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2014.04.13

アフリカから日本の被災地へ、心を繫ぐ

佐々木 克雄

アフリカから日本の被災地へ、心を繫ぐ

 

 『風に立つライオン』
さだまさし/幻冬舎刊 \1,600
1988年、恋人を長崎に残し、ケニアの病院で働く日本人医師・航一郎。「オッケー、ダイジョブ」が口癖の彼のもとへ、少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれた。“心をなくした”ンドゥングに航一郎は生きる希望を与える。しかし、“悪魔の臭い”のするある日─。2011年3月、医師となったンドゥングは、被災地・石巻に行き、避難所リーダー・木場に、航一郎の面影を見る。そして彼のもとにいる身寄りをなくした少年にかつての自分を重ねる。


さだまさし、という人は
どんな人なのでしょう?

 いきなり質問です。
 さだまさし、という人について、どのくらい知っていますか?
 まず歌手という言葉が挙がってきますよね。さださんの歌をそれほど知らない人でも、テレビで北海道の風景が映し出されると、かなりの確率でバックに流れてくる──
 ♪あ~あ~ ああああ あ~あ~
 ご存じでしょう。ドラマ「北の国から」の主題歌になったあのメロディ。
 ほかにも「精霊流(しよう ろう)し」「関白宣言」「防人(さき もり)の詩(うた)」「案山子(か か し)」などなどヒット曲、名曲がずらり、です。これまでに作られた歌は五百を超え、今なお年に一度のペースでアルバムを発表されています。
 でも、歌手だけではありません。テレビに登場する姿を見たことはありませんか。
 不定期ではありますが、NHKの土曜深夜に「今夜も生でさだまさし」という番組に出演されています。視聴者からのハガキをもとにダラダラ(失礼)話す内容ですが、根強い人気を持っています。彼が発するメッセージに多くの人が共感し、励まされているのが見て取れるのです。
「話す人」さださんのコンサートは毎回三時間近くになります。歌っている時間より、話している時間の方が長いこともあるのです。コンサートトークだけのCD集もあります。
 でも、それだけではありません。
 さだまさしは、小説家なのです。

小説家さだまさしは
歌手の延長ではない

 さださんが、本格的に小説に挑まれたのが二〇〇一年発表の『精霊流し』(幻冬舎文庫)です。以降も『解夏』『眉山』『アントキノイノチ』(いずれも幻冬舎文庫)など、発表した小説は映像化され「小説家さだまさし」として認識されるようになりました。
 でも、一部の本好きの方から「歌手の延長としての小説なんでしょ?」的な偏見を感じるときがあります。そんなとき、声を大にして言いたいのです。「違います。さださんは歌より先に小説を作っていたのです」と。
 中学時代からノートに小説を書いており、クラスで回し読みされていたエピソードがあります。この時すでに流行作家(?)だったのですが、三歳から英才教育を受けていたバイオリンをギターに持ち替えたことから歌手の道に進んだのです。
 本人曰く「小説というポケットを持つことによって、このテーマが歌じゃ無理だなと思ったら小説で表現する」とのこと。アウトプットする手段のひとつに小説があるのですね。
 手段がいくつあっても、テーマなくして作品はできません。それは生きてきた人生、出会った人たちとの交流があってこその賜物(たま もの)です。
 今回ご紹介する新作『風に立つライオン』は、ファンにはお馴染みの同タイトル曲にまつわるエピソードをさらに広げた、壮大な人間ドラマです。

アフリカに身を捧げた 
医師の情熱が歌に、小説に

 小説よりはるか先、一九八七年に「風に立つライオン」は発表されました。お父さんの友人であり、さださんとも親交の深いお医者さんの体験談をもとに作られました。小説はこの歌がモチーフですが、時代設定や登場人物などは大きく変わっています。
 主人公の医師、島田航一郎はケニアにある大学の研究所へ赴き、さらに内戦の激しいスーダン国境の戦場外科病院へ身を投じます。日本の大学病院時代に救えなかった患者、「ありがとう」という言葉を遺して亡くなった少年兵──。数々の死が彼を厳しい現場に踏みとどまらせ、不条理な世界で踏ん張る力を与えていく。
 見事だなあと感じるのが、現地アフリカを描く、筆致です。毎日運ばれてくる傷病兵に安価な麻酔を用いて手足を切断する処置手術。銃弾による傷が汚れて感染症になるよりは、早めに切断する方が一番早い解決法になるというのです。
 マラリアという、言葉では知っている病気の実態もリアルです。蚊を媒介としているのは知っていましたが、ウイルスではなくマラリア原虫という寄生虫によって身体が冒されるなんて……怖い。
 そして、戦争というリアル。銃を取って戦うか、さもなくば銃で殺されるかの選択を強いられた少年は麻薬を打たれて兵士になっていく。またある少年たちは地雷のスウィーパーとして兵士の前を一列になって歩かされる。地球のどこかで起きている出来事が活字となって表現されるとき、平和ボケした私たちは小説のフィクションに釘付けになります。だがこれは事実をもとに書かれているのです。
 悲惨な現実を目(ま)の当たりにしながらも、航一郎は折れない。自らを「ガンバレー」と奮い立たせ、収容された子どもたち、スタッフたちに希望を与えていく。なかでも一人、深く心を閉ざしてしまったンドゥングという少年が徐々に変化していく様子は読む側にも希望を与えてくれます。
 まさに「風に立つライオン」のような崇高な彼の情熱がほとばしる内容なのですが、実はこの作品、彼の活躍だけで終わるものではありません。全三章のうち一章を残し、島田航一郎は物語の舞台を降りてしまうのです。

アフリカと東日本の被災地
こころを繫ぐ──奇跡

 視点を主人公に据え、彼、彼女の心のうつろいを描いていくこれまでの作品と違い、本作は実験的な試みがなされています。
 本をめくればわかるのですが、この作品に島田航一郎本人の内面描写は出てこないのです。代わりに表現されるのは、彼をとりまく仲間たちの独白や述懐、回顧です。つまり本人ではなく周囲の証言から島田航一郎の苦悩や踏ん張り、葛藤が表されるという仕組みになっています。登場人物が相手に話しかける「語り」という手法は、テーマや内面描写が希薄になってしまいがちなのですが、小説家さだまさしは違う。航一郎とともに苦しみ、喜びを分かち合った人々は彼に触発され、その存在を大きく感じているのです。彼らの肉声だからこそ、こんな男がいたんだ、こんな日本人がいたんだ──という濃密な思いが「語り」に滲んでいるのです。
 そして、刮目(かつ もく)すべきは、この小説には「今」があることです。航一郎の時代から二十年が過ぎた二〇一一年の春、東日本大震災の被災地、石巻の避難所に日本語の堪能なケニア出身の医師が現れます。航一郎によって心が開かれ、自身も医師になる決心をしたンドゥングが志を継いでいたのです。
 ンドゥング医師と、避難所をきりもりする青年、木場が最終章の主人公になっています。ンドゥングは木場の人となりに航一郎の姿を重ねます。また避難所に保護され、言葉を失った少年に当時の自分を重ね、心を開こうとします。つまり、時間、場所を超えて「こころ」が繋がっていくのです。そのループに気づいたとき、小説家さだまさしが私たちに感じて欲しいメッセージを受け取ることでしょう。
 どうですか。歌う人、話す人だけではない、さだまさしという書き手の魅力を、この壮大な人間ドラマで感じてみませんか?

 

『GINGER L.』 2013 WINTER 13号より

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