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2009.02.01

第二十四回

「モヤモヤ育児雑誌クルーズ番外編『VERY』」の巻

堀越 英美

「モヤモヤ育児雑誌クルーズ番外編『VERY』」の巻

 美容院でどんな雑誌を渡されるかで、自分が“女市場”でどこに位置付けられているかを知ることができるらしい。三十路で子持ちで、いいかげんな身なりの私に渡されるのは、いつだって『VERY』だ。

 かの有名なエッセイ『負け犬の遠吠え』で、「勝ち犬」の象徴として挙げられ、「シロガネーゼ」という新語を生み出したことで知られる三十路コンサバ主婦のためのファッション誌。独身子無しが「負け犬」なら、結婚さえしていれば「勝ち犬」かと言えばさにあらず。仕事と家事育児に追われて自分の時間を持てないワーキングマザーも、節約に必死な貧乏主婦も、若い子から見れば負け犬同様、全く憧れるに足らない存在なのだ。稼ぎのある旦那とかわいい子供がいて、なおかつ自分らしさを活かせる仕事を趣味程度にこなす、これらがすべて揃っていなければ、「勝ち」とはとても言えないのである。討ち死にした三十路女たちの屍が累々と横たわる中、『VERY』では勝ち犬たちが「自分らしく輝いてるワンー」「母になっても女は捨てないワウーン」と咆哮している……。

 そんな『VERY』が私に何の用だ、と思いつつ手持ちぶさたに読んでみると、これが意外に面白い。シチュエーション設定がいちいち細かすぎて。2007年10月号「明日、着ていく服がない!」のお悩み相談では、

「A学院初等科の役員をしている私。学園祭の数日後、お疲れ様会をかねて夜のお食事会に。ほどほど華やかで頑張りすぎていない印象って?」
「愛育病院の出産同期組のママグループで贅沢ランチ。普段と違う私を演出するには?」
「CA時代の大先輩が主催するワイン会に招かれました。場所は、ご自宅。先輩や後輩たちも来るみたい。以前と変わらず流行に敏感で、気が利く後輩と思われたい」
「M商事時代の同期の帰国祝い会とのことで、久しぶりに皆に会うことに。場所は銀座のワインバー。キャリアの未婚者が結構来るらしい。寿退社を数年前にして、子供がいる私ですが、生活感ないね~って言われたい」
「娘の小学校の秋休み。学校の友人母子グループでハワイに行くことに。旅慣れた感のある機内服って?」
「親しい友人が、リフレクソロジーのサロンをオープンし、レセプションパーティに出席することに」
「息子の学校のママ友達から葉山の別荘に誘われました」
「チェロを習っている息子に、本物の音楽を聞かせたら? と義母からオペラのチケットを頂いた」

 等々、私には一生訪れないであろうハイソなイベントに見合ったコーディネート例の数々が紹介されている。まかりまちがっても、「朝から子供が『ゴルゴ13』を読めと大騒ぎ。でもゴルゴったら『……』ばかりで読むところがなくて困っちゃう。あんまりしつこいから上井草駅前のガンダム像までママチャリでGO! こんな日のトップスはガンダムカラーでヴィヴィッドに、ボトムはドムを意識した“スカート付き”でいかが? 思いがけない連邦&ジオンのグラナダ条約に、町ゆくアニメーターたちの視線もきっと釘付け!」なんつーシチュエーションはない(ちなみに前半は本日の私の行動)。ここまで生活がかけ離れていると、地球外生物の生態を描いたSFのようで、妬む気にもならないというのが正直なところだ。美容師の心中は、「生活に疲れているようだから、これでも読んでつかの間の夢でも見なよ……」というところなのだろうか。

 2008年6月号の「読み聞かせの日のお当番スタイル」も面白い。『かえるをのんだととさん』を読むときは、「臨場感溢れる演出には、赤鬼をイメージさせるトップスが欠かせません! 鬼とリンクして悲鳴をあげる子供たちもきっといるはず!? ゴールドのルームシューズも鬼の足に見えてきてしまいそう」。『じごくのそうべえ』なら「地獄に行く日をイメージする色にこだわりたい!」「普段なら流行の大柄ワンピースとして十分通用するオシャレな一着が、絵本を読むと燃えたぎる地獄の炎のイメージにぴったりだから驚き」。これだけ念入りに子の級友を威嚇しておけば、いじめに遭う心配はなさそうだ。

 そのほかの記事でも、『VERY』ファッションには状況設定が欠かせない。小学校受験の日の服装(カソリック系女子校、付属共学校、男子校バージョンあり)、運動会でのカジュアルファッション、にわか雨の日のお迎え、シンデレラ・ランチ(「子供が幼稚園などに行っている11~14時までの間のゴージャスランチ」のことだそうだ)、子供の試合の応援、夫と一緒に大掃除、塾の説明会、学校のバザー、義母のバースデイ、友人宅でホームパーティ、娘の発表会、保護者会の食事会、ホームセンターへ大掃除の買い出し、宅配便を迎えるときの部屋着、朝のゴミ出し、習い事の面談、授業参観、幼稚園の送り迎え、入園2日目、友人の結婚式、近所で買い物、実父との父の日デート、モデルルームの見学、老舗の楽器店への下見、車の買い換え、幼稚園ママとの“初めましてランチ”、学校見学、遠足の付き添い、うちカフェ、お稽古デビュー、若ママが先輩ママに嫌われないための小学校の役員デビュー服、そして忘れちゃならない公園デビュー。

「意外と見られているお砂場バッグは流行のカラフル使いを楽しみたい」
「ママの輪に和やかに溶け込んでいくには、カジュアルでオシャレな気張りすぎないアウターが正解です」(2008年4月号)

 なんでこんなに設定が細かいのか。それは『VERY』ファッションの目指すところが「モテ」ではなく「空気を読むこと」だからにほかならない。勝ち犬に求められているのは、相手(ママ友、独身時代の友達、夫、義母、学校関係者、外国人etc.)、場所(公園、習い事、学校、レストラン、セレモニーetc.)、時間などのパラメータが変わるごとに目まぐるしく変化する「空気」を正確に読み取り、ファッションという形でアウトプットする能力。そこには必ず「正解」があって、外した勝ち犬には容赦なく他の勝ち犬から軽蔑のまなざしが注がれる。たとえば幼稚園の送りにがっつりメイクをした日には、「朝なのに頑張りすぎてコワ~イ」「TPOをわきまえない田舎者」という烙印が押されてしまう。結婚でモテ競争から引退しても、「他人にどう思われるか」合戦は終わることはない。「勝ち犬の座を手に入れて安泰なのだから、何も今さら勝負する必要なんかないじゃないの?」と、一介の屍は思うわけだが、勝ち犬たちは生まれながらに勝つことを条件づけられた空気読みの常勝集団。頂上決戦を繰り広げずにはいられないんである。各方面、千手観音のごとく気を遣いまくりなんである。

 しかし……私が言うと酸っぱい葡萄にしか聞こえないだろうが、なんだか大変そうだ。めったにお目にかかれない勝ち犬なれば、舌にルビーを埋め込んでみたり、7人の恋人と曜日ごとに暮らしてみたり、部屋の中でトラを飼ってみたり、パーティで狂言自殺をしてみたり、富豪をたらしこんで破産させてみたり、恨まれて発砲されてみたり、好き放題生きてくれないと夢がない(参考文献『20世紀破天荒セレブ』)。空気読みなんて、弱者のすることですよ。

 ここで「他人の目を気にして服を決めるなんてつまらない! 好きな服を着たいように着ましょうよ!」と吠えれば、文化系らしいかもしれない。でも、そう言えるほどファッションにこだわりがあるわけでもなし。屍なりに、母親ヅラするときは大勢に準じたいというコンサバな気持ちもある。そうか、女なんてだいたいみんな弱者なのかもなーと、白旗をフリフリしたくなる今日この頃。

 授乳の影響で性欲ゼロ状態だからこその心境なのかもしれないが、たとえば性犯罪の報道などを見ても、「たかが一瞬の快楽のために被害者と自分、2人分の人生を台無しに……。そこまで何かを強く欲するということを、私は一生経験することはないだろうなあ」としみじみしてしまうのだ。その強い衝動が負の方向を向けば犯罪になろうが、生産的な方向付けをすれば何でもやれてしまうような気がする。……何の話をしたいのかというと、社会というのは良くも悪くもそういう強い男たちのリビドーで回っていて、女は周縁で生きざるを得ないんじゃないかという諦念が、最近とみに強いのであります。女は自分の意志で自分の社会的価値を決められない。「他人(=世間)にどう見られるか」を、生涯にわたって気にする必要がある理由はここにあるんじゃないか。

「モテ」を謳う未婚女性向けファッション誌に集約される女の欲望が「チヤホヤされてえ」だとすれば、『VERY』のそれは「ナメられたくねえ」だろう。前者の欲望が強いオスを引きつけるため、後者の欲望が周囲を威嚇して子を守るために働くのであれば、遺伝子の保存本能に根ざした根源的な欲望だったりするのかもしれない。それはそれで生臭いが、社会を動かす強くて深い男たちの欲望に比べたら、実にちっぽけでささやかなものだという気がして仕方がない。だからこそ、時折現れる男顔負けに強欲な女を我々はセレブと呼び、ひそかに尊敬のまなざしを送るのだろうか。 

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