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2014.05.27

第14回

微積は積分から 後編

大栗 博司

微積は積分から 後編

飛んでいる矢は止まっているか

 積分が面積や体積の計算と関連しているように、微分は速度の計算と関係している。そして、積分と微分の間には深い関係がある。これを見ていこう。

 この連載第$9$回の「無限世界と不完全性定理 前編」で、紀元前$5$世紀にゼノンが考案した「アキレウスとカメ」のパラドックスの話をした。ここではゼノンのもうひとつのパラドックスを取りあげよう。

 飛んでいる矢を考える。時間が瞬間の集まりなら、各々の瞬間に矢は空間の決まった場所にある。決まった場所にあるということは、動いていないということだから、飛んでいる矢は止まっているというのがパラドックスだ。もちろん、この主張はばかげている。では、何が間違っているのか。

 速さとは何かを反省してみよう。$1$時間で$3.6$キロ歩けるのなら、時速$3.6$キロ。速さというのは、進んだ距離をそれにかかった時間で割ったものだから、$$ \frac{3.6キロ}{1時間} = \frac{60メートル}{1分} \ , $$

で、時速$3.6$キロは分速$60$メートルに等しい。測る時間をもっと短くすると、$$ \frac{60メートル}{1分} = \frac{1メートル}{1秒} \ , $$

で、秒速$1$メートルになる。時間を短くすると移動する距離も短くなるが、同じ速さで進んでいるのなら時間と距離の比は変わらない。測る時間をどんどん短くして、ゼロになる極限を取ると、ある瞬間の速さが定義できるんじゃないだろうか。

 直線の上を左から右に移動しているとして、直線の座標$x$でその位置を測ることにする。時刻$t$での位置を$x(t)$とすると、時刻$t$から$t'$の間には$(x(t')-x(t))$だけ移動したことになる。その間の平均の速さは、$$ \frac{x(t') - x(t) }{t' - t} \ , $$

だ。そこで、$t'$を$t$に近づけていけば、$t' = t$となった極限で、時刻$t$の速さがわかるはずだ。ただし、この極限では、分子が$x(t) - x(t) = 0$で、分母も$t-t=0$。つまり、$0 \div 0$となっているので、注意しながら進もう。

 例を使って考えてみよう。たとえば$x(t) = t$とすると、$$ \frac{x(t') - x(t) }{t' - t} = \frac{t'-t}{t'-t} = 1 \ , $$

となる。極限で$0 \div 0$になりそうなのは、分子と分母の両方に$(t'-t)$があるからなので、両方の$(t'-t)$をキャンセルした後では、$t'=t$としても問題は起きない。つまり、速さは$1$で一定ということになる。距離が時間に比例して増えていくのなら、速さは一定なはずなので、確かに正しい答えになった。

 次に、$x(t) = t^2$となっている場合を考えると、

\begin{align} \frac{x(t') - x(t) }{t' - t} &= \frac{t'^2-t^2}{t'-t} \nonumber \\&= \frac{(t' - t)(t'+t)}{t'-t} \nonumber \\ & = t'+t \ , \nonumber \end{align}

となり、ここでも分子分母で$(t'-t)$をキャンセルしている。これをキャンセルさせた後で、$t=t'$とすると、速さは$2t$。つまり、速さが$t$に比例して増えていくことがわかる。これを、$$ \lim_{t' \rightarrow t} \frac{t'^2 - t^2}{t'-t} = 2 t \ , $$

と書くことにする。左辺の$\lim$という記号は、“limit (極限)”を取るという意味だ。

 $( x(t')-x(t) ) \div (t'-t) $で$t' \rightarrow t$の極限を考えると$0 \div 0$になってしまうようだが、これまでの例でわかったように、まず分子と分母の$(t'-t)$をキャンセルしてから極限を取れば問題ない。これが微分の定義で、$$ \frac{d x(t)}{dt} = \lim_{t' \rightarrow t} \frac{x(t') - x(t)}{t'-t} \ , $$

と表される。微分の考え方には、英国のニュートンとドイツのライプニッツが独立に到達したといわれているが、$dx/dt$という表記法はライプニッツによるものだ。この“$d$”は、積分の記号 $\int_a^b f(x) dx$ の$dx$の“$d$'と同じく「差」という意味の“difference”の$d$で、分子で$\big(x(t')-x(t)\big)$という「差」、分母で$(t'-t)$という「差」を計算して、その比を計算してから、$t'-t\rightarrow 0$という極限を取るということを表している。

 ゼノンのパラドックスに戻ると、問題になっているのは、まさしくこの、$$ \frac{x(t') - x(t)}{t'-t} \ , $$

で、$t' \rightarrow t$の極限をどのように計算するかということだ。分子と分母の極限を勝手に取るとパラドックスが起きる。たとえば、分子の$x(t') - x(t)$を先にゼロにすると、これは$0\div (t'-t)$になって、その後で分母の$(t'-t)$を小さくしていってもゼロのままだ。これが「飛んでいる矢は止まっている」という意味だと思う。つまり、ゼノンのパラドックスは、極限の取り方の問題だったんだ。分子と分母の極限を別々に考えるのではなく、$\big( x(t') - x(t)\big)\div (t'-t)$の分子分母を合わせた全体について、$t' \rightarrow t$の極限を取れば「瞬間の速さ」に意味がつけられる。このことがわかるのには、ゼノンの時代からニュートンやライプニッツまで$2100$年以上の年月がかかった。

 

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