「ふつうのサッカーで起きることがブラインドサッカーでも起きるのは当たり前」――前回のコラムで、私はそんなことを書いた。障害者だろうか健常者だろうが、真剣にサッカーをやっていれば審判の判定に不満を抱くこともあるし、文句だってつける。当たり前である。当たり前のことを「当たり前だ」と書くのは、実に面倒臭い。だが、「障害者モノ」にウットリしやすい人は当たり前のことが見えなくなるから、ときどきそんなことも書かなければいけないのだった。

 とはいえ、障害者スポーツを美化して語る人々が、本当にウットリしているとはかぎらない。そういう語り方が「正しい作法」だと思い込んで、「純粋で美しい」「障害に負けずにがんばる姿に感動した」といった感想を半ば自動的に口にする人も多いだろう。ニュース番組の街頭インタビューで「消費増税をどう思いますか?」と聞かれた人が、「政治家は庶民の生活がわかってない。国民目線で考えてほしいです」みたいな紋切り型を口にするのと同じことだ。「こう言っとけばいいんでしょ?」的なお約束コメントである。障害者スポーツにも、そんな面があるように思えてならない。マスメディアはそんな「作法」どおりのコメントを好んで使うから、ますます紋切り型が定着する。

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