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2010.09.15

第五十九回

「『アーティスト枠』に生まれて」の巻

堀越 英美

「『アーティスト枠』に生まれて」の巻

 やっぱり、呼び出しをくらってしまった。3歳児健診のことだ。

 娘は重度の人見知りである。特に相手が初対面の大人だと、どれだけの好意を向けられようとも固まってしまう。そんなわけで、健診で発達を確認する質問には、何一つ答えられなかったのだ。
「すみません、うちの子人見知りなんです。緊張しているみたいで……」
「緊張? ずいぶんリラックスしているようですけど」
 横を見れば、椅子の上におもちゃを広げて自分の世界に入りきっている3歳児が。
「えーとこれはあのー、緊張のあまり自分の殻の中に閉じこもっているというか、あ、閉じこもっているといっても慣れれば心を開くんですけれども(シドロモドロ)」
「じゃ、お母さんがこのカードを持って質問してください」
 娘は遊びの手を止めないまま、次々とおもちゃの包丁で正解を指し示す。どっちが大きいだとか、動物の名前だとか、見ればわかることを遊びで忙しいアタシに聞くなよ、とでも言いたげな仏頂面だ。
「……上に行って、個別面談を受けてくださいね」
「……はい」
 来る前から、大体こうなることは想像がついていたのだけれども。

 面談室に行くと、おもちゃコーナーで遊んでいるのは男児ばかり。担当の保健師さんに「男の子ばっかりなんですねー」と水を向けると、「ええ、男の子のほうがこだわりの強い子が多いんですよ」。なるほど、我が子は「こだわりの強い子」枠で呼ばれたのか。

 ともあれ、男児ばかりだったおかげでおままごとセットを独り占めすることができた娘は、徐々に心を開き、活発に話すようになった。

「場に馴染めばお話はできるんですね。マイペースってことかな」
「よく言われます……」

 こだわりが問題なら、と「家に帰るとワンピースを何枚も重ね着して、脱がそうとすると怒る」「ワンピースを脱ぎたがらないので風呂に入れようとするだけで泣きわめく」「お絵かきするにも絵の具、水性ペン、クレヨン、消しゴムスタンプと数種類の画材をとっかえひっかえする」「お城を作っている最中に親がさわると怒る」などの女のこだわりエピソードをカイチンしてみることにした。

「それで困っていることはありますか」
「お風呂に入れるのが大変ですね。あと洗濯モノが若干増えるのが困るといえば困ります。で、ウチの子、何かおかしいんでしょうか」
「うーん、芸術家肌なんでしょうね」

 芸術家肌。よもや健診でそんなふんわりした診断結果をいただくことになろうとは。考えてみれば「こだわりが強い」も、相当ふんわり仕上げな言葉である。こだわりの酒、男のこだわりグッズ、こだわり派も満足のデリ。大人の世界では、「こだわり」は「オシャレ」とほぼ同義である。ところが育児業界でこの言葉が使われたら、親は心してかからねばならないのだった。「芸術家肌」といっても、モンパルナスのカフェでナントカ主義について談論風発するようなオシャレなアレでは、たぶんない。昔、仲間内で大胆な遅刻を重ねる人を「あの人は“アーティスト枠”だから」と特別扱いしたものだけど、たぶんそれと同じ扱いだと思っていたほうがよさそうだ。保健師さんの言葉選びがふんわりしがちなのは、親を必要以上に悩ませないようにという善意の現れなのだろう。

 それにしても「芸術家肌」とは、よくいったものだ。ありえない組み合わせのワンピース重ね着も、アーティストなら仕方がないと思える。初対面の大人に壁を作りがちなのも、気分のアップダウンが激しいのも、風呂から逃げ回るのも、みんなみんなアーティストだから。小さなYOSHIKIが家にいるようなものだと思えばいいのだろうか。そりゃ面倒臭いわ。

 そんな芸術家肌でアーティスト枠の我が子が、最近になって毎晩読めとせがむのが、絵本『もしゃもしゃちゃん』(マレーク・ベロニカ)。その名の通り髪の毛をとかさない、歯も磨かない、顔も洗わない小汚い女の子「もしゃもしゃちゃん」が、妖精のコスプレをしたいと言ったばかりに他の子供達にバカにされ、くさくさして森へしけこむ話である。そこで出会ったハリネズミたちに助けられ、身繕いを覚えて見事妖精コスプレに成功。美しい妖精姿で変身前のもしゃもしゃ画像を誇らしげに手にしているのが、ビューティ・コロシアム的だ。娘はどちらかというと、前半のもしゃもしゃぶりに夢中であるらしい。さすが芸術家肌。母も、もしゃもしゃ時代のほうがパティ・スミスっぽくて素敵だと思うわ。しかし何度も読むうちに「●ちゃんはお風呂に泣かずに入れるよ?」と言いだしたので、何かしら思うところはあったのかもしれない。

 風呂に入らない小汚い主人公といえば、『ぐるんぱのようちえん』(西内ミナミ作、堀内誠一絵)もそうだ。イイ年をしても1人でぶらぶらしている「ぐるんぱ」に業を煮やした他の象たちが、「では、はたらきに だそう」と親族会議。皆で臭いぐるんぱを川に入れて磨き上げ、半ば強引に社会へ送り出す。ビスケット屋から自動車工場まで、ぐるんぱは元ニートなりに一生懸命働くのだが、努力が空回りしてどの職場でもクビになってしまう。そしてぐるんぱはインターネットで爆弾の作り方を調べ……たりは決してせず、大きい体と転職歴を活かした仕事につき、ようやく成功を収めるのだった。今のところ娘が食いつくのは、やっぱり風呂に入れられるシーンである。いずれ生まれながらのアーティスト枠として就職に難儀するようになったら、この本のことを思い出してサクセスへの道を歩んでほしい。とりあえずその頃には自発的に風呂に入るようになっててほしい。

 そのほか娘が好んでいるのは、『やっぱりおおかみ』(佐々木マキ)。こちらは自分の居場所を持てないひとりぼっちのおおかみが主人公で、最終的に「やっぱり おれは おおかみだもんな おおかみとして いきるしかないよ」と、自分の業を受け入れて1人で生きていくことを選ぶというストイックな物語である。いよいよサクセスへの道が閉ざされても、アーティスト枠として生きるしかないよ、と受け入れてくれれば幸いだ。こうしてみると、アーティスト枠な絵本はけっこう多い。絵本作家自体、かなりイレギュラーな進路選択であることを思えば当然なのかもしれない。

 発達が遅れててもいけないし、早すぎてもいけない。健診のような「ふつう」であることが求められる場は、私自身、昔から苦手だった。「5段階評価でオール4をとるのが最良」な世界よりは、「ある領域では1だけど5の部分がすごいからオールオッケー!」という世界のほうがなじみやすい。それが文化系というものである。とはいえ娘が成長していく過程で、「ふつう」にできないためにダメ出しをくらうことは、これから先も山ほどあるのだろう。そのとき、絵本の中の仲間たちがそっと寄り添ってくれればいいと思う。

 と、先ほどついに6枚のワンピースの重ね着に成功して、アーティスト改めかぶき者と化している娘を見て思うのだった。爆弾作ったりするのでなければなんでもいいです。 

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