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2010.01.15

第四十五回

「母子密着と萌える日本人」の巻

堀越 英美

「母子密着と萌える日本人」の巻

 12月に風邪をひいたつもりだったが、すぐに夫が同様の症状で寝込み、新型インフルエンザと診断されて帰ってきた。私も新型インフルエンザに罹患していたらしい。その前の週、娘が急に熱を出して小児科にかかったことがあった。元気すぎて検査さえしてもらえなかったが、おそらくあれが我が家における新型インフルエンザのファーストインパクトだったのだろう。熱以外は咳も鼻水もグッタリもなく、帰り道にいつもなら大興奮するはずの工事車両を見かけてもスルー、程度の症状だったのに。新型インフルエンザの症状に「工事車両を見かけても反応しない」も入れておいてほしい。

 しかしいくら元気でも、ウィルス性の病気にかかっては保育園に行かせるわけにはいかないのだった。やれ遊べYouTubeを見せろおやつも食べたいと、力の有り余った2歳児はパソコンに向かう母親に容赦なくよじのぼる。ついでに私の代わりに原稿を書いてくれればいいのだが、いかんせん「お仕事する!」と言い張る彼女がキーボードを叩いたところで、エディタに現れるのは前衛的なハナモゲラ語。やむなく堅いパンを与えてガジガジかじりついている間に仕事、という心苦しい育児ハックを導入するはめに。こういうとき思い出すのが、子供だった岡本太郎を柱に縛りつけて原稿執筆に専念したという岡本かの子の破天荒エピソード。そんなムチャな育て方で大芸術家が生まれてしまうのだから、私のガサツ育児などたいした問題ではない、と大変おおらかな気持ちになれる。

 もう一つ癒しエピソードとして心の中にストックしてあるのが、村上龍の赤子時代の話。村上春樹との対談本『ウォーク・ドント・ラン』で本人が語るところによれば、教師をしていた村上龍の母は産後休暇を取れず、生まれたばかりの龍を放送室に放置し、休み時間のたびにミルクを飲ませるというやりかたで数ヶ月間育てたそうだ。昭和20年代の混乱期の話とはいえ、ネグレクト一歩手前の相当大胆な育児である。しかしこのときの飢えの感覚が名作『コインロッカー・ベイビーズ』を生んだというのだから、これまた心がぽかぽかする話ではないか。

 そんなようなことをつらつら考えていたら、この2人には共通点があることに気がついた。2人ともエッセイの中で日本人の特性とされる「しんねりむっつり」(岡本太郎『日本再発見-芸術風土記』)な感性を「農耕民族」的であるとしてこれをくさし、縄文時代の日本(岡本太郎)、あるいは欧米(村上龍)の情熱的な積極性を「狩猟民族」的として称えている。しかしまぎれもなく日本人である彼らが「農耕民族」的である事を免れたのは、ご先祖様の労働形態の問題というより、彼らが日本人の「甘え」構造の源泉としてしばしば指摘される母子密着から縁遠かったためなのではなかろうか。

 よく言われる話だが、日本の育児法は欧米に比べるとはるかに「子供」中心主義である。日本では子供の求めるがままに添い寝・だっこ・おんぶすることを推奨されているが、欧米の育児書を読むとたとえ子供が泣いても独り寝をさせよ、家庭内にルールを定めて遵守させるべし、子供を甘やかしたい誘惑に負けてはいけない、と幼い頃から子供の自立にやかましい。さらに欧米に比べると父親の育児参加が少ないため、専業主婦が増えた戦後日本の中流以上の家庭における母子密着の度合いはきわめて濃厚である。幼くとも子供を一個の人格として扱う欧米に対し、「7歳までは神の子」として子供を社会の一員と認めない日本。人格を持たない存在であるがゆえに子供たちが神格化され、母親の果てしのない献身が要求されるのが日本流育児言説の特性であるのは、日本の母親業を営んでいる者として日々実感させられるところだ。

 キリスト教文明に代表される欧米の「父性」原理と比較して、日本文化の寄って立つところを子供の自立と成熟を促さない「母性」原理に見いだしたのは、江藤淳の『成熟と喪失―“母”の崩壊』である。江藤淳は母子密着の原因を農耕民族であることに求めているが、農家のお母さんたちは忙しくて子供に密着しているヒマはなかったんじゃないか。伝統的な子守唄だって「坊やのお守りはどこへ行った」(ねんねころりよ)、「おどま親なし 七つん年で ひとの守り子で 苦労する」(五木の子守唄)と、母親とは別に家族外の子守要員がいたことを示唆している。それに、子供に対して淡泊そうなフランスも農業大国だ。

 それでは中国の母親像はどうなのだろう、と自分の記憶を掘り返してみると、横山光輝『三国志』に書かれていた劉備玄徳の母が思い当たる。母のために買ってきた高価なお茶を盗賊に奪われそうになるも、先祖伝来の名刀を捨ててお茶を無事に母に届けた劉備。ところが母はせっかくのお茶をチャッポー(原文ママ)と川にぶんなげ、「そんな子に育てた覚えはない!」と一喝するのだ。これが中国人の理想の母親像とは、モーレツにもほどがある。「孟母三遷」の母も子供の立身出世のために奔走するモーレツ教育ママそのものだし、「慈母敗子」は慈愛に満ちた母親が子供をダメにするという戒めの言葉だしで、いずれにしろ子供を無条件で受容する日本の母親の理想像とは、かなり隔たりがありそうだ。

 この情緒よりも物事の善悪や是非、理屈が優先される中国的な思想を「からごころ」のと呼んで批判的に扱ったのが、江戸時代の国文学者・本居宣長。当時のインテリたちが「からごころ」の観点からケシカラン書として貶めていた『源氏物語』の情緒性を「もののあはれ」と名付け、日本人の魂「やまとごころ」を称揚したのは有名な話である。その本居宣長の生い立ちを調べてみると、母親の影響がかなり強かったらしい。江戸の商家の長男に生まれたものの、商才に疎い息子を案じた母は息子を京都へ“留学”させる。自由に勉強に励むことができた本居宣長は学者として大成するのだが、もし宣長ママが劉備ママのように家業を継ぎたがらない息子の書物をチャッポーと川に投げ込むようなモーレツオカンだったら、学者・本居宣長は生まれてはいまい。しかしいくらオカンが好きだからって、妻を母の名前(勝)に改名させてしまうのはさすがにマザコンがすぎるんじゃないでしょうか。それはともかく、宣長の生まれが裕福な商家であったという史実が気にかかる。江戸時代の裕福な商家は、サラリーマンと専業主婦からなる戦後の中流家庭に似通っているのではないかと思うからだ。庶民は母親も労働で忙しいだろうし、武家や貴族となると子供は乳母に任されていたり政治戦略の道具になったりで、こちらも母子密着している場合ではなさそう。

 と、ついつい母子密着の問題について考え込んでしまうのは、少しでも育児から離れて読書や仕事をしたい己の罪の意識を減らしたいから、というのもあるのだけど、拙著『萌える日本文学』では「なぜ日本人だけがこうも萌えているのだろう」という結論をついに出せなかったからである。ただ言えるのは、“萌える”文学を書きがちな文豪にはある共通する傾向があって、それは母親(あるいは祖母)に対して強い執着があるということ。萌え要素を見いだせるのは平安以前を除いて近代以降、中流以上の家庭に育った作家の作品がほとんどだということ。江戸時代の戯作には恋愛慣れした粋で仇っぽい遊女は出てきても、無知で純朴な美少女などは見あたらないのだ。ここまで書いたところで絶賛母子密着中の娘が母親が寝床にいないことに気づいて泣き出したので、文豪とオカンと萌えの話は次回に続く! 

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