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文化系ママさんダイアリー

2010.11.15 公開 ツイート

第六十三回

「コスプレ嫌いの七五三」の巻 堀越英美

 ママさんたちの間で、ちらほら七五三の話題が出る季節。七五三……そういえばうちの娘も3歳だった。何をすればいいんだっけ。とQ&Aサイトなどをのぞいてみたら、「美容院、写真館、神社、料亭、すべて計画的に予約しておかないと大変なことに!」「8月の時点で衣装やヘアセットなどのレンタルパックの予約はすでに満杯」「10月から準備なんて遅すぎ!うちは5月にはデパートで一家の着物の手配を済ませました」等々、気迫みなぎる書き込みに軽くふるえるはめに。情報誌『あんふぁん』が2010年7月に実施した読者アンケートによれば、七五三にかける費用の全国平均は3万9276円。不景気にも関わらず、七五三費用は年々増加しているそうだ。近所の神社に行って千歳飴買ってくるだけじゃダメだったのか。早速ですが、サボってもよろしいでしょうか? でもこんな面倒なものをみんながわざわざお金をかけてやるということは、きっとそれなりの理由があるのだろう。一般的に想定される七五三をやらなかった場合のデメリットを列挙してみた。

1)双方の祖父母の機嫌を損ねる。
2)世間的にアウトローだと思われる。
3)幼少期の正装写真を残さないと将来後悔する。
4)神の怒りを買う。
5)友達がやっているのに自分だけやっていないと子供がやさぐれる。

1)夫は七五三をやったことがないらしい。私の両親からも特に何も言われていない。ありがたや。ちなみに不二家ファミリー文化研究所のアンケート調査を見たところ、年代が上がるほど七五三の実施率は低くなっている。大がかりな現代の七五三に引き気味なのは、祖父母世代のほうなのかもしれない。
2)七五三をやらないことでアウトロー扱いする人からは、すでにアウトロー扱いされているはず。
3)親戚の結婚式でドレスを着たことをもってクリアとしたい。
4)普段神を信仰していないのに1回だけ参拝するより、地元の神社でたびたびお賽銭を入れて手を合わせておいたほうが神の好感度もアップするのでは? 「いきなり豪華なプレゼントはNG。こまめに連絡とったり小さなプレゼントをするほうが女の子を落としやすい」という恋愛テクを神にも応用したい。それにもしも神が女だったら、着飾って参拝したほうが嫉妬を買いそうな気もする。それは山の神か。むしろ今どきの神様は女子力アップを怠った罪で罰を当てたりするのかも。氏神様が小悪魔女子じゃないことを祈るしかない。

 問題は5)か。将来の親子間闘争の芽は一つでもつぶしておきたい。今からレンタルは無理にしても、ネットショップで6000円以下の3歳女児向け晴れ着セットが売られていたので、娘に画像を見せて着たいかどうか聞いてみた。

「いらなーい。赤い水たまり(水玉)のエプロンがほしい!」

 最近台所の手伝いをしたがるので、「この包丁は危ないからダメ。今度子供用の包丁買ってあげるから」「じゃあ、赤い水たまりのエプロンも一緒に買って!」というやりとりを何度か繰り返していたところなのだった(ちなみに以前作った段ボールのおままごとキッチンは埃をかぶって見向きもされなくなってしまい、すでに廃棄済み)。

 安物だからダメなんだろうか。続いて「七五三」のGoogle画像検索の結果一覧を見せてみた。赤やピンクの着物にひらひらしたレース、リボンの髪飾りと、いかにも女の子が好みそうなものばかり。どれか一つくらい気に入るものがあるでしょうよ。

「なんにもきたくなーい」
「どうして着物を着たくないの?」
「だっておうちにないふくだもん」

 要するに異装が嫌いということらしい。そういえばドレスを着せられたり、運動会でアンパンマンのコスプレをさせられたりなどすると、たちまち(・_・)こんな顔になって不機嫌をあらわにする。一方で、ハロウィンで仮装をするというので家にある馬の顔のフードがついたポンチョを持たせたときは、機嫌良く馬になりきっていた。ディズニープリンセスのドレスを着た女友達に囲まれた姿はひときわ地味だったが、全く気にしていない様子。思えば自分もそうだった。最も古い羞恥の記憶は、ピンクレディーの衣装を無理矢理着せられて外に出されたとき。とにかく変わった格好がイヤだったし、アイドルの衣装を身につければ女の子は喜ぶはずという大人の思い込みもイヤだった。7歳の七五三では、近所の写真館で撮った写真が知らぬ間に大きく引き延ばされてショーウインドーに掲示されてしまい、通りがかるたびに恥ずかしかったのを覚えている。以来、成人式も大学の卒業式も欠席、結婚式はやらずじまい。コスプレを要求される式典はできる限り避けてきた。もう、そういう血なんだな。コスプレ嫌いの血。目立つどころか、できることなら大地と同化したい。アースカラーは我々の保護色。

 子供がそんなにいやがるなら仕方がない、という面目も立ったことだし、普通の七五三は正々堂々とサボることにした。これで3万9276円が浮いたことになるのだから、代わりにエプロンでも包丁でも、なんでも買うたるわ!と、気が大きくなってネットショップで散財。

 赤い水玉のエプロンが届くなり、「ウヒャー!」と飛び上がってはしゃぐ娘。片時も脱ごうとせず、寝るときもエプロンを外したくないとごね、起きるなりウキウキとエプロンをつけに行く。1000円そこそこのエプロンでこんなに喜ぶなんて、なんてハイコストパフォーマンスな孝行娘なのかしら。エプロンをつけたままゴミ袋を抱えてゴミ収集所に向かうさまなどは、ミニオカンと呼ぶにふさわしい貫禄。料理もしたがるので、思い切って包丁を使わせてみることにした。

「3歳でも包丁は使える。少々指を切ったとしても危ないというのが理解できるから、子供の五感も育つ」というのが台所育児を提唱するカリスママダムの言。すでにハサミは自由に使えるということもあって、子の危機管理能力はそれなりに信頼していたのだが、これが想像以上にスリリング。
「野菜もつ手は指曲げて!ネコの手にして!そうじゃなくて!ネコの手わかんない?じゃあグウの手にして」
「もてなーい!むずかしいよ!」
「ギャー刃を人に向けちゃダメー。もうお母さんに返してー」

 もう一度、子供に包丁を使わせる心得を読み返してみたら、「親は手を出さず、心配でも見守っていなくてはいけない」とあった。それが一番難しいというのに。腱を切るような取り返しのつかないケガさえさせなければいいのだ、と気を取り直してキュウリを切らせてみることにした。危なっかしいながらも、文字通りの“乱切り”に成功。次に豆腐を切らせてみたら、やたら細かく切りきざんで何に使えばいいんだという代物になってしまった。しかし子供は純度100%のドヤ顔でこちらを見る。バラエティに富んだ食材をいじるのは、おままごとより砂場遊びより楽しいだろうねえ。私は見守るストレスでぐったりだけど。いや、子供の不機嫌をいなしながら七五三をするストレスに比べたら、たいしたことないか。七五三がイヤすぎて、いろんなことのハードルが下がっているのを実感する。とりあえず包丁を使えたことを浴びるように褒め称え、さんざんにちやほやしたので、これをもって子供の成長を祝う我が家の七五三としたい。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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