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文化系ママさんダイアリー

2010.07.15 公開 ツイート

第五十六回

「女の子の絵本、男の子の絵本」の巻 堀越英美

「ありがと~てつたーえたーくてー…見るの!」
「ちんじたこのみちもーたちかめてゆくーよびーいまーゆっくりとーあるいてくとぼー…見るの!」

 保育園から帰って来るなり、朝の連ドラ『ゲゲゲの女房』を見せろとうるさい娘。見せるまでオープニングテーマを空耳状態で歌い続けるので、根負けして見せるしかない。

 娘がどんな子供番組よりも『ゲゲゲの女房』に固執しているのはほかでもない、“藍子ちゃん”目当て。水木しげるご夫妻の長子として登場する乳幼児である。0~1歳児がこれほどひんぱんに登場するドラマ、今まであっただろうか。フリーダムに泣き、うんちをもらし、乳を求める、制御不能の野生動物をドラマに使うのはどうしたって難しいはずなのに。おそらく大規模な赤子オーディションを開催して、日本一クールな赤子を選出したに違いない。人の見分けがつく1歳児の子役に交代してからは、母親役の松下奈緒より父親役の向井理のほうになついているのが表情からも伺え、それもまた微笑ましい。祖母役の竹下景子にあやされて台詞らしきものを発したり、なかなかの名女優ぶりだ。娘からすると、自分とそう年が変わらない女の子が大人にまじってテレビに映っているというのがグッとくるらしい。『みいつけた!』のスイちゃんも、『いないいないばあっ!』のことちゃんも、だいぶお姉さんだからねえ。

 特に藍子がビー玉をのどに詰まらせるシーン。これが2歳児にとってスリリングだったらしく、何度もリピートして見せろと迫る。確かに異物をのどに詰まらせて窒息しかけるなんて、乳幼児にとって人ごとではない事件。ケータイ小説が若年女子の身近に起こりうる悲劇としてレイプ、妊娠、ドラッグ、不死の病を扱ってウケているように、オバケ、母親の失踪、ビー玉誤飲、ソファからの転落といった乳幼児的悲劇を矢継ぎ早に盛り込めば、乳幼児バカウケの絵本が作れるのでは……。クンクン、マネーの香り!

 などとTwitterに書き込んでみたら、2歳男児をお持ちのお父さんから「トラウマになるのでは?」というツッコミを頂いた。あ、普通はそうか……。しかしせなえいこ先生のこわすぎるオバケ絵本シリーズ、母の失踪を扱う名作絵本『よるくま』(酒井駒子)、大事なぬいぐるみが列車にはさまれたり野犬に連れ去られたりする『こんとあき』(林明子)と、娘が好きな絵本はスリルいっぱい。あれ?子供は怖いの好きなの?キライなの?どっちなの?

 もしかしたら怖い絵本の描き手がいずれも女性作家である、というところにヒントがあるのだろうか。これまで我が子の嗜好から性別を特に意識したことはあまりなかったけれど、女子はスリル好き、と雑にまとめてみると、思い当たる節がないでもない。会社員時代に女性ユーザー多めのケータイサイトの企画に関わっていたとき、恋愛ネタに次いでユーザーのアクセスを集めたのは怪談ネタだった。ケータイ小説もそうだけど、女性週刊誌、昭和の『婦人公論』など、女性向けとされる読み物はたいがい不幸がてんこもりである。ビジネスマン向けの週刊誌で「ああ、馬鹿っ社長!経費で愛人囲って倒産の悲劇!」「まるで僕はATM?巨漢妻に弄ばれ続けて」といった見出しが躍っているのは、あまり見たことがない。絶叫マシンが苦手な人というのも、男性のほうが多いようである。自らの財産や命を危険にさらすのが好きな人は女性よりも男性のほうが多いだろうから、安全が確保された状態での擬似的な不幸や危険を好む人が女性に多い、と言ったほうがいいのかもしれない。

 逆に女性作家にはない、男性作家ならではの特徴はあるだろうか。考えてみると、『はらぺこあおむし』(エリック・カール)然り、『なにをたべたかわかる?』(長新太)然り、「(食べ過ぎなどで)だんだん体が巨大化する」というモチーフが多いような気がする。確かに男性は大きくなったり小さくなったりするものを抱えているからねえ。て、そんな連想をしちゃったら、もうまっさらな気持ちであおむしくんを見られないよ!

 長新太といえばナンセンス絵本の大家だが、『おばけがぞろぞろ』(佐々木マキ)、『もけら もけら』(山下洋輔)、『もこ もこもこ』(谷川俊太郎)、『がちゃがちゃどんどん』(元永定正)のようなナンセンス絵本を描くのも、ほとんど男性作家だ。受動的な不幸にさらされやすい境遇にある女性は悲劇の浄化によってカタルシスを得、論理や意味の体系に縛られやすい男性は意味の浄化によってカタルシスを得る、と安易に一般化したら怒られそうですけれども。

 一般的には男児の趣味とされる乗り物・昆虫モノも娘は好んでいるので、2歳児に性別の区分を当てはめるのは少々乱暴だったかもしれない。それでも最近、3歳を目前に控えてスリル無縁の「ザ・女の子」な絵本にハマりだしている。それは『チリとチリリ』シリーズ(どいかや)。双子の姉妹が海の中のカフェで貝のソファに座って食すメニューが「なみの あわパフェ まきがいふう」と「うみの ソーダゼリー しんじゅクリームのせ」だったりするような、ユーミンとメルヘンが融合した世界がたまらない(『チリとチリリ うみのおはなし』)。周りのエビや魚たちが貝にちょこなんと座ってそれぞれカフェっぽいスイーツを食しているのもキュート。娘もこのシーンでテンションが上がるらしく、ページを開くたびに「ワーッ」と騒いでいる。『チリとチリリ はらっぱのおはなし』に出てくる「はちみつボールカステラのはなびらちゃきんつつみ」や「しぼりたてはっぱの ミックスジュース」、「ホタルいしキャンディ」もヨダレものらしい。花、スイーツ、キラキラ光る石、手芸用具、雑貨。チリとチリリの世界は、どれをとっても“女子”そのものだ。そうか、君も女子であったか。いずれは君も、代官山の隠れ家的カフェでほうじ茶黒糖チャイ風ゼリー的な謎スイーツを食したりするのか。そしてOL同士回し食べか。クリスマス前は限定コフレで並ぶのか。

 七夕で保育園の笹に下げられた短冊を見ると、男の子ならシンケンジャー、女の子ならプリキュア関係のお願い事が並んでいる。今のところほしいものを聞かれて「ビスコ!」と即答する娘も、字が書けるようになったら、プリキュアの変身玩具をねだったりするのだろうか。アニメのかわいい少女に憧れて、身の処し方を学んで、そうしてどんどん女の子になっていくのだろうか。いや、そのほうが生きやすいだろうからぜひそうなっていただきたいのだけれども。ダンゴムシを追いかけ回すようなイノセンスがいずれ終わってしまうのが、せつないような気がするのだった。 

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文化系ママさんダイアリー

フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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