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2008.05.01

雨宮塔子の食事日記7

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記7

3月31日

“C’est classe,hein!?”(それってクラスじゃない!?)
 ロンドンへの日帰り旅行の企画を持ち出すと、友人のソフィの口から“classe”という単語が飛び出した。この単語をパリジャンは好んでよく使う。例えばブティックの店員さん。試着室で「どちらがいいと思う?」と尋ねれば、それぞれの長所を並べたてて、無難にまとめる術など知らない彼女たちは、たいていズバッと意見を言ってくれる。「そっちも悪くはないけれど、こっちはクラスよ」といったように。
 クラス──。辞書で引くと“上品な”とか“シックな”といった形容詞が挙がってくるが、ここでいう“クラス”は日本でいう“ハイクラス”のニュアンスに似た、他のものとは別格扱いの、イケてるもの、ことという意味に近いだろうか。
 前置きが長くなったが、ロンドンへの日帰り旅行というのは、ソフィのような遊び慣れたフランス人マダムにとってみても、なかなか思いつかないことらしい。なぜだろう……。ユーロスターで片道2時間半ほどで着いてしまうのだから、日帰りといってもそんなに乱暴な話ではない。それに、この企画の立案者、ノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)を含めて、私たち三人は一応まだ幼い子供を抱える身。「クラス」好きの不良の母親だって、子供を置いて遊びに行くのは、やはり日帰りが限度なのだ。
 ネットでかなり事前に予約登録すると、往復100ユーロ未満で行けるのよ、とノリノリから誘われたのは2カ月前。2カ月後にアジア各国を回る長期出張に出るキミさん(ノリノリの旦那様)の留守に女同士で息抜きしようと思い立ったらしい。
 ウチはウチで、早朝にパリを出て、深夜に戻ろうが、下手すると女房の留守を気づかれないような生活環境。1カ月に一度の彼の日本出張の際には、一人でパリの家庭を守ってんだから、たまにはいいよね(まぁ、向こうは仕事でこっちは遊びだけどさ)、と彼には相談ナシでさっそくベビーシッターさん確保に動いたのだった。
 当日の朝は6時40分にタクシーを予約。遊び事だと早起きも苦ではない。午前様で帰宅しても、ゴルフのためならいそいそとベッドから起き出してくる父の気持ちがよくわかる。でもそこは女であって子持ち。自分のことしかやらなくていい男とは違って、一日家を空けるためにはけっこうな労力がいる。ごはんのつくり置きから、子供を見てくれるシッターさんへの指示etc……。
 それでもノリノリと一緒に乗り込んだタクシーのシートに身をゆだねると、早くもウキウキしてくる。ロンドンかぁ。最後に行ったのはダーウィンの番組でのロケだったから、4年ぶりかも。息子を妊娠中で、私にしては食欲が無かったのだけれど、本格的なインドカレーがつわりの体に妙にヒットして、毎晩でもいい、と思ったっけ。そうそう、今日のお昼にも、ノリノリがとあるインド料理店を予約してくれている。ロンドンで働いていたこともあるソフィにお昼の相談をしたら、「ロンドンなら、インドか中華」と即答が返ってきたという。ちなみにソフィは旦那様の赴任で香港に住んでいたことがあり、本格的な中華や和食にも強い。
 ユーロスターの乗り場でソフィと合流。ラップドレスという彼女らしいフェミニンな装いに足元はフラットなブーツ。何の打ち合わせもしていないのに、三人が三人共、足元はフラットブーツだった。これから帰りの20時5分のユーロスターの出発時刻まで、おそらくフルに歩き回るのだから、疲れにくい靴であることが必須だった。
 列車で二時間半とはいえ、外国に行くので、当然パスポートチェックがある。印象的だったのは、2度のパスポートチェックがフランス側とイギリス側で分かれているということだった。2メートルと離れていない二つのブースで、フランス人とイギリス人の係員が働いているのだ。容貌からはイギリス人だか、フランス人だか見分けがつかないので、フランス語で話していたかと思うと、次に回されたブースでは早口なイギリス英語でまくしたてられるので戸惑う。でもそこはイギリス暮らしの長いソフィ。日帰りでの旅行目的をいぶかしがられると、「ショッピング!!」と叫んで謎のポーズを決め、ひとりキャッキャッと浮かれている。こんなフランス人、あまり見ない。
 車内で行きたい所などを確認し合っているうちに、あっという間にロンドンに着いてしまった。電車やバスは一回乗っても4ポンドぐらいかかるらしい。ならば7ポンドほどの一日乗車券を買った方がずっと得だということで、一日券の券売機の長い行列に並ぶ。地下鉄での移動はまったく苦にならない。N・Yでもイタリアでも躊躇せず地下鉄には乗る方だ。今回は日帰りということもあって、移動時間の読める地下鉄に乗ることで、意見が一致していた。そう、どうせなら最後まで地下鉄で通せばよかったのだ……。
 最初の散策地にコヴェント・ガーデンを選んだのは、ここでのマルシェが午前中しか開いていないからだった。月曜日の午前中しか開かれないモード関係者御用達のヴィンテージ専門マルシェがあると、パリの友人から情報を仕入れたノリノリと私が、どちらかというとコンサバなテイストのソフィを巻き込んで絶対行こうと決めていた場所だった。
 が……。パリでもあまり見かけないほど不発な市だった。モード関係者らしき姿など、ひとりも見かけなかった。三人共言葉少なに早々と退散する。まぁ、まだロンドンの旅は始まったばかり。お昼に予約を取ったケンジントン・ハイストリートにあるレストランまで、街を散策しながら行くことにした。
 今回の旅でわかったことのひとつは、お腹が空いているとショッピングにも力が入らないということだ。朝は時間がなくて食事が摂れなかった私と、朝食を摂る習慣のないノリノリの生気のない足取りと比べて、タルティーヌを食べてきたというソフィは余裕な表情で買い物袋が増えていく。とはいえ、中味はすべて子供たちへのお土産ばかり。たしかにロンドンのおもちゃの品揃えはパリよりパワーがある。お洒落で可愛らしい、どちらかというと子供たちより買い与える大人の方が欲しくなってしまうようなものがパリのおもちゃの特徴だとしたら、ロンドンのそれは子供が本当にそれで遊びたがるような品々のという気がする。
 インド料理店、“zaika”はノリノリによると、ローリング・ストーンズ御用達のレストランだそうだ。「御用達」という言葉には、午前中のコヴェント・ガーデンの失敗のトラウマもあったけれど、店内に一歩踏み込んだ途端、いい「気」がめぐっているのが感じられた。大鉢に丁寧に浮かべられたバラの花びら、隣接するバーカウンターの清潔な佇まい……。来る人を気持ち良くさせようというサービス精神に溢れている。
 ここで、もうひとり合流することになっている人がいた。パリの北マレで和食屋さんをプロデュースしているイラストレーターのシンスケさんだ。以前、女同士でロンドンへ行くと話したら、「アタシも!!」と乗ってきて、ついでにロンドンでの商談も取りつけてしまったという。そんなわけで、午前中と午後の商談の合間に一緒にランチをすることになっていた。
 メインはココナッツ風味の海老カレーに迷いなく決める。ホント、この組み合わせ好き。メインが海老だから、前菜は重めにしようと、マスタードシードとカレーの葉で味付けしたクラブケーキ(カニコロッケ)を注文する。さて、飲み物はどうしよう……。その時だった。
「……あと、マンゴーヨーグルトジュースを」
 シンスケさんがメニューを指差して店員さんに示していた。私の鋭い視線に気づいたのか、
「あら、アナタも飲むのね」
 と私の分も注文してくれる。この気持ちのいい気の利きっぷり。愛してる。

 このヨーグルトジュースに、前回のロンドン滞在中はハマリ続けた。ロケ疲れで糖分を欲する体と、つわりで甘い物は受けつけなくなった胃の両者を、甘酸っぱいこのジュースは満足させてくれたのだった。あー、この味、懐かしい。


 ジュースを味わっているところに、茶碗蒸し(用)の器のようなものがサーブされる。皆アラカルトで頼んだのに、“突き出し”のサービスが!? 中身はそれはそれは美味しいマッシュルームのスープだった。フレンチではなくインド料理店なので、それはそこはかとなくエピス(スパイス)が効いている。


 クラブケーキは思ったよりみっしりしていて、辛かった。ちょこんとのったレモンとショウガ風味のヨーグルトソースと一緒にいただく。添えられたハーブ野菜の新鮮さと、ドレッシングの適量さが嬉しい。


 そして、お待ちかね、海老カレー。ライスの半円を覆うように、ハート型にカレーソースがよそわれている。見た目のラブリーさとは裏腹に、これまた充分にスパイシーなお味。大粒の海老はしょうがなどでマリネした後、ココナッツとチリマサラとライムの葉のソースの中で茹でられたものだ。プリプリとした食感を残しつつ、甘みと辛みのバランスが絶妙なソースの味が染み込んだ、大好きな一皿だった。

 お腹一杯。来る途中、菓子パンやスナックなどで小腹を満たさないで本当によかった。
「なんだか眠くなってきちゃった──」


 ビールを飲んでいるノリノリは、会話のフランス語率が下がっていると、さっきからソフィに責められている。そのソフィはダイエット中らしく、前菜もメインもあっさりした感じのものを選んだら、見事に似たり寄ったりのものになってしまった。インドといえばカレーなのに、なぜか両方ともチャーハンっぽい。ハイファットということで私のコロッケには手をつけなかったソフィだけれど、私の方も彼女のチャーハンの味見をしなかったのはいうまでもない。

 もうひとつの商談へ向かうシンスケさんと別れて再び女三人、散策へ。午後はノッティング・ヒル界隈を攻める。月曜日だからポートベロー・マーケットはもちろん閉まっているけれど、味のある小さなお店がポツポツとやっている。店の狭間狭間に民家が見える。原色使いの壁の家並みは、パリの住宅の光景ともまったく違っていて、ここへきて、ようやくロンドンらしさのようなものを味わった。

 住宅物件が気になるのか、不動産屋さんの前で立ち止まっては、頼んでもいないのに表示されたポンドをユーロに換算してくれるソフィ。ソフィはこんな調子で、ちょっといいものを見つけても、いちいちユーロに換算した値段を教えてくれるので、ショッピングの方は散財しないで済んだ。それにしても、ポンド、恐るべし。結局、私は子供のもの以外、何もゲットできなかった。ソフィとノリノリも似たようなもので、ソフィは大ぶりのネックレスひとつ。ノリノリはヴィンテージの革ジャン1枚というささやかな戦利品で帰途に着いた。

「帰りはバスに乗って街を眺めながら“st.pancras”(ユーロスターの発着駅)まで帰らない?」
 ノリノリの提案は素晴しいアイデアだと思った。足の疲れがけっこうきている私とノリノリは、さっきから通り過ぎるタクシーに視線を送っていたのだけれど、こういう時、フランス人はとにかく歩き通す。ペースすら落ちない。ブルジョワのソフィでも、それは同じことだった。バスなら、ソフィもOKしてくれるだろう。時間に余裕があれば、途中下車してもいい。通り道には気になっていたものの、まだ足を向けていなかった食品センターもあった。
 暮れなずんでいくロンドンの街……。家路に向かうのか、人々も足早に通り過ぎていく。通り過ぎる人、人、人。……。動かない。あれっ!? さっきからバスが動いていない。
 ものすごい渋滞にはまってしまった。ユーロスターの発車時刻が刻々と迫る。街の景観を楽しむどころか、携帯の時刻にばかり目がいってしまう。ノリノリの携帯が鳴る。“st.pancras”にとうに着いているシンスケさんからだ。30分前には着いていないと乗り遅れると念を押される。
 ネット予約した格安チケットだから、変更は効かない。バスを乗り捨て、地下鉄の入口に走る。買い物袋が少ないのは不幸中の幸いだった。ウォン・カーウァイ監督の描くようなあの長い長いエスカレーターが前に立ちはだかっている。すでに25分前を切っているではないか。一段飛ばしをしながらエスカレーターをかけ上る。前を行くノリノリのスピードがあからさまに落ちる。私も心臓が口から出そうだった。毎日ジムへ通っているダイエット中のソフィだけが、余裕の表情で走っている。以前ロンドンに遊びに行ったというパリの友人、みどりちゃんの話が蘇る。妊娠中の友人と遊びに行ったみどりちゃんは、遅れながらも友人を考慮してそう走れず、目の前で見事にシャッターが閉まったという。妊婦を連れてカフェなどで一晩過ごすわけにはいかない。空いているホテルを求めて、夜通しネット検索したそうだ。
 15分前──。最後の気力をふりしぼって滑り込みセーフ。パスポートチェックの列が長かったら、アウトだったかもしれないけれど、なんとか指定のシートには辿り着けた。
 私をふり切って行ってほしい。ひとりでホテルに泊まることも考えた、とノリノリがつぶやく。とりあえずシッターさんに電話をして、今晩は帰れないことを告げなければと、走りながらも頭は回転していたらしい。
 旅の思い出が疲労に偏りそうだけれど、ロンドンの風に当たり、久しぶりにリフレッシュできた。楽しかったね、と皆で言っている。翌日ソフィは“疲れ切って動けない”と子供のバレエ教室にも姿を見せず、ノリノリと私は揃って気管支炎にかかり、2日後には寝込んでしまったけれど……。 

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