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2009.03.15

第二十七回

「マクー空間の恐怖」の巻

堀越 英美

「マクー空間の恐怖」の巻

 ひな祭りのお祝い料理といえば、ちらし寿司と蛤の潮汁が定番である。スーパーで中国産蛤のパックが山と積まれているのを見て、はたと考え込んでしまった。なぜ女の子の節句に蛤が使われるかといえば、蛤には貞操を守るという意味が込められているからだという。女の貞操を貝に見立てる、そこから連想するのはどうしたって横山まさみち画伯の「やる気まんまん」。男の子の節句はオットセイですか。そういう目で見ると、中国産の安い蛤を買うという行為が、「初恋のきた道」のような純朴な中国少女の貞操を金で買いたたくがごとき蛮行に思えてくる。もはや「潮汁」というネーミングすら完全にアッチの用語にしか見えない。

 何も知らない娘にエロご飯を与えてこっそりほくそえむのも悪くはないが、今年は海鮮ちらし寿司と残り野菜のお吸い物のみで済ませることにした。あれこれ書いたけど、そもそも中国産の貝を購入する勇気はないのだった。

 たまには料理の話でもしようと思ったものの、文化系のくせに安全と栄養に気を遣った普通の料理しか作っていないので特に書くことがなく、エロ方面の妄想でお茶を濁してみた。いくら無頼派なママさんでも、食事は保守的にならざるをえないのではなかろうか。妊娠期といい授乳期といい、食べものには気をつけろとさんざん言われてきた。特に母乳育児に関する情報を集めると、いやというほど「肉や甘い物、油っぽいものを食べるとマズイ母乳に、野菜、玄米、豆類中心の和食にすればおいしい母乳になる」という食事指導を目にすることになる。科学的根拠は何も示されていないものの、その真偽を確認する時間はないし、野菜を多く摂るに越したことはないだろうから、と「野菜たっぷり」などと題された料理本を図書館から借りてみたりする。それがマクー空間への扉とも知らず。

 レシピだというのに時折挟み込まれる「最後に両手をかざし、天地の恵みに感謝」「おへそを前に出して肛門をキュッとしめること」などの調理に関係ない文言に、「は? 何ゆっちゃってんの?」と首をひねりつつも何品か作ってみる。おいしいものもあるが、多くは「普通にだしを使えばおいしいのに」というガッカリ感漂う出来。ページの中程には著者の講演録が収められていて、彼の熱弁するところによれば、マクロビオティックは素晴らしいということなのだった。出た、マクー空間。

 警戒心のあまり「宇宙刑事ギャバン」に出てくる宇宙犯罪組織マクーのブラックホール「マクー空間」を持ち出してしまったが、世間的にはマクロビオティックといえばマドンナやトム・クルーズが実践している、おしゃれセレブの美容食というイメージだったりするのだろうか。しかしその起源をたどれば、明治時代の大日本帝国陸軍軍医・石塚左玄が独自の陰陽論を食材に当てはめて提唱した食養論。これを貿易商の桜沢如一が発展させてドイツ語で長寿法を意味する「マクロビオティック」と命名したのが始まりだ。おおまかには食べ物を陰と陽に分け、肉や乳製品を食べる欧米風の食事を批判し、日本食を見直そうという主旨だが、国家神道や仏教の教え、易教の陰陽思想などを取り入れた思想的な食事法で、科学的な実証性はない。栄養学の立場からはどう見えているのかというと、『栄養学の歴史』(ウォルター・グラットザー著、水上茂樹)の記述を借りれば「新時代の神秘主義」。以下、少し長くなるが同書のマクロビオティックに関する記述を引用してみる(p234)。

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オーサワは各人の必要および病状に応じた正しいバランスで精神分裂病(陰が多すぎるので大量の陽が必要)、梅毒、網膜剥離、寝小便など何でも治ると教えた。健康な人にもたとえばフケ症や精神病の前兆などの診断を下した。しかしダイエット処方は厳しく、穀物、煮た野菜(口一杯入れて50回咀嚼)、スープからなりビタミン類が欠乏していた。オーサワは1966年に死亡しその前に医療過誤で法廷に召喚されFDAの手入れがあった。オーサワ研究所は閉鎖されたがバトンは別の日本人医師ミチオ クシ(久司道夫)に受け継がれた。クシは診断の範囲を声、メリディアン(体内のエネルギーの流れる方向)、占星術などに広げ、ベッドの方向は地球の軸に一致させねばならないなどとした。クシ研究所はマサチューセッツの小さな町で盛んになり「長寿集団」を集めた。長寿食事の信者のあいだに壊血病その他の栄養欠乏患者の見られるとの報告があるが、このことは信者たちに自信を失わせることはなかった。
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「うさんくせえ」と言わんばかりのこの書かれよう。実際に久司道夫の著書『マクロビオティックが幸福をつくる』を読んでみると、「電子レンジは荒々しい波動を食材に与えてしまう」「中東地域で争いが起こりやすいのは肉食で砂糖を大量に摂取しているから」「母親が動物食過多の食生活を送ると、胎児の目から上の部分が縮んで眉毛がつり上がった子どもが生まれる」「不慮の事故によって亡くなるのは食生活の乱れによって本能的・直感的に危険を予知したり、回避する能力が低下しているから」「ピラミッドを含め世界に散在するさまざまな固有名詞の由来は超古代の日本語」「アインシュタインは『一系の天皇』を尊いと書き記した」(←このネタは東京大学の中澤英雄教授によって、博士とはなんの関係もない言葉が孫引きで広まっただけと指摘済み。もとはシュタインという法学者の言葉)「ピラミッドは天地のエネルギーの蓄積&転換装置」「元素の陰陽を結びつける低温原子転換でエネルギー問題は解決する」「高い自然の波動、高い食物の波動によってつくられた日本人の血の中には、かつて宇宙の秩序と調和し、自然なる文明を築いて生きたときの記憶が、潜在する波動として宿っている」などなど、オカルト、愛国、ニセ科学、スピリチュアルなんでもござれのトンデモ総合デパートだ。しかし転換装置といえば、マクー空間も地軸転換装置で作られるのだった。偶然でしょうか。

 もちろん、甘い物や肉は摂りすぎないほうがいいし、食べ物はよく噛んだほうがいいし、野菜や海藻は摂ったほうがいい。あまり厳密にやりすぎなければ、健康増進には役立つだろうなあと思う。それに大人がどんな思想に基づいて食事を選ぼうが、その人の勝手である。しかしこのマクロビオティック、つわりや流産の原因を食生活の乱れと決めつけ、子供のアレルギーを防ぐだの母乳の質がよくなるだの名目でママさんを取り込もうとしているようで、妊娠してからというものやたら目につくのだ。食餌療法でつわりがなくなるなら試してみたいものだが、「マクロビオティック つわり」で検索すると、マクロビを実践しているのにつわりに苦しめられている妊婦のブログばかりが引っかかる。彼女たちは一様に「まだ体の中がきれいになってない」「長年の食を含めた自己管理の結果」と自責の念にかられているようで、つわりだけでも苦しいだろうに、実にお気の毒だ。妊婦にストレスはよくないのに、無駄な罪悪感を植え付けてどうするんだろう。

 また、妊婦が動物性の食品を避けると、鉄分不足による貧血に陥りやすい。植物性の食品に含まれる非ヘム鉄は動物性のヘム鉄に比べて吸収が悪いためだ。これもマクロビオティックでは独自の理屈があるようで、あるマクロビ料理教室の主催者によれば、「貧血」と診断されても、それは血液さらさら状態ということだから妊婦としては理想なのだと説く。マクロビオティックを実践している元女子アナが、妊娠中は肉の代わりにヒジキで鉄分を補給していた、と雑誌のインタビューに答えていたというブログ記事も見かけた。ひじきには微量とはいえヒ素が含まれているから、妊婦は大量に摂取してはイカンと母親学級で習ったんだけどなあ。

 「マクロビオティックの子って、あまり泣かない、よく寝る、元気で健やか表情もイキイキ、育てやすい」とは上記のマクロビ料理教室主催者の奥さんのブログにあった言葉。体のできあがった大人はいいとして、子供に乳製品を含む動物性タンパクを与えないのはどうなんだろうか。日本人の体には日本食が合っているといっても、食の欧米化で体格が向上して平均寿命も延びたという面もあると思うのだけど。

 ご飯と野菜中心の食生活でおいしい母乳になるという俗説も、科学的な裏付けがあるのかと探してみたが、見つからなかった。そもそも「おいしい母乳」ってなんだ。誰か試し飲みでもしたのか。パン食の欧米人のおっぱいは皆まずいんだろうか。似たような俗説に「妊婦が鶏肉や卵を食べると子供がアレルギーになる」があるが、こちらも根拠が見つからない。アレルギーの原因についてはさまざまな学者が慎重に調査を進めていて、今のところ最も信頼性のある学説は、家畜の糞に含まれるエンドトキシンに1歳までに曝されると、免疫システムが細菌型になってアレルギーになりにくく、曝露が少ないと免疫システムがIgE型になってアレルギーになりやすいというもの。妊婦の食生活とアレルギー発生の関連は未知数のはずだ。

 私自身科学に詳しいわけではないので、ツッコミはこの辺にしておくが、私だってつわりで断念するまで宅配の無農薬野菜を続けていたくらいなので、マクロビ的な食生活に憧れがないわけではない。体の不調から病気、我が子の性質まで、全て自分の意志でコントロールできると言わんばかりの思想が、なんだか苦手なのだ。

 「自分が不幸であること、重い病気に苦しんでいること、暗い挫折感をいだき身もだえていること、ひどい事故にあったり、大きな失敗をしたこと……、これらは誰のせいでもなく、すべて自分自身の責任として引き受けねばなりません。それらは、自分が選んだ『食』の結果なのですから」(『マクロビオティックが幸福をつくる』p60)

 私のつわりは、フライドポテト、素うどん、ヨーグルト以外のものを食べると吐いてしまうというけっこう重いものだった。乳製品、ファーストフードNGのマクロビ信者だったら栄養失調で倒れていたかもしれない。当時はそれでも高い無農薬野菜を無駄にすまいとがんばって野菜を食べていたのだが、体にいいはずのものに限って吐いてしまう。代わりにジャンクなものが欲しくてしかたがなく、つわりという生理現象の前に、意志は無力だなあと思ったものだ。

 妖怪、霊魂バッチコイのオカルト気質の私も、こと食生活は科学に頼ったほうが無難だとつくづく思う。いやむしろ、「宇宙の摂理は自分に理解できないほど謎めいているほうが面白い」というオカルト好きだからこそ、宇宙の摂理を簡単に見切ってしまうマクロビを警戒するのかもしれない。自分で書いておいてなんだが、「やる気まんまん」の話から宇宙の摂理にまで話が飛ぶとは思わなかった。これもマクー空間の仕業か。 

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