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2014.06.01

弱肉強食の世を否定した戦国武将が、幸福とは何かを問う

末國 善己

弱肉強食の世を否定した戦国武将が、幸福とは何かを問う

『とんぼさま』仁志耕一郎
小社刊/1500円(税別)

 仁志耕一郎は、鉄砲鍛冶の国友藤兵衛を描く『玉兎の望』で小説現代長編新人賞を、武田信玄の命令で治水工事を担当した架空の武士を主人公にした『無名の虎』で朝日時代小説大賞を受賞した期待の新鋭である。第三作『玉繭の道』で戦国の豪商・茶屋四郎次郎に迫ったように、著者はこれまで商業や技術を題材にしてきた。

 ところが第四作『とんぼさま』では作風を変え、初めて戦国武将を正面から取り上げている。著者が主人公に選んだのは、鎌倉時代から信濃守護職を務める名門ながら、相続争いで三つに分裂していた小笠原家を武力で統一した猛将・長棟を父に持つ長時である。

 タイトルにある「とんぼ」は、長時が父から譲られた兜に「とんぼ」の前立てがあることに由来する。「とんぼ」は、古くから勇猛果敢な〝勝虫〟と考えられていて、「とんぼ」の前立てを用いた武将も少なくない。ただ同じ「とんぼ」でも、長時は〝勝虫〟ではなく〝極楽とんぼ〟の方で、勇猛さとは無縁の武将とされている。

 物語は、三一歳になった長時が、家督を譲られるところから始まる。長時は、領地や家宝と並び、小笠原家が代々伝えてきた弓術、馬術、礼法の奥義書〈糾法七巻〉を受け継ぎ、さらに禁裏から持ち出された秘伝書〈神伝糾法〉の存在も明かされる。我欲を克服した「上位の心」を持った為政者に、時と場所が加われば、戦などしなくても「仁」によって人と社会をまとめていけるというのである。

 だが、時は凶作と合戦が続く戦国乱世。〈神伝糾法〉の理想が実現するには程遠い状況にあり、長時も戦乱に巻き込まれていく。

 小笠原家が治める府中は四方を敵に囲まれており、中でも、父を追放して甲斐を掌握し、武力と謀略で領土を広げる武田晴信(後の信玄)は、諏訪の地をめぐって争う最大の脅威となっていたのだ。

 小笠原家は、室町幕府に認められた弓術の名門。〝弓馬の家〟が武家を意味していることからも分かる通り、鉄砲が普及するまで戦場の華は弓だったが、最近の歴史小説ではすっかり槍と刀の陰に隠れてしまっている。本書には、合戦の開始を告げる弓合わせから、敵兵を狙い撃つ場面まで、弓を使ったアクションがリアルに描かれており、今までにない合戦シーンを目にすることができるだろう。

 当然ながら長時も弓の名手なのだが、それは一兵卒の強さに過ぎない。謀略も卑怯な手も嫌う長時のやさしい性格は、一軍を率いる将としてマイナスでしかなく、連戦連敗を重ねてしまうのである。

 大名といえば、領国の支配については強い権限を持っていたと思われがちだが、これは太平の世になった江戸時代以降の姿である。戦国時代の大名の多くは、一国一城の主ながら支配地が小さいため大国に従っている国人衆の代表といった役割でしかなかった。

 十分な褒賞がなければすぐに寝返る国人衆や、カリスマ性を持つ父には一目置いていたが、力量のない嫡男は侮っている親戚と家臣にも無理難題を突き付けられ、難しい舵取りを迫られる長時は、部下にも取引先にも気を遣う現代の中間管理職に近い。その悲哀は、会社勤めの経験があれば、身につまされるのではないだろうか。

 本書は、合戦に勝ち、領土と金と人を奪うのが常識だった戦国時代にあって、ひたすら敗け続け、聡明な母にも、機を見るに敏な家臣にも見限られる長時を描いているが、決して暗い物語ではない。

 武田の女忍び小雪は、小笠原の兵を油断させるため前線で戦うことを命じられた。身勝手な男に絶望していた小雪だが、自分を女と知って殺すのを躊躇した長時のやさしさに触れ、衝撃を受ける。

 小雪は長時に興味を持ち周囲を探り始め、長時も小雪の想いを知ることでやさしさの重要性に気付く。そして長時は、武力で国を統一する「覇道」ではなく、小笠原家が理想とする〈神伝糾法〉に記された「王道」によって乱世を終わらせる方法と、どれほど栄華を極めても、長い歴史から見れば一瞬に過ぎないという「栄枯盛衰」の理を越える、普遍的な価値観の構築を模索するようになる。

 目的のためなら手段を選ばない人間が得をし、真面目に生きている人間が損をしているように感じられる現代が戦国乱世に似ているからこそ、弱肉強食のルールに背を向け、まったく別の道を進んだ長時の姿は、本当の幸福とは何かを問い掛けているだけに深い感動がある。何より、敗北と挫折を繰り返しても、明確な目標を持っていたからこそ絶望しなかった長時は、将来に希望を持てないことが、現代社会の最大の問題点であることも教えてくれるのである。

 作中では、「競う男の心」と「和する女子の心」が五分になると、「仁」による統治に相応しい時が到来するが、それには五〇〇年かかるとされている。本書は一五四二年から始まるので、今は五〇〇年後に近いが、果たして男女が協力して社会を作る環境は整っているだろうか? そんなことも考えさせられる。

 

『ポンツーン』2014年6月号より

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