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2014.05.18

主演:佐藤健×渡部篤郎でドラマ化!

雫井脩介 『ビター・ブラッド』豪華試し読み

雫井脩介 『ビター・ブラッド』豪華試し読み

佐藤健さん×渡部篤郎さん主演で好評放送中のフジテレビ系ドラマ『ビター・ブラッド~最悪で最強の親子刑事~』(毎週火曜 午後9:00~)。このドラマの原作『ビター・ブラッド』の冒頭部分40ページを幻冬舎plusだけで特別公開致します!!
10万部突破の新感覚警察小説を、この機会にぜひお楽しみください。
続きが気になる方はこちらから。

 

ビター・ブラッド     

   Ⅰ

「お兄ちゃんが何か一言言わないと、みんな、お箸(はし)が動かないみたいよ」
 隣に座る妹の忍(しのぶ)に耳打ちされ、佐原夏輝(さはらなつき)は一息つこうとネクタイに伸ばしかけていた手を止めた。
「そうか……」
 葬儀会館の二階にある畳の間には、親戚一同が精進落としのお膳(ぜん)を前にして、行儀よく並んでいた。すでに飲み物はそれぞれの左右で注(つ)ぎ終わり、何かを待つような空気ができている。
「えー」
 夏輝は組んだばかりのあぐらを正して、かしこまった。
「おかげ様で祖父の葬儀も無事に終えることができました。今日はお忙しい中を長い時間お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました」
 みんな、神妙な顔をして聞いているものだから、自然と口が強張(こわば)ってくる。遠方からの親類の中には初めて見た顔もある上、だいたいが自分より年上の人間ばかりだから、妙な緊張感がある。葬儀のときの喪主の挨拶(あいさつ)でも嫌な汗をかいたが、こういう場の一言も声が上ずるばかりだ。
「えー、ささやかではありますが、食事を用意いたしましたので、どうぞご遠慮なくお召し上がりください」
 夏輝はおしぼりを首筋の汗に当てながら、ビールの入ったグラスを手にした。
「それではみなさん……乾杯!」
「お兄ちゃん」忍が慌てた声を出す。「乾杯はしなくていいんじゃない?」
「あ……」
 夏輝は口を開けたまま固まった。
 一呼吸置いてから、親戚一同からどっと笑いが湧(わ)き起こった。
「ははは、乾杯は傑作だな」
「おじいちゃんも草葉の陰でずっこけてるよ」
 おじさん連中から手を叩(たた)いて笑われた。
「こういうときはね、『乾杯』じゃなくて、言うなら、『献杯(けんぱい)』だよ」
 物知り顔で教えてくれるおじさんもいる。
「そうですか……すいません。失礼しました」
 夏輝は顔を赤くして背中を丸めた。汗が額を流れていく。
 妹と反対隣にいる祖母の多美子(たみこ)も、笑いながら、ハンカチで皺(しわ)だらけの目元を押さえている。祖父が死んでから見る初めての笑顔だ。
「でも夏輝君、立派に喪主を務めて偉いよ。大したもんだ」
「そうそう。富成(とみなり)さんも夏輝君の成長をここまで見届ければ、もう安心だったんだろ」
 口々にねぎらいの言葉を頂戴し、夏輝は恐縮気味に頭を下げた。
「あとはお嫁さんだな。忍ちゃんも年頃だけど、あんまり早く出てっちゃうと多美子さんが寂しいだろうから、順番はお兄ちゃんが先のほうがいいよな。そういう予定はないのかい?」
「いやあ、ないですね」夏輝は苦笑して受け流した。
「すぐに方々から寄ってくるよ。何せ花の刑事さんだからね」
「ほう、夏輝君、刑事になったの?」
「ええ、ついこの間から……」
「そりゃすごい。大したもんだ」
「いやあ、本当だよ。二十代で刑事になるなんて、なかなか難しいんだから。ねえ?」
「はあ、いや、そうでもないですけど……」夏輝は曖昧(あいまい)に答える。
「確か明村(あきむら)さんも刑事になったのは小都恵(さとえ)ちゃんと結婚したあと……いや、夏輝君や忍ちゃんが生まれたあとだから、三十は越えてたはずだよ」
「でも、そうすると、三代続けての警視庁刑事ってことか。富成さんもそりゃ感無量だったろうな。いい冥土(めいど)の土産(みやげ)ができたってもんだよ」
「言っちゃあいかんことかもしれんけど、これで小都恵ちゃんがいたら、言うことはなかっただろうけどな。じいさんもそれだけが心残りだったろうな」
 おじさんの一人がそれを言うと、ほかの人たちは話を受けづらそうにして口をつぐんだ。たちまちのうちにもやもやした空気が生まれ、一同はそれから気を逸(そ)らすように箸を動かし始めた。
 十二年前に蒸発した母親の話を出されたところで、夏輝自身、もはや複雑な気分になるようなこともなくなっていたつもりだったが、やはり、祖父のことを思うと、今日は少し苦い気持ちになる。どこか夏輝の知らない土地で暮らしているだろう母は、たぶん今も祖父の死を知らないままに違いない。いつか風の便りにそれを知り、そのとき何を想うのだろうか……そんなことを考えると、自分の肉親ながら、数奇な人生を垣間(かいま)見るような不思議な思いにとらわれる。
 もしかしたら通夜や葬儀の最中、弔問客に紛れるようにして、十二年前の面影を残した母がふと現れるのではないかという気もしていた。そうなったとしたら、自分はそれにどう応じるのだろう。夏輝はそんなことを考えたりもした。
 しかし、そういう諸々の思いも、ある種の願望でしかなかった。結局は佐原富成の葬儀に一人娘の姿はなく、夏輝ら二人の孫がその寂しさをごまかすように祖母多美子の脇に立ち、かろうじて家族の形を整えていたのだった。
 親がいたなら夏輝が喪主として汗をかき通すこともなかったのだろうが、文句を言っていても始まらないことだし、あたふたしながらも何とか式を終えることができた。周りが言うように、夏輝が何とかできるような歳になるまで頑張った祖父も偉かったと言うべきか。
 ともあれ、親戚一同の食事が進み出したのを見て、夏輝はようやく足を崩して、肩の力を抜いた。冷たいビールで喉(のど)の渇きを癒(いや)しながら、しばらくは箸で自分の膳をつついた。
「お兄ちゃん、ご苦労さんだったね」
 おじさんの一人が、ビール瓶を手にして、夏輝の前に寄ってきた。
「あ、すいません。僕から行かなきゃいけないのに」
 夏輝はぺこりと頭を下げて、彼のお酌を受けた。
「忍ちゃんは飲めないの?」
 おじさんはビール瓶を忍のほうに向けて訊く。
「私はお母さん譲りで、全然駄目なんです」
 彼女が笑ってそう答えると、おじさんは眼を細めて頷(うなず)いた。
「そうか……確かに忍ちゃんは小都恵ちゃん似だもんな。目元なんか特にね」
「昔のお母さんの写真を見てると、自分でもそう思います」
 夏輝も一緒になって頷いていると、おじさんは夏輝に目を向けてきた。
「お兄ちゃんは明村さん似だね。明村さんの若い頃にそっくりだ」
「はあ……そうですかね……?」
 忍が母親似だと言われても、何の悪感情も湧かないが、自分が父親似だと言われると、何とも鬱陶(うっとう)しい気分になる。嬉しくないし、事実はどうであれ否定したくなってしまう。
「まあ、お父さんに追いつき追い越せで、立派な刑事さんになってよ」
 おじさんに肩を叩いて励まされ、夏輝は大人しく頭を下げておいた。
 そのおじさんが立ち上がりかけたとき、お膳を囲んだ輪のどこかで、軽いどよめきのような声が上がった。みんなの視線は畳の間の入口に向いていた。
「おお、明村さん」
 夏輝の父、島尾(しまお)明村が礼服に包んだ上体を折り、自分に視線を向けた面々に頭を下げながら入ってきた。
「どうもすいません。なかなか抜け出せなくて」彼は低音の声で親類に詫(わ)びを入れた。
 夏輝は何となく忍と目を合わせた。
「お前が教えたのか?」
「だって……教えないのも変じゃない」
 夏輝は一人で舌打ちをし、目の前の光景を無視するようにして、自分の食事に戻った。
「お義母(かあ)さん」
 明村は夏輝の隣にいる祖母の前まで進み寄って、そこに座った。
「こんな時間になりまして、申し訳ありませんでした」
「まあ、明村さん、お忙しいでしょうに」祖母は穏やかな声でそれに応じた。
 明村は軽くため息をつき、荼毘(だび)に付された祖父の遺骨のある祭壇に目を向けた。
「いい写真ですね……」
 ぎゅっと口元を引き締めて凛々(りり)しく写っている祖父の遺影を見て、彼は呟(つぶや)いた。
「夏輝が選んでくれてね」
 祖母の言葉に合わせて、明村は夏輝をちらりと見た。そして、「そうか」とでも言うように、こくりと頷いた。
 何を偉そうに……夏輝はしらけ気味にその頷きを無視した。
「いろいろあったけど、まあ、最後は本当に眠るようにして逝ったからねえ……」
 祖母は、夏輝の冷ややかな態度には構わず、しみじみと言う。
「そうですか……」明村は唸(うな)るような低い声で相槌(あいづち)を打った。「しかし、まったく……私は最後まで何の孝行もできずに……」彼は自嘲(じちょう)気味に言って、祖母に頭を下げた。
「そんなこと……」祖母はあくまで優しげに首を振る。「お父さんは分かってくれてる人だから、何も気にしないで」
 明村はさらに頭を低くしてそれに応(こた)えると、おもむろに立ち上がり、上着のポケットから、さっと数珠を取り出した。そして、祭壇の前に座り直し、長々と手を合わせた。
「明村さん、何だか一段と貫禄(かんろく)が増したねえ」
 夏輝の前にいたおじさんが誰に言うでもなく、そんなことを口にした。
 貫禄と言えば聞こえがいいが、夏輝には何とも嫌味な大人くさい如才なさしか感じられない。頭を下げていても、へりくだっているようには見えない。そんな堂々としていられるような立派な生き方をしているのかと、皮肉の一つでもぶつけたくなる。祖母の甘さにも不満だ。
「そのひげ、渋くていいですね」
 戻ってきた明村におじさんが声をかけると、明村は軽く頬(ほお)を撫(な)でつつ首を振った。
「ただの無精ひげですよ」
「剃(そ)る暇もないですか?」
「いやいや、まあ、何というか、怠け者なもんですから」
「いやあ、いつ見ても、明村さんはおしゃれよねえ」おばさん連中もからかい気味に口を挿(はさ)む。「本当、お一人で身の回りのこと、やってらっしゃるとは思えないくらい」
「やあねえ、何か、探りを入れてるみたいで」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ」
 明村はそういうやり取りを微苦笑しながら聞いている。
 こんなとっくの昔に縁が切れている男に、おじさんもおばさんも気を遣わなくていいのに……夏輝はその様子から目を逸らしたまま、醒(さ)めた頭でそんなことを考えている。
 はたから見れば島尾明村とは、シルバーの目立つ髪をオールバックにまとめ、浅黒い肌に薄いひげを浮かべるナイスミドルであり、厚い胸板をダブルのスーツに包む様は妙な貫禄を漂わせているように感じ取れるらしい。そして、その低音ボイスを聞けば、人は彼をさぞかし信頼に足る人物に違いないと思い込むのだろう。
 しかし、夏輝の知る明村は違う。家族を見捨てて家庭を崩壊させ、子供を体(てい)よく妻に押しつけ、妻が失踪したら今度は義父母に押しつけ、それでいながら、たまに顔を出しては変に父親ぶったことを言う。そしてその実、父親としての役目など何一つ果たしてこなかった男だ。憎むのも馬鹿らしい。無視して心の中で軽蔑(けいべつ)しておくのが一番相応(ふさわ)しい相手だと思っている。
「明村さん、夏輝君もいよいよ刑事になったらしいね。おめでとう」
 おじさんがそう言うと、明村は細い眼を見開いて夏輝を見た。
「ほう、そうか」
 夏輝はそれを無視して、食事を続ける。
「子供があとに続いてくれるのは嬉しいでしょう?」
「まあ、でも、何だか照れくさいものがありますな」
 照れくさがられる筋合いはねえよ……夏輝は内心で毒づく。別に父親のあとに続こうとして、この道に進んだわけではない。目標と思ったこともないし、これっきり、目の前から消えてくれても、一向に構わない。
「明村さんも、どうかこの子が一人前になるのを助けてやってちょうだいね」
 祖母が大真面目(おおまじめ)な顔をして明村に頭を下げる。
「まあ、本人の努力次第ですよ」明村は鷹揚(おうよう)に言い切った。
「お兄ちゃんも行く行くはお父さんみたいな、ダンディな刑事さんになるわけだね」
 おじさんがそう言って、夏輝に笑顔を向ける。
「僕は僕ですから」
 夏輝が言うと、おじさんは、「お、頼もしいな」と笑った。
「親に似て意地っ張りなとこがありますからね」明村が言う。
 何が「親に似て」だよ……不愉快にもほどがある。

 

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