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『「うつ」は病気か甘えか。』刊行記念 村松太郎×斎藤環対談

2014.05.16 公開 ツイート

『「うつ」は病気か甘えか。』(幻冬舎)刊行記念 村松太郎×斎藤環対談

後編 「うつは薬で治る」は幻想!? 村松太郎/斎藤環

 うつと「引きこもり」

 

斎藤 村松先生の本にも例として出てくる「引きこもり」についても、少し話をさせてください。私は引きこもりを臨床単位にしないほうがいいと考える立場なんですが、そこには政治的な理由があるんです。きっかけは、80年代から続いた不登校論争。「不登校は病気か否か」という論争が、戸塚ヨットスクール事件から一気に盛り上がったんですね。私の師匠である稲村博氏が、不登校が政治的イシューであることを無視して「不登校は将来無気力症になる」という主旨の発言をしたものだから、不登校団体から猛烈な批判を受けた。児童青年精神医学会からもメチャメチャに叩かれましたね。調査委員会ができるほどの騒ぎになって、アカデミズムの世界からは抹殺されてしまったんです。そういう経緯があって、不登校は「状態」であって臨床単位ではない、というコンセンサスができました。私の認識では、この不登校の延長線上に引きこもりがあるんですよ。
村松 それは、歴史的に見てということですね。

斎藤 「引きこもり」という名前がつく前は、卒業して学籍がなくなったのに不登校状態の人を何と呼んでいいかわからなかったんです。中学を卒業しても家にいる人は「不登校」ではないですからね。そこで稲村氏は「無気力症」や「アパシー」という概念を無理やり当てはめたんですが、「不登校を病気扱いするのはけしからん」と批判された。その余勢を駆って、その後「引きこもりを病気扱いするのもけしからん」という話になっているので、私が「引きこもりは病気です」なんて言おうものなら、一斉に叩かれるであろう状況がまだくすぶってるんですよ。それは過剰な医療化である、と言うわけです。
 しかも、ほんの一握りですが「適応的な引きこもり」もあるんですよね。たとえば「青色発光ダイオードを発明した中村修二先生は半年間引きこもって研究した」とか、「法然は比叡山に引きこもって修行した」とか、そういう話はいろいろあります。達磨大師とか大山倍達とかデカルトとかの名前を挙げて、「修行時代に引きこもった人はたくさんいる。だから引きこもりは素晴らしい」と言いたい人が大勢いるんです。ちょっと前ですが、かの吉本隆明さんや芹沢俊介さんといった評論家の先生方は、そういう文脈でのひきこもり擁護派でした。臨床家としての私の見立てでは、99%以上は病気と言って差し支えない状態ですが、せいぜい1パーセントにも満たない適応的引きこもりの存在ゆえに、それは強く主張できない。その曖昧さが逆に他領域の人を呼び込んで、引きこもり臨床を豊かにしている面もあるので、私はポジティブに考えていますけどね。
 ただ、先生がご著書の中で引用した厚労省の調査結果にはかなり問題がありまして、あの調査に関わった人たちの多くは継続的な治療をしていないドクターです。相談に来た人をせいぜい数回面接しただけで、「発達障害」や「パーソナリティ障害」などと診断している。その結果、「引きこもりは発達障害が3割」という途方もないデータになっているのですが、そもそも発達障害を数回の面接で診断するのは暴挙に過ぎます。3ヶ月から半年ぐらいかけないと「成人のアスペルガー」などと診断してはいけない。そんなわけで、引きこもりを精神障害として見る立場にも、かなりバイアスがかかっているんです。
 もう一点、引きこもりというだけで医者が診たがらないのも問題です。引きこもりは本人が来たがらず、支援するには家族相談が必須なので、家族の相手ができない医師は引きこもりを診ない。家族相談のスキルがないんです。そのため、家族が相談に行く先はひきこもり地域支援センターの窓口か支援団体みたいなところしかありません。しかし現在、引きこもり支援で一番大きな成果を挙げているのは、就労支援なんですよ。もし病気として医療が囲い込んでいたら、そうはならなかったでしょう。医療化し過ぎなかったために、結果的に就労支援が伸びたのだとすれば、それなりの意義があったのだろうと思いますね。うつ病の場合、治療という視点がなければ就労支援もできないから医療化していいんでしょうが、引きこもりに関してはそういう視点もあるということをご理解いただきたいんです。
村松 だとすると、引きこもりに関する流れのほうが健全ですよね。うつは「甘え」も含めて完全に医療化されている。そこが不健全なんです。
斎藤 引きこもりを見習えと(笑)。まあ、うつの場合は名称の問題なのかもしれませんけどね。あれもこれも「うつ」と言い過ぎてしまった。われわれが診断すると、どうしても病名になっちゃいますから。そこにグラデーションをつけても、会社はデジタルに「病気か否か」で判断する。
村松 「内因性うつ病は心因性とは違う」という話をしても、「どこが違うか証明してみろ」と言われるとできませんからね。客観的、科学的には区別ができない。
斎藤 診断基準として広く使われているDSMは、医者でも看護師でもPSWでも誰でもこれさえ使えば診断できることを目指していますからね。内因性概念は、「職人芸」と言うと語弊がありますが、ある程度の経験を積まないとわからないものなので、完全に時代には逆行していると思います。誰にでも診断できるわけではない。でも本当に貴重な概念なので、これを捨ててしまうのはあまりにも惜しいですよ。患者さんにとっても、不幸だと思います。一律に薬を出されるのも不幸だし、逆に反精神医学の美名の下に「向精神薬などは一切使うべきではない」という極論も困る。
村松 たしかに、長い目で見れば、内因性という概念を使わなくなるのは患者さんにとって不幸だと思います。ただ、内因性のうつ病ではなくても、とにかく医療に頼れば楽になる人も多いわけですよね。
斎藤 一方で、うつ病と統合失調症は、たぶん脳の異常であろうと推測されるので、「これを検査すれば確定診断ができる」というバイオマーカーを特定するための研究を進める話もあります。徹底してバイオロジーを究める方向性ですね。しかし私は、これからは次第に軽症化が進んで「治療」と「支援」の区別もつかなくなり、ボーダーレスになるだろうと予測しています。ひたすらバイオロジーを極めようとする立場と、「バイオロジー以外」を志向する立場とで、精神医学の未来に対する考え方が両極化している。
村松 私は、両極化してるとは思わないですね。全部をいっぺんにはできないので、ある人はバイオロジーをやるし、ある人はバイオロジーから離れた精神療法的なことをやっていますが、どちらも自分の専門分野が絶対だと思ってるわけではない。思ってる人もいるかもしれませんが(笑)、最終的にはそれを統合するために、いまはそれぞれの専門分野をやっているにすぎないのではないでしょうか。
斎藤 多元主義的な方向性に進むのは、たしかに望ましいと思います。村松先生はバイオロジーの方だと思っていたんで、安心しました(笑)。
村松 もともとはそうでしたが、まあ、精神医学はバイオロジーだけじゃ限界があり過ぎると考えるようになって手を広げたわけです。

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村松太郎/斎藤環

村松太郎(むらまつ・たろう)
1958年、東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部精神・神経科准教授。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本医師会認定産業医。刑事・民事事件精神鑑定なども行なう。主な著書に『認知症ハンドブック」(共著、医学書院)、『統合失調症という事実(ケースファイルで知る)』(監修、 保健同人社)、『名作マンガで精神医学』(監修、中外医学社)、『現代精神医学事典』(共著、弘文堂)、『道徳脳とは何か』(訳、創造出版)、『思春期臨床の考え方・すすめ方 前頭葉機能からみた思春期の病理』(共著、金剛出版)、『臨床神経学・高次脳機能障害学 -言語聴覚士のための基礎知識』(共著、医学書院)、『レザック神経心理学的検査集成』(監訳、創造出版)、『よくわかるうつ病のすべて』(共著、永井書店)など多数。

斎藤環(さいとう・たまき)
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙。漫画・映画・サブカルチャー全般に通じ、新書から本格的な文芸・美術評論まで幅広く執筆。日本文化に遍在するヤンキー・テイストを分析した『世界が土曜の夜の夢なら』にて第11回角川財団学芸賞を受賞。著書に『社会的ひきこもり―終わらない思春期』 (PHP新書)、『生き延びるためのラカン』 (ちくま文庫)、『関係する女 所有する男』 (講談社現代新書) 、『思春期ポストモダン―成熟はいかにして可能か』 (幻冬舎新書)、『承認をめぐる病』(日本評論社)など多数。

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