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2014.06.13

失敗と後悔もまた一興のグルメ漫画

佐々木 克雄

失敗と後悔もまた一興のグルメ漫画


『漫画版 野武士のグルメ』
原作 久住昌之 画 土山しげる
幻冬舎刊 \1,296
定年を迎えたばかりの平凡な元サラリーマン香住武が野武士に倣って「ひとり飯」の極意に挑戦。熱々のタンメン、真っ昼間のビール&焼きそば、麦とろ飯、朝のアジ定食……。美味しそうなのはもちろん、「ひとり飯」に対峙する「おじさん」の悶々ぶりが微笑ましくもある、グルメコミック。

 

食へのこだわり、ありますか
たとえばお気に入りの店とか

 GINGER L. (幻冬舎の文芸誌)の表紙がカレーになってから三号目になりましたね。バァーンと超アップのカレーに驚きながらも「あ~美味しそう!」と思った方も多いのではと。これ、編集長さんがカレー好き、ということから始まったそうでして、なかなかオモシロイことやるなあと感心しておりまして……。
 カレーかぁ。自分なら新宿中村屋のインドカリーがいいなあ、いや神保町の……などなど、お気に入りのカレー屋さんが浮かんでくるのですが、みなさんはどうですか?
 殿方であればラーメン屋のお気に入りがいくつかあるでしょうし、ここ一番の時に使う居酒屋やバーも出てくることでしょう。
 女子の皆様におかれましてはフレンチ、イタリアン、カフェなどであればお気に入りは数多くあるのではとご推察いたしますが……そうそう、女子で思い出しました。「女のひとりメシって、どうなの?」的な話題が最近気になっております。たとえば学生の「ひとりランチ」は「友達がいないと思われそうで嫌」だそうです。かと思えば「女ひとりで居酒屋へ」みたいなテレビ番組があったりします。番組になっている時点で「女ひとり酒」は話題性があるということなのでしょう。
 話が飛び飛びになっておりますが、食べ物に関する話題って、つきないモノです。

あの人気番組の原作者が
人気漫画家さんとタッグ

 さてさて、食に関してあれこれ話しながら、今回ご紹介しますのは『漫画版 野武士のグルメ』です。
 原作者は久住昌之さん。えーっと、誰だったかしらと思った人もいるかも知れませんが、深夜に放送されていた『孤独のグルメ』をご存じなら、あの原作者さんです、と言えばおわかりいただけるかと。俳優の松重豊さんが美味しそうに食べる姿を見て、思わず自分も食べたくなった──という声をあちらこちらで聞きました。
『漫画版 野武士のグルメ』は久住さんのエッセイを土山しげるさんが漫画化したものです。土山さんは漫画界の重鎮。廃業寸前の店を立て直す復活請負人を描いた『食キング』やフードファイターの戦いを描いた『喰いしん坊!』といった食に関する人気作品を手掛けてこられた方です。
『孤独のグルメ』も漫画だったものですが『漫画版 野武士のグルメ』は『孤独~』とはひと味もふた味も違ったグルメ漫画……いや、もしかしたら「グルメ」という括(くく)りも違うのかも知れません。というのもこの作品、美味しそうなご馳走が次々と出てきて主人公がムシャムシャ食べるといった漫画ではないからです。では、どんな内容なのか。

主人公は定年ホヤホヤの還暦
食すは美味いものだけでなく

 全九話からなる本作、第一話では主人公、香住武さんのプロフィールが紹介されています。七月に三十五年勤めた会社を定年退職した香住さん。お別れの宴が続いたあと、ようやく退職の挨拶状も書き終えて街へ繰り出します。
 どうやら香住さん、井の頭公園近くにお住まいのようでして、散歩の途中で食堂を見つけ、焼きそばと「これがしてみたかったんだ」と平日の昼にビールを注文します。勤め人時代には考えられなかったけれど今は元サラリーマン。彼はそんな自分を浪人ではなく、己が腕ひとつを信じ、世を渡り歩く「野武士」と見立てることにしました。つまり、誰にも遠慮することなく己のグルメ道を進む決心をされたのですね。格好いい。

 ところがです、いざ野武士となってグルメ道を進む彼の前途は平坦なものばかりではありません。むしろ失敗と後悔のグルメ道といっても過言ではないのです。東京に遊びにきた姪っ子を連れて老舗のスキヤキ屋を訪れたときのこと。はじめこそ「スキヤキってこんなに美味(うま)かったか⁉」「まさに口の中で肉が溶けていくようだわい……」と深く味わっている様子が見て取れるのですが、追加注文してから「思ったより腹が膨れてきた気がする」と箸が進まなくなり残すことに。「野武士として俺はなんてかっこ悪いんだ‼」と己を責める結果となります。スキヤキのほかにも、酔った勢いで入った店が最悪、未知のメニューに興味を示して失敗……など、ダメダメなエピソードが語られます。
「そんな話、楽しいの?」と思われるかも知れませんが、人間って不思議なモノで失敗談の方がかえって後日の話のネタになったりするんですよね。むしろ「こんな失敗や後悔ってあるある」的な共感から香住さんを励ましてあげたくなったりするのです。がんばれ野武士──みたいな感じで。

食べて美味しい──だけじゃない
食前食後こそ野武士グルメの真髄

 もうひとつ、この作品で特記したいのは香住さんがグルメを語る心情描写の妙です。たとえば前述のスキヤキひとつを食べるにしても、ただ「美味そうなスキヤキを食べたい」「あー美味しかった」ではありません。自宅でくつろぎながら彼が思い浮かべるのは己のスキヤキ像です。
「まず、生卵を掻き混ぜる儀式で心を静める」
「脇役陣もいい連中が首を揃えている」
「醤油味の染みた白滝が生卵と合う」
 すごく文学調ではありませんか。
 でも実際は格好よくないんです。前述の通り、実際に食べて失敗したあと、帰途の電車内で敗因を分析しはじめます。
「最初は良かったんだ。でも、仲居さんが卓の様子を見にきては次々と肉や野菜を入れ……」
「そうなんだ! あの仲居さんに己のペースを狂わされたんだ‼」
「スキヤキは仕切られて食うもんなんかじゃねえ!」
「野武士流でやりてぇんだ」
 わ~メンドクサイ人……と思われるでしょうが、実際に店選びや注文で失敗したオジサンって、こんなことを考えていたりするんです。
 plus読者の女子の皆様にとって、香住さんくらいの年の頃の男性といえばお父さんか、部長クラス以上の上司になると思うのですが、エラそうな顔をしていて、食に関しては香住さんと同様に己のウンチク、失敗、後悔をグチグチと語る野武士だったりするんですよ。ただ口に出して言わないだけのことなのです。

オジサマが語るグルメ道
覗いてみるのもまた一興

 幻冬舎のwebサイトで久住さんが「男ウケはいいかもしれないけど、女性読者にはウケル主人公かなぁ」とおっしゃっていました。確かにグルメの嗜好性や世代といった部分で女子の皆様には遠いかも知れません。ですが、ただのグルメ本ではなく、男性視点で、これほどまでに食に対して己の心情を(情けない部分を含め)吐露する本書のような作品はないと思われます。自分の知らない世界を疑似体験するという意味では、このうえない異世界でありますので、貴女も数時間「野武士」になってみることをオススメしたいのです。

 

『GINGER L.』 2014 SUMMER 15号より

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