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文化系ママさんダイアリー

2010.10.15 公開 ツイート

第六十一回

「ショッピングモールからテン年代を考える」の巻 堀越英美

 文化人の間で今、「ショッピングモール」問題が熱いらしい。地方の風景がどこも同じショッピングモールに侵食されつつある状況を嘆く人、子連れや障害者に優しいバリアフリーなショッピングモールこそが新たな公共圏として機能しうるのではないかと反論する人、文化や地域共同体を壊すショッピングモールを称揚するなんて家畜的消費だケシカランと憤る人。論争を追っているわけではないので適当な理解だけど、だいたいこんな感じで合っているかと思う。

 確かに『散歩の達人』で紹介されるような文化的な街はバリアフリーには縁がなく、子連れで訪れるにはちと厳しい。ただ都内にあるようなこぢんまりとしたショッピングモールしか知らないので、「若い子連れの夫婦にとってショッピングモールほど便利で快適な場所はない」とまで言われると、「そこまで楽しいところだったっけ?」といぶかしむ気持ちもなくはないのだった。

 一方、夫は郊外にあるような巨大ショッピングモールが好きらしく、ときどき娘と一緒に電車を乗り継いで出かけている。どこが好きなのかを聞いてみたら、「買い物が好きだから。何も買わないけど」とミステリアスにもほどがある答え。郊外の巨大ショッピングモールには、一言では語り尽くせない魅力があるらしい。つまらない場所だったら人も来ないし、そもそも論争にもならないはず。私も巨大ショッピングモールに足を運んで、ママさん視点でその快適さを体感してみたい。越谷レイクタウンにあるという日本最大級のショッピングモール「イオンレイクタウン」を、一家3人で訪れてみることにした。

 駅に到着してみれば、モール直通のエスカレーターからすでに行列が始まっている混雑ぶり。入り口に子供をのせるカートが常備されているのは近所のスーパーと変わらないが、ここにあるのはアンパンマンやきかんしゃトーマス、ミニーマウスなどをあしらった華やかなハンドル付きのキャラカート。ハンドル周りのおもちゃも豊富で、「子連れ大!歓!迎!」という雰囲気をひしひしと感じる。都内ではベビーカーは邪険にされるので子供が歩き始めてからは強引に卒業してしまったが、ここはカートが邪魔にならないどころか、子供が多少走り回っても問題ないくらい通路が広い。はしゃぐ子供をいちいち叱らなくていいのは助かる。もちろん車椅子も常備されていて、何人か利用している人を見かけた。バリアフリー万歳。

 さっそくおもちゃでも買ってやろうかと「大中」に近寄ると……私の記憶では中華雑貨屋だったはずなのだが、なぜか女子中学生向けのフワモコ系服屋の様相に。中国関係なくなってないか。いや、産地は中国だったりするのだろうか。

 一方、私の記憶ではサブカル本屋だったはずの「ヴィレッジヴァンガード」の店頭は、まさかのアンパンマン大フィーチャー。

「ヴィレッジヴァンガード」の店頭は、まさかのアンパンマン大フィーチャー

 娘がおもちゃに夢中になっているのはいいのだが、本屋なのに本が見当たらない。お子様御用達のおもちゃ屋になってしまったのか。やはり出版業界は衰退していく運命なのか。不安になって「本はどこ……」と雑然とした店内をさまよってみたところ、ようやく書籍が陳列されている場所に行き当たった。料理本コーナーらしいのだが、おかず百選のような主婦向け実用書ではなく、『作ってあげたい彼ごはん』シリーズ、『恋が生まれる愛のレシピー彼をその気にさせる艶っぽい料理から、和みの癒しごはんまで』『YOMEカフェレシピ』といった発情系レシピ本ばかりが目立つ。ヴィレッジヴァンガードおなじみの店員手書きのPOPも「コレ買ってヤル気になってたのに、さよならしちゃったら2度と開かない…ってゆうのはナシね」。ヤル気って、なにをヤル気?

 さらに近くをさまよってみると、「乙女とはキュン死にすることと見つけたり!」と大きく書かれた恋愛本コーナーを発見。『永遠に彼が夢中になる恋愛のルール』『あの人の本命になる恋愛の極意』『恋愛上手とっておきの方法』等々、私の知らないピンク色の世界が広がっている。食欲と性欲の2段構えで狙った獲物を落とす算段だ。ああ、こんな重装備の女子たちには勝てる気がしない。そもそも私は土俵にすら上がれやしなかったんだっけ……。そんな女磨きも空しく恋が散ってしまった人には、「たまには思いっ切り泣いてみようよ。」という泣きコーナーも。『“泣きたい日”の夜に読む本』『ひとり、思いきり泣ける言葉』『なにもかも嫌になって泣きたいときに読む本』。泣くための本がこんなに出版されていたとは。勉強になる。

 その奥には、失恋を免れてめでたくゴールインしたカップルのための結婚本コーナー。なんだか分岐まみれの恋愛アドベンチャーゲームみたいな店内だ。恋愛はいいが、サブカルは一体どこへ。もう一度店先に戻ってみれば、子供のおもちゃに混じって、絵本、人気タレントの育児エッセイ、育児マンガが並んでいることに気づく。子供のおもちゃ屋になったわけではないのだ。恋愛、結婚、生殖、育児という“女の国道”に沿って、雑貨と本が陳列されているのだった。なんという機能性重視のセレクトショップ。すっかり感心して土屋アンナの育児エッセイを手に取ったところ、のぞきこんだ夫が「手羽先にふりがなが振ってある……」とどうでもいいことに驚嘆。手羽先が読めなくても、YOMEカフェは作る。それが少子化時代のサブカルチャーなのかもしれない。生殖につながる国道は、今やケモノ道なみに細く、漢字力をアップしている場合ではないのだった。

 ちなみにダンジョンのような店の中を最奥までくぐりぬけていくと、廃墟写真集やメガネ男子本といった従来のサブカル本コーナーにたどりつける。サブカル冥府魔道に迷い込んだ人にやさしいヴィレッジヴァンガードもいまだ健在である。

 手芸用品チェーンのユザワヤは、ここではもっぱらファンシー文具とデコグッズのショップとしてにぎわっている様子。「シールこっちにあるよ~」と3歳児をうながしたところ、まだダイソーでビーズと髪ゴムを買っただけなのに、「お母さん買いすぎだよ!」と怒られた。「シールはおうちにいっぱいあるでしょ?おままごとの道具もいっぱいあるでしょ?だから買わなくていいんだよ」。近所の小さな100円ショップではシールを買ってくれとねだるくせに、ここでは妙に聞き分けがいい。でもわかる、その気持ち。ものすごく欲しいわけじゃないけど、あったら楽しいかもしれない。そんな商品がショッピングモールにはあまりに多すぎて、でもすべてを買うわけにいかないから、いちいち物欲をなだめなくてはいけない。それがとても疲れるのだと思う。周りを見渡せば、10代男女が原宿に本店のある古着チェーンのセールに長蛇の列をなしている。ここは子連れというより、彼らの場所なのだろう。息苦しい地元を忘れさせてくれるような新しい装備を手に入れることが、華やいだ未来につながると信じられる若者たちの場所。

 普通の本屋もあったので、児童書をのぞいてみることにした。売れている児童書ランキングコーナーで、少女が母親に「一期一会買ってよ~」とごねている。一期一会?そんなタイトルの児童書聞いたことないな~と調べてみると、「女の子たちの何気ないスクールライフをイラストとコトバでつづった文具シリーズ」で、アニメ化もされるほどのヒット商品であるらしい。そういえば、「あたしはガンコだからあんたに迷惑ばっかかけちゃうね。いつもごめんね、ありがとう」というような『NANA』のモノローグ風の書き文字とともに女の子同士が抱き合ってるようなイラスト入りの文具をときどき見かけたことがある。相田みつをのファンシー版だと思って気にもとめていなかったが、そんなに人気だったのか。児童書コーナーに並んでいたのは、『一期一会 恋の決心。選んでたどる恋ストーリー』『一期一会 キミの存在。選んでたどる友ストーリー』というアニメから生まれたゲームブックらしかった。私が子供の頃のゲームブックといえば、深海に沈んだ都市やらサハラ砂漠やら幽霊屋敷やらが冒険の舞台だったが、今は恋愛や友情それ自体が冒険なのか。楽しそうでもあり、ねっとりとして大変そうでもある。

 しかしそんな若者コミュケーション事情よりも気になったのは、いくたびも感じたオナラ臭なのだった。物欲を煽られるストレスは、若者の腸をも脅かしているのだろうか。地域共同体から解き放たれたショッピングモールでは、屁もまた肛門括約筋のくびきから逃れてスカされ放題ということなのか。それとも気がついていないだけで、私が放っているのか。大きな物語が失効し、女子が屁をこくテン年代。新たな公共圏をサヴァイヴするために、スカシっ屁と共存する力が求められている。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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