点にして、大きくマンガの起源から現在までを見わたすことになります。

 最初の1冊はマンガ本ではなくマンガの研究書で、ティエリ・グルンステンとブノワ・ペータースの共著による『テプフェール マンガの発明』(法政大学出版局、古永真一・原正人・森田直子訳)です。

 グルンステンはすでに『マンガのシステム』『線が顔になるとき』という邦訳がある著名なフランスのマンガ批評家ですし、ペータースは、マンガ家スクイテンと組んで『闇の国々』というフランス語圏マンガの最高峰ともいうべきシリーズを創作した原作者です。ともに信用するに足る優秀なマンガ研究者でもあるので、このふたりの共著となれば見逃すことはできません。

 ところで、今年の3月、本欄で三輪健太朗の『マンガと映画』を取りあげたとき、私たちが現在「マンガ」と考える近代的マンガの成立に関して、2つの決定的な指標があると申しあげました。それは、「吹きだし」による言語の処理と、「コマ割り」による画面の構成です。

「吹きだし」を指標にすると、これを史上最初に組織的に用いたマンガ家はアメリカ人のアウトコールトで、彼の新聞マンガ『イエロー・キッド』の連載が開始された1896年を「マンガ元年」、近代マンガ生誕の年と位置づけるマンガ研究者がたくさんいます。

 いっぽう、「コマ割り」を近代マンガの根本的な条件だと考えると、近代マンガの元祖は、フランス語でマンガを描いたひとりのスイス人ということになります。それがグルンステンとペータースの著書の主人公、ロドルフ・テプフェールです。

 テプフェールが「近代マンガの発明者」であるということは、いまやマンガ史研究の常識になりつつあるのですが、その「常識」を最初に体系的に実証した歴史的な本が、この『テプフェール マンガの発明』(フランス語初版は1994年刊)なのです。

コマが次のコマを生み出す生成とその連鎖

 テプフェールは1799年にジュネーヴに生まれ……って、この本にはテプフェールの略伝年表も完備されているので、そちらを読んでいただければいいのですが、テプフェールはジュネーヴで妻の持参金を元手にして、主に外国人の子弟を対象にした寄宿学校を創設し、みずからその学校の先生として働きながら、生徒たちを楽しませるために、手描きの絵物語『ヴィユ・ボワ氏物語』を作りました。1827年のことで、これが近代マンガの最初の作品と見なされています。

 この本は肉筆回覧されたものですが、1837年に作者自身によって単行本として出版され、さらに2年後に改作された第2版が刊行されました。現在、私たちが一般に読んでいる版はこの1839年の改作第2版です。

 この本の日本語版もすでに出版されていて、『M.(ムッシュー)ヴィユ・ボワ』(2008年、オフィスへリア)としてインターネットで購入することができます。

 これを翻訳した佐々木果(みのる)というのは、マンガ評論家としても有名な(『〈美少女〉の現代史』の著者)ササキバラ・ゴウ氏の本名です。佐々木さんはテプフェールのマンガを翻訳したいばかりに40歳くらいでフランス語をABCから学びはじめたという熱意の人で、日本語版『M.ヴィユ・ボワ』はその熱意の結晶のような素晴らしい出来栄えです。佐々木氏の生き生きとした日本語と、大判の画面に躍動するテプフェールの描線で、史上最初の近代マンガの驚嘆すべき現代性を味わってみてください。

 そんなわけでグルンステンとペータースの『テプフェール マンガの発明』はマンガに真剣な興味を寄せる人には必読の本なのですが、同時に、テプフェールを訳した佐々木果の『まんが史の基礎問題 ホガース、テプフェールから手塚治虫へ』(オフィスへリア)という本も推薦しておきましょう。

 こちらは『M.ヴィユ・ボワ』と同じ大判で、面白い図版がたっぷりと収録され、また、100ページほどのコンパクトな体裁ですので、学術的で濃密な『テプフェール マンガの発明』よりも一般読者にはとっつきやすいことでしょう。この本もネットで簡単に買うことができます。

『テプフェール マンガの発明』の紹介が長くなりましたが、テプフェールのマンガの現代性をもっとも簡潔に説明した文章を引用して締めくくることにします。日本語版『M.ヴィユ・ボワ』の訳者解説の1節です。

「その[テプフェールのマンガの]特徴をひとことで言うならば、旧来の[ホガースなどの絵物語の]手法では『物語がコマ表現される』のに対して、テプフェールの作品では『コマ表現が物語る』と言ってよいかもしれない。

 旧来のコマ割り表現では、物語の主要場面がひとつひとつの絵に描かれ、それらが多くの場合は時間順に並べられていく。つまり、先に存在している物語が主な場面に『分割』され、個々に独立した絵と文字で表現され、対等に並べられていくのだ。

 テプフェールの作品は『分割』ではない。むしろ1つのコマが次のコマを生み出す『生成』であり、その連鎖が結果的に一定の長さの物語となる。テプフェールのコマ割り作業は、いまだ存在しない物語が生まれる現場なのだ」

 この佐々木氏の言葉は、ペータースが『テプフェール マンガの発明』で、テプフェールの描線の特徴を「鉛筆の予測不可能性」に見て、彼の線画は思考の軌跡であり、文学的な下準備なしにイメージの連鎖からじかに物語を作りだすと論じたこととも通じあっています。

 ちなみに、ペータースは日本に来たとき、浦沢直樹との鼎(てい)談(もうひとりの対話者は『闇の国々』でコンビを組んだマンガ家スクイテン)において、「日本マンガは次々とページをめくりたくなるように描くのに対し、BD(バンド・デシネ=フランスマンガ)は1つの絵をじっくり見る、見せるという面があります」と発言しています(『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』玄光社刊より)。この点で日本マンガはテプフェールの手法をフランスマンガよりも忠実に継承した正統の嫡子といえるかもしれません。

 

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